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「リズレット・エルディ・クラース、君と僕の婚約を……本当は破棄したくないけど…、破棄する……」


「はっきり破棄すると仰ってくださいませ。」


 卒業パーティーで、やはりマーティー殿下は私に婚約破棄を言い出した。もちろん殿下は案の定、私のエスコートに来なかった。本来ならレニーお兄様やお父様にお願いしたかったが、今回の件で忙しくなり、私と入れ違いにお二人は南部地方へ向かうことになった。

 私と一緒に我が国へ来た()は『自分がエスコートする』と最後まで主張していたが、私の婚約者はまだマーティー殿下なので丁重にお断りした。


 1人で入場した私に向かってきた殿下が、お決まりの婚約破棄の台詞を言ってきた。なんだかよく聞く宣言のはずだが、予想よりちょっと情けなかった。更に浮気相手の腰を抱く様なことはしておらず、隣にちょこんと立たせているだけである。はっきり言って物足りない。ヘイト値が足りないと思うのだが…。桃色の髪と茶色の瞳のマリア・ビンセント嬢が潤んだ瞳で、じーとこちらを睨む様に見ている。彼女は見た目は確かに可憐なんだけれど中身は非常識の塊である。


「謹んで承ります。正直これ以上もう何も聞きたくありませんが、話が進まないので伺いますね。それで?続きをどうぞ。」


「いや、リズ。そこはもう少し、こう、どうしてですか?とか聞いてくれないか?」


「却下いたします。話を続けているだけ、ありがたいと思ってくださいな。続けてくださいませ?」


「僕は君と…、したくないけど……婚約破棄して、ここにいるマリア・ビンセントと婚約することにしないといけない……。

 あぁ、リズ、紹介するよ、彼女が聖女のマリア・ビンセント嬢。僕の……相談役みたいな人なんだ。」


「いちいち弱気なところが面倒です、はっきりと言い切ってくださいませ。」


「……それで、君はここにいるマリアを虐めていたという話だよね…?こんな聖女の様に優しく可憐なマリアを虐める様な、君は王妃として相応しくない気がしないでもない。」


「お願いします!リズレット様、どうか私に一言謝罪してください。私、謝っていただけたらもうそれで良いんです!」


「いちいち言うのは億劫ですが、これだけは言わせていただきますわね。

ひとつ目、私はビンセント嬢に何もしておりません。そもそも私が何をしたと言うおつもりですか?

ふたつ目、私はビンセント嬢に名前で呼ぶことを許しておりません。私のことはクラース様と呼んでください。

みっつ目、マーティー殿下、今度はっきりしない物言いをした場合、問答無用で私は帰ります。」


「何を白々しいことを仰るのですか、クラース家の名が泣きますね。貴女は彼女を率先して無視しました。貴女はこの学園で1番身分の高い女性です、貴女が彼女を不快に思えば、全校の淑女達は追随しなければならないでしょう!

 しかも、貴女はお茶会に彼女を招待したことは一度もないでしょう!聖女の様に心優しいマリアになんてことを!」


「それに、貴様はマリアの私物を壊したり、あまつさえ、彼女を階段から突き落としたな!俺が助けなければマリアは死んでいた可能性が高い!貴様はマリアを殺すつもりだったんだろう!」


 ドリー様とトレル様が楽しそうにこちらを糾弾し始める。ベラから聞いていたが、卒業パーティーで、この国の未来の重鎮がこんな猿芝居を始めるなんて、恥さらしとしか言いようがない。オーウェンは殿下やビンセント嬢のそばにいるが、口を開かず、じっとこちらを見ている。この猿芝居で何かを感じてそこから脱してくれればいいのだが…。

 卒業パーティーと言っても半公式の場であり、国王も宰相も騎士団長もここにいるのである。私は持っている扇で口元を隠してため息をつくと口を開く。


「私がその方を無視した…?当然のことを糾弾されても困ってしまいますわね。そもそも王族の血を引く公爵家の令嬢と男爵家の令嬢では同じ貴族とはいえ、差がありすぎます。よほどのことがない限り会話をすることはないでしょう。もし、私がその方を率先して無視したと言うなら、この国のほぼ全ての男爵令嬢が私に『率先的に無視された』ことになりますわね?そもそも私はビンセント嬢を誰からも紹介されておりません。そんな方とどうお話ししろと?」


 私の言葉にドリー様が口をはくはくさせる。全く愚かにも程があるとため息をついた。私と彼女は身分の開きがありすぎる。むしろ、あなたたちはどうして出会ったの?と聞きたいくらいである。

 誰かに紹介されない限り彼女との出会いの場はなく、何より彼女が私と交流するためには、条件がある。


「次に『お茶会に招待しなかった』ですか。仰る通り、もちろんしておりませんわ。そもそも高位貴族と下位貴族では、マナーや作法が違いますもの。お呼びした方が却ってお気の毒でしょう?それに何より私はクラース家の娘、おかしな主義を持っている方が近寄るといけないので、お付き合いする相手に関しては王家と我が公爵家の両方が許可した人間としか交流してはいけないことになっておりますのよ。王太子殿下の側近候補ともあろう方がご存知ないわけありませんわよね?」


 私の言葉に周りの生徒が「確かに」「そうだよね?」「私だってお話ししたかったのに許可が降りなかったもの」と頷いてくれている。ベラやナターリエの話では悪役令嬢たる私の言葉は会場にいる方々には届かないと聞いていたが、どうやら、きちんと正論が通じている様でホッとする。


「それで?次は『その方の私物を壊した』ですか?具体的にいつ、どこで、何を壊されたのですか?そして理由はなんです?」


「そんな!あんなことをしたのに、覚えてないなんて言うんですか!ひどいです、リズレット様!私とマーティーが真実の愛で結ばれたからと言って散々私を罵ったり、いろんなひどいことをなさったじゃないですか?!」


「クラース様、とお呼びくださいと先程も申し上げました。同じことを何度も繰り返させないでくださいませね?面倒ですもの。そもそも私の名前を許可なく呼ぶなんてどういうおつもりなのかしら。あぁ、答えなくて結構ですわよ、貴女の考えは私には一生理解できませんもの。だって先程から殿下を見る限り貴女を愛しているとはとても思えないんですから。貴女の言う『真実の愛』って独特ですわね。

 それで?私の質問には答えて下さいませんの?」


「貴様は嫉妬に狂って、ひと月前から彼女のノートや教科書をビリビリに破ったり、靴を捨てたりしたそうだな。しかも2週間前には彼女の母の形見のネックレスを壊したと聞いたぞ!」


「それは大変でしたね、けれど私は身に覚えがありません。嫉妬なんかするはずもありませんし。

 そもそもその様な被害があったのなら、一生徒を私的に糾弾する前に、学園に被害届を提出していただけますか?きちんと学園側が捜査してくれましてよ。そもそも私がしたと言う証拠はありますの?」


「証拠は彼女の涙だ!それに学園に報告しても貴様が揉みつぶすだろう!」


「トレル様、たかが伯爵家子息に貴様呼ばわりされる謂れはありませんわ。それとも貴方のお家では、我が家に思うところがおありなのですか?」


 私がそう問いかけるとトレル様のお父様である騎士団長が一生懸命首を横に振る。それに気づいていないのだろう、トレル様は憎らしげにこちらを睨んでいる。


「それに付け加えますと、貴方の発言は王家を侮っておりますわよ?だってビンセント嬢には殿下がついているんですもの。王族が『調べろ』と言うのに、『学園側が王家よりも公爵家に忖度する』と仰っているってわかってらっしゃいます?きちんと考えてからお話しなさってくださいね。」


 私がトレル様に指摘すると彼は怒りゆえか顔を真っ赤に染める。そして私が話し終わると同時にオーウェンが口を開く。


「そのことだが、姉上に関しては君たちが怪しいと騒ぐから、僕がずっと陰ながらついていたが、トレルが言っていた様なことを姉上がしているのを見たことがない。そもそも高位貴族と下位貴族では教室も違えば接点もない。どうして君がそう思ったか聞きたいくらいだよ、トレル。」

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[一言] オーウェン君、実は密偵!(笑)
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