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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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99話 孤児院の星

「いいか、ピコ、出過ぎた真似をするんじゃないぞ」


 ――ラシニア孤児院の院長室。


 院長のカニング氏は栗色のくせ毛の少年ピコを呼び出すと、険しい顔で言い聞かせた。


「お前は何かと余計な事を言う。だが使用人というものは主人に服従することが仕事だ。服従することで給金を得られるのだ。それを忘れるな」


 表情のない顔で黙っているピコを、院長は睨んだ。


「職を失いたくなかったら小賢しいことを言うな。貴族にとって庶民は道具だ。生意気で使いにくい道具など、捨てられて終わりだ。代わりはいくらでも居るのだからな。道具には意志も思想も不用なのだ。分不相応なものを望むんじゃない。いいな」


「解っています」


 不遜な眼差しで肯定の返事をしたピコに、院長は眉を歪めた。

 だが院長はいつものように怒鳴り散らしたりはせず話を締めくくった。


「マークウッド辺境伯は金払いが良い。普通なら孤児が就職することなど不可能な上等の職場だ。これ以上の仕事は存在しない。特にお前は男の子だ。これを逃したら煙突掃除か砲弾運びの仕事くらいしかないのだぞ」


 煙突掃除や軍隊の砲弾運びがどういう仕事であるか、ピコが知識を持っていることを知っている上で、院長は釘を刺した。


「一生に一度の機会だ。そのことを忘れるな。くだらん反抗心を持つな。余計な事を言わず、従順にしていれば幸せになれるのだ」






(帰って来たんだわ)


 女性用縁なし帽(ボンネット)に外套という、メイドの外出用の装いに身を包んだファウスタは、家令アルカードと侍女ヘンリエタと一緒に馬車に乗りラシニア孤児院へと向かっていた。


 馬車の窓の外には、親しみのあるごちゃごちゃした街並みが広がっていた。

 教会行事に参加するために通ったことのある道だった。


 孤児院が世界の全てであった頃、ファウスタはこの街並みが世間だと思っていた。

 しかしファンテイジ家やロスマリネ家の屋敷が建つ煌びやかな中央区の街並みを知ってしまった今では、この街並みは寂れて時代遅れに見えた。


 色褪せて元の色が解らなくなっている屋根や、塗装が禿げたまま放置されている壁は、中央区の街並みには見かけないものだ。


 くすんだ色の建物が並んでいる上には、春の不安定な天候に濁った灰色の空が広がっていた。


(こんなに寂しい街だったかしら)


 ファウスタは不穏な雲の流れる空を見上げた。






 ラシニア孤児院に馬車が到着すると、院長がファウスタ達を出迎えた。


 孤児院の窓には子供たちが貼り付いていて、建物の中からファウスタたちを興味津々に見ていた。


(私もあんなふうに窓からお客を見ていたのだわ)


 立ち位置が変わり、ファウスタは自分が社会に出たのだという事を実感した。


「ファウスタ、立派になったな」

「院長先生!」


 院長はアルカードと挨拶を済ませると、ファウスタに声を掛けた。


「すっかり品が良くなって、見違えたぞ」


 院長はファウスタを大いに褒めた。

 院長は奇妙な物を見るようにファウスタの眼鏡を何度も見ていたが、眼鏡については何も言わなかった。


「さすがは大貴族のメイドだ」


「院長先生のおかげです。院長先生がおっしゃった上等の仕事の意味が、私にもようやく解りました。あのとき院長先生に仕事を決めていただいて、本当に良かったと思っています」

「おお、解ってくれたか」

「物知らずだった私をお導きくださりありがとうございました。院長先生には感謝してもしきれません!」

「ファウスタ!」

「院長先生!」


 ファウスタは院長と手を取り合った。


「ファウスタ、お前は一番の出世頭だ。この孤児院の星だ!」

「すべて院長先生のおかげです。院長先生は私の大恩人です!」

「ファウスタ!」

「院長先生!」






「ファウスタ、その目はどうしたの?」


 ファウスタは親友のジゼルとピコと再会を喜び合った。

 二人は様変わりしたファウスタの目と、見慣れない丸眼鏡についてすぐに質問してきた。


「守護霊を見たら目の色が変わったの。眼鏡は幽霊から目を保護するために掛けているの」


 ファウスタは眼鏡を掛けていることについて、マークウッド辺境伯が言っていた理由を採用した。


「お化け屋敷の噂って本当だったってこと?」

「屋敷精霊様とか幽霊の御姫様(おひいさま)とかいるけど、怖くないから安心して。屋敷精霊様は私のところにお料理を運んでくれたし、良い霊だよ」

「え?! 幽霊が料理を運んで来るの?」

「それは間違いなく良い霊ね」


「幽霊もお屋敷の皆さんも親切でとっても良い人達なんだ」

「幽霊も良い人なんだ……?」

「うん。それに食事は毎日肉料理が出るの」

「肉料理が毎日?!」

「本当?!」

「本当だよ。聖誕祭じゃない普通の日にも肉詰めパイが出て来るんだよ」

「ええーっ!」

「天国みたいなお化け屋敷ね」


「これもみんな院長先生のおかげよ」


 ファウスタが幸せを嚙みしめるようにそう言うと、ジゼルとピコは微妙な顔をした。


「ファウスタ、また何か騙されてない?」

「だって私がお屋敷のメイドになれたのは院長先生のおかげなんですもの」

「見学に来たマークウッド辺境伯にファウスタが気に入られたからじゃないの?」

「院長は関係ないと思うわよ?」


 ジゼルとピコは胡乱な目で疑問を提示したが、ファウスタは院長の功績について熱弁した。


「お掃除も褒められたの。院長先生のおかげよ」


 現在、家令アルカードは院長室で院長と話し中だ。


 もう一台の馬車で来た従僕(フットマン)のダミアンとラウルが、食品を詰め込んだ籠や箱を馬車から降ろし、孤児院の食堂へと運んでいる。


 彼らのその作業を見ながら、侍女ヘンリエタは孤児院の料理人(コック)やバーチ夫人と話しをしていた。


「わ、私からの、差し入れよ」


 嘘を吐くのは少し後ろめたかったが、ファウスタは奥様の指示に従った。


「みんなで食べてね」


 蔓草製の籠の中に入っている焼き菓子を見て、歓声をあげた小さな子供たちにファウスタは言った。

 少し年嵩の少年たちは、塩漬け肉の塊に目を奪われているようだった。


「ファウスタの帽子とっても素敵」

「ちょっとだけ貸して。かぶってみたいの」


 おませなパメラとエミリアが、ファウスタのボンネットに羨望の眼差しを向けてそう言った。


 ネルが縫ってくれたそのボンネットは、花の意匠の飾りが付き、たっぷりのレースとフリルがひらひらしている品だった。


「いいよ」


 ファウスタがボンネット手渡すと、二人は嬉しそうに声を上げた。

 二人は代わる代わるボンネットをかぶり、誰かがどこからか持って来た鏡に自分の姿を映してポーズをつけた。


「ファウスタ、私もあれかぶっていい?」

「いいよ」

「私も!」


 女の子たちはファウスタのボンネットを交代でかぶり、鏡に自分の姿を映してポーズをつけ「オホホ」と気取って笑い、お嬢様ごっこを始めた。


(随分大胆に出て来るようになったのだわ)


 眼鏡越しに青白く視える、二人の子供の幽霊を見てファウスタは思った。

 ボンネットをかぶってはしゃいでいるパメラやエミリアたちから少し離れた窓の近くに、二人の子供の幽霊がいて、空を見上げている。


 ファウスタはこの孤児院に来た当初、夕食にありつけていない子供がいることや、その子たちが昼間は地下室にいることに不安を感じた。

 しかしほどなくして、その子供たちは他の人には見えていないことに気付いた。


 彼らは夜には徘徊することがあったが、昼間は地下室に居た。


(今日は空が曇っていて、薄暗いから平気なのかしら? でも曇りの日でも今までは夜しか出て来てなかったよね)


「出立できますか?」


 院長と話しを終えたらしいアルカードが来て、ファウスタたちに声を掛けた。

 アルカードの後ろにはにこにこの笑顔の院長がいた。


 孤児院に居たころのファウスタだったら、その笑顔からすぐに寄付金を想像しただろう。

 だが今のファウスタにとっては、院長は人格者の善人だったので、以前のように『金の亡者』などと思ったりはしないのだった。

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「ファウスタ!」 「院長先生!」のところがツボでした
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