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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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98話 ジゼルとピコ

 早朝。

 ファウスタはいつも通りの朝の仕事に向かった。


「お嬢様、朝のお茶をお持ちしました」


 ファウスタがデボラと一緒にお茶の用意をしてオクタヴィアを起こしに行くと、ベッドの中でオクタヴィアはすでに目を覚ましていて、わくわく顔でファウスタを待っていた。


「ファウスタ、体の調子はどう?」

「大丈夫です。何ともありません」

「もし眠かったら今日も休んでいいのよ? 無理しないでね。貴女は我が家の大切な魔術師なんだから!」

「……はい」


(まだ魔術は出来ないのだけれど……)


 オクタヴィアの言葉に内心で首を傾げながらも、ファウスタは返事をした。


「ファウスタに良いニュースがあるの」


 オクタヴィアは目をきらきらと輝かせて話し始めた。


「ファウスタにはジゼルとピコっていう親友が孤児院にいるのよね?」

「はい」

「その二人を我が家で雇う事になったの」

「えっ!」


 想像もしていなかった知らせに、ファウスタは驚愕した。

 あまりにも嬉しい知らせすぎて、一瞬意味が解らなかった。

 夢のような都合の良さで現実感がなさすぎた。


「わ、私、まだ寝ていますか?!」

「ちゃんと起きてると思うわよ」

「夢じゃないですか?! 本当ですか?!」

「本当よ」


 ファウスタの大きな反応に、オクタヴィアは満足気に微笑んだ。


「本当にジゼルとピコを雇っていただけるのですか?! このお屋敷に?!」

「本当よ。お父様が約束してくださったわ。貴女の親友ジゼルとピコはうちのメイドになるのよ」

「ピコは男の子なのです!」

「え、そうなの?」

「で、で、でもピコなら大丈夫です! ピコはとっても頭が良いのでメイドの仕事もできます! 私より芋の皮むきが早くて掃除も上手です! ピコはメイドもできます!」

「男の子なら従僕見習い(ホールボーイ)ね。大丈夫よ。二人ともちゃんとうちで雇ってあげるんだから。安心なさい。……ただね、一つだけ問題があるの」


(や、やっぱり!)


 あまりにも上手い話すぎて夢のようだったが、問題があると言われてファウスタはこれが現実だと認識することができた。

 上手く行かないのが現実なのだ。


「うちの使用人ってすぐ辞めちゃう人が多いのよ」

「えっ?!」


(こんなに良いところなのに?! 辞めちゃう人がいるの?!)


「ほら、うちって普通に居るじゃない? 屋敷精霊とか幽霊とか。怪奇現象が普通に起こるから、そういうの駄目な人は怖がってすぐ辞めちゃうのよ」

「そんなことで?!」

「駄目な人には駄目みたいよ。……ね、デボラ?」


 オクタヴィアはデボラを振り向いた。


「はい。昨日来た新人も、すでにひどく怯えてしまっています」


(新しい人がもう来ていたのね)


「だから、ファウスタ、貴女からお友達に説明して欲しいのよ。幽霊はいるけれど別に怖くないってことを。雇ってもすぐに辞められてしまったら計画が……ああ、ええと、あれよ、人手が足りないから困るのよ」

「ジゼルとピコなら大丈夫です! 孤児院にも幽霊がいたので慣れてます!」

「孤児院にも幽霊がいたの?!」


 オクタヴィアは宝物を見つけたかのように目を輝かせた。

 それからファウスタは孤児院の幽霊についてオクタヴィアに質問攻めにされた。






 ――ラシニア孤児院。


 その日、院長室に来客があった。


 ありふれた茶色の髪に茶色の目の少女ジゼルと、眉間に皺を寄せた栗色のくせ毛の少年ピコは、勉強部屋を兼ねた居間でそのお客についてヒソヒソと語り合っていた。

 見覚えがある人物だったからだ。


「あの白髪のお爺さん、ファウスタを連れて行った人よね。ファウスタに何かあったのかしら……」

「まさか……」


 ほどなくして二人は院長室に呼び出された。


「ファウスタの働きが認められ、お前たちもマークウッド辺境伯に雇っていただけることになったのだ」


 二人がお客の前で自己紹介をすませると、院長のカニング先生は満面の笑顔で語り始めた。


「マークウッド辺境伯は、この孤児院の教育をお気に召されたのだ」


 院長は上機嫌で自分の手柄を誇った。


 院長の言葉に、ジゼルとピコは困惑した。


 ファウスタがマークウッド辺境伯家のメイドになると決まった時、二人は自分も売り込んで欲しいと願ったが、まさかそれが実現するとは思っていなかった。

 しかもこんなに早く。


 だが一番の謎は、マークウッド辺境伯がラシニア孤児院の教育を気に入ったという部分だ。


 ファウスタは十歳になるかならないかの頃にはもう使用人のように家事仕事を命じられていた。

 他の十歳以上の子供たちが勉強をしているのに、ファウスタ、ジゼル、ピコの三人は早い時期から使用人のように働かされていたのだ。

 三人はこの孤児院の中で最も教育から遠ざけられていた子供と言える。


「伝統あるラシニア孤児院の名を汚さぬよう、お前たちもしっかり働くのだぞ」


「すみません、ひとつ質問させてください」


 眉間に皺を寄せてピコがそう言うと、院長はピクリと眉を歪めた。


「どうぞご遠慮なく。何なりとご質問ください」


 アルカードと名乗った白髪の老紳士、マークウッド辺境伯家の家令がおだやかな笑顔で即座に了承したので、院長は微妙に笑顔を引きつらせたままで固まった。


「ファウスタは元気でしょうか」

「はい。彼女は元気です。しっかり働いてくれています」


 アルカードがそう答えると、今度はジゼルが口を開いた。


「ファウスタに会えますか」

「はい、もちろん。雇用が決定した後にお話ししようと思っていたのですが、あなた方をお迎えに上がる際には、ファウスタも一緒に連れて来る予定です」

「本当ですか?!」


 ジゼルとピコの二人は、アルカードの言葉に表情を明るくした。


 アルカードは、笑顔を引きつらせている院長を振り向いた。


「院長先生も教え子の元気な姿をご覧になりたいのではないでしょうか」

「もちろんです。ファウスタのことはいつでも気にかけています」


 院長はアルカードに媚びるように、新しい笑顔を作り直して答えた。


「ファウスタはお世話になった孤児院に差し入れをしたいと希望しています。お二人をお迎えにあがる際に、少し時間をとっていただけるでしょうか」

「もちろん大歓迎です」


 そして院長とアルカードの二人の間で、話はとんとん拍子に進み、ジゼルとピコはマークウッド辺境伯家に就職することに決まった。






「ファウスタの働きを見てこの孤児院の教育を気に入ったって……それって、教育じゃなくて家事仕事のことかしら」


 院長室を退室して、居間に戻って来たジゼルとピコは、再び小声でヒソヒソ話を再開した。


「ファウスタに会えるなら、その時に直接確認してみよう」

「そうね。もし酷い労働状況だったら、三人で一緒に逃げましょう」

「使用人の身なりを見る限り、羽振りは良さそうだけど」

「下っ端がどんな扱いを受けているかは解らないわ。ファウスタの働きと孤児院の教育が繋がらないもの。おかしな話よ」

「それはたしかに、そうかも……」


 ジゼルとピコは見当違いな不安を語り合っていたが、不穏な空気は確かに流れていた。

 もしファウスタがまだこの孤児院にいたら、普段地下にいる幽霊たちがいつになく活発な活動を見せていることに気付いたかもしれない。

 だがここにはもう幽霊が視える子供は一人もいなかったので、それに気付く者は誰もいなかった。






「私がラシニア孤児院に差し入れを?!」


 マークウッド辺境伯夫人ヴァネッサに呼び出され、ファウスタはまたしても驚きの声を上げていた。


「ラシニア孤児院は王室が運営する孤児院だから、私たちがあの孤児院に差し入れをすると王室への嫌味になってしまうの。例えば食べ物を差し入れすると、王室が孤児たちに充分な食事を与えていないという不服の表明になってしまうのよ。でも貴女がお世話になった孤児院に差し入れするのであれば問題ないわ」


 そう語るヴァネッサの後ろでは、侍女ヘンリエタと料理人(コック)のハミル夫人が、闘志を漲らせているかのように力強い眼差しで控えていた。


「あなたのお友達を迎えに行くときに、差し入れの時間をとってもらえる事になっているの。あなたからの差し入れということで上手くやってちょうだい。ヘンリエタも一緒に行かせるから、細かい話は彼女にまかせればいいわ。よろしくお願いするわね」

「はい、奥様」


(本当にジゼルとピコがこのお屋敷に来るんだ)


 親友たちがこの屋敷に来るという話が現実味を帯び、ファウスタの胸に懐かしさと幸福に満ちた気持ちが広がった。

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