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ドリーやトレル、オーウェンは彼女、マリア・ビンセント男爵令嬢にメロメロらしいとベラから聞いていた。けれど、殿下は陛下の命令で面倒見役としてそばにいるだけでマリアに惚れていないとベラから報告があがっていたし、面倒臭かったので、放置していたが、とうとうマリアに惚れたのだろうか。
「それならそれで慰謝料を払った上で、婚約解消してくれれば私はそれでいいのだけれど。」
「まさか!お嬢様の様な世界一の美姫が婚約者なのにあんな田舎娘に惹かれるはずがありません!実際にあの暗愚はお嬢様にベタ惚れなので、あの田舎娘に見向きもしていません!」
「それなのにぃ、どうしてあの愚鈍はお嬢様と婚約破棄をしたがるのかしらぁ?まぁ、私としてはあの様な愚鈍がお嬢様と別れるというならぁ、それはそれで大歓迎なんだけどぉ、どうして婚約破棄で毒杯なのかしらぁ?」
「それが……」
ベラは言いにくそうにこちらをチラチラと見ている。何か言いづらいことがある様だが、話してもらわなくては先に進まない。私が小さく頷くと、ベラは意を決したように話し出した。
「それが、似非聖女が言うには、『このままお嬢様とあの暗愚が結婚した場合、結婚式当日に第二王子のニコラス様がお嬢様を見初めるそうです。それで、お嬢様を掠奪するために内乱を起こして、殿下は戦死、お嬢様はニコラス様の正妃となる』そうです。」
「えぇ?ニコラス殿下とは私一度もお会いしたことないわよ。」
「結婚式で一目惚れされるそうです。」
「まぁ、お嬢様なら当然ですわねぇ。」
うんうん、と頷く侍女たち。今は私の自慢をする場面ではないと思うのだけど。
「私のためだけに内乱起こすつもりなの?それって王族的にどうなのって思うけど、聖女さまとやらはどこまで本気で言ってるのかしら?そもそもニコラス殿下は隣国に留学中よね?まだ次代が行くまでに時間がかかるから、帰ってくることなんてないと思うのだけど。」
「似非聖女が言うには、卒業パーティーの1週間後に帰ってくるそうです。」
「理由は何?表向きは留学と言っても本質は人質よ。そう簡単に帰国できるものかしら?」
「その質問は愚弟様もしてましたけど、それがあの似非聖女は理由は『わからないけど、でも確かにそうなる』って言ってました。」
「聖女様の予言は背景も理由も分からなくて、結果だけなの?ある意味それは一番厄介かもしれないわね。そもそも信用できるかどうかすら分からないのに、殿下はその言葉を信じて婚約破棄すると仰るの?」
私の言葉にベラが何度も頷く。アメリアは思い切りため息をつく。
「本当に馬鹿に塗る薬はありませんね。」
「私からしてみると、そんなよくわからない予言とやらを信じて婚約破棄に踏み切る殿下の心情がわからないけれど。
それでもどうしても信じるって仰るなら、婚約破棄でなくて、私と婚約解消してニコラス殿下と私を婚約させる方が、後々面倒な事にならないと思うけど。」
「お嬢様、本気で言っておいでですかぁ?あの愚鈍がお嬢様にこれ以上なく執着しているのはぁ、周知の事実だと思うんですけどぉ?」
「ナターリエの言う通りです、あの暗愚は『お嬢様が自分以外の男のものになるくらいなら、いっそ自分の手で殺したい』そうです!」
「えぇー、迷惑。何がそんなに殿下を駆り立てるの?私特に何もしてないわよ。王妃教育の行きと帰りに出会ったときに会釈するくらいと、月に一回お茶をご一緒するくらいよ?」
マーティー殿下と私の婚約は10年以上前、私が7歳の頃に決まった。それ以来、月に一度は一緒にお茶を飲むように義務づけられたが、特にこれと言って話すこともなく、時間が終わるまで無言でお茶を飲み続けるだけだったので、好かれているとはこれっぽっちも思っていなかった。ほどほどの関係ぐらいなら築けているだろうと思っていたがどうやら違う様である。しかし私の何にそんなに執着しているのか一切わからない。
「美しいのは罪というじゃありませんかぁ。あの愚鈍はお嬢様にずっぅぅぅぅと重いくらいの愛を捧げてますよぉ。私はお嬢様があの似非聖女を野放しにしているのはぁ、正妻の余裕なのかと思ってましたわぁ。」
「美しいことよりも王国のトップにならんとする人間が馬鹿な方がよっぽど罪よ。
ビンセント嬢を野放しにしているのは関わるのが面倒だったからよ。ドリー様やトレル様の婚約者のアンナ様やミア様が苦言を呈したら、気でも触れたんじゃないかってくらい馬鹿な反論をされたってお聞きしたもの。そんな頭のおかしい連中に関わりたくないじゃない。」
「確かに。そんな貴族としてのマナーをどこかに置き忘れた愚か者たちは、どこか遠い森にでも行って勝手に野垂れ死にでもしてくれた方がよっぽど迷惑になりませんね。」
「それで、貴女たちが言うように『殿下が私に執着している』のであれば、私じゃなくてニコラス殿下を始末すればいいじゃないの。どうして私を殺す話になったの?」
こと自分の生命がかかっていることである。不敬などと言っている場合ではない。私を殺す前に家族内でカタをつけて欲しいものである。それが話し合いでも殺し合いでもどちらでも構わないが、国民や我が家を巻き込まないで欲しいものである。
「それがですね、似非聖女が言うには『現時点でニコラス様に野心はなく、リズレット様に会うことで野心が目覚める。そして、野心に目覚め行動を始めたニコラス様に、マーティー様は決して勝てない』そうです。」
「いやいや、予言ができるんでしょう?それなら、どこの貴族が内乱に加担するのか、敵が誰か味方が誰か、反乱軍の拠点はどこかくらいわかるんじゃないの?」
「はぁ、それが似非聖女は内乱が起きることは知っているけど、その時期や詳細については、よくわからないそうなんです。ともかくニコラス殿下とお嬢様が会ったら暗愚は破滅への道まっしぐらだそうなんです。」
「それ、もう妄言の類ではないかしら?結果だけ話しておいて、背景や詳細が一切わからないなんて私からしたら信じる要素なんてこれっぽっちもない様に思えるのだけど?」
「それが、当たることは当たるんです。実際東部地方と西部地方のスタンピードは当てました。そのおかげでこの二つの都市が大きな被害を被らずに済みました。あとは王家の石とされるダイヤモンドの鉱山を2つほど発見したり、頭でっかちの実家が無くしていた家宝を見つけたり、脳筋に聖剣の居場所を教えたりしているんです。愚弟にも公爵家領内で行われている犯罪集団の居場所を教えておりました。先日あの愚弟が、陛下からお言葉をいただきましたでしょう?」
そう言えば珍しく、オーウェンが陛下から褒美を賜っていた様な気がする。ビンセント嬢のおかげだったのか。
「そう、予言は当たるのね?
……思ったのだけど、私とニコラス殿下が会ってはいけないなら、会う前にあちらを処分するのはどうなのかしら?
今はまだ帝国内にいるから難しいけど、いつ帰ってくるかわかってるのだから、帰ってきた時点で私に会う前にさっさと毒でもなんでも盛ればいいじゃないの。」
「それが、まだ彼は何も罪を犯していないから無理なのだそうです。それをすると暗愚がニコラス殿下を暗殺しようとしたことがばれて、王位継承権を略奪の上、処刑となるそうです。もちろん、その場合はお嬢様がニコラス殿下の正妃になるそうです。
つまり、ニコラス殿下を有罪として裁くには反乱を起こした後でなくてはならず、反乱を起こした後では決して勝てない。『どうしてもお嬢様をニコラス様に渡したくないなら、お嬢様に毒杯を賜すしかない』と似非聖女はほざいてました。」
「そう、それで私を殺すと言う結果になったのね?馬鹿じゃないのかしら、婚約破棄の上、毒杯で私を殺そうとするなんて。クラース家が黙ってないわよ。下手をしたら国を二分する大きな戦が起こるわ。
それで?ビンセント嬢は私を殺して何をしたいの?なぜ私を殺すべきだと主張しているのかしら?」
「それが暗愚に言ってたんですけど『リズレット様ではなくて、私と結婚したらハッピーエンドになりますよ』だそうです。」
「ハッピーエンド?そもそも男爵令嬢が正妃になれるはずはないとは思うけれど……ハッピーエンドって何かしら?老衰で死ぬまで幸せに生きられるってことかしら?なにより、ハッピーになれるなら私のことなんて忘れてくれればいいのよ。
今までの話を聞いていたら、ニコラス殿下と結婚した方がいい気がしてきたわ。特に王妃とかに興味がないし、むしろ面倒だからなりたくないもの。この国の今後についてはお兄様やお父様に頑張ってもらいましょう!
今からお父様に言って婚約者をマーティー殿下からニコラス殿下に変えてもらおうかしら?」
マーティー殿下は私の一つ上の18歳だが、ニコラス殿下は私と同じ歳で17歳だ。ちょうど良い年齢である。
「それが、似非聖女が言うには『万一あの暗愚がお嬢様を諦めて、ニコラス様とお嬢様が結婚した場合、他の男と幸せになっているお嬢様を見るのに耐えられなくなった暗愚がお嬢様を殺して自殺するらしい』です。」
「はぁ?一国の国王がすることじゃないわね、それでその後はどうなるの?」
「似非聖女曰く『そこでその物語は終わり』らしいです。」
「つまり、マーティー殿下は自分以外の男性に私が嫁ぐことを許せない。けれど、マーティー殿下と結婚した場合、私をめぐった争いが起きた上、私はニコラス殿下と結婚することになるから、いっそ自分の手で私を殺したい、とそう言うことかしら?」
「仰る通りです。」
「本格的に頭が痛くなってきたわ。あくまで不確定要素ばかりの信じるに値しなさそうな未来の話なのに、どうしてそこまで思い詰めるのかしら?それで私を殺してどうなるって言うのよ。
……ビンセント嬢の狙いは何かしら?まさか、私を排除して殿下と自分が結婚してハッピーエンドとやらになることが目的ではないと思うのだけど。だってそんなことをしようものなら我が家がまず黙ってないもの。そんなことは10歳の子供でもわかることだわ。
もしかしたら隣国が関わっているか、他の国粋主義の貴族たちが関わっている可能性があるわね。ちょっと影を使ってビンセント嬢の目論見を調べたいところね。」
私の言葉にナターリエは頷き、影に命令すべく部屋を出て行く。