97話 新世紀派
「ロスマリネ侯爵令息シリル様からお手紙が届いております」
灰金髪の小姓ユースティスは一通の手紙を銀のトレイに乗せ、マークウッド辺境伯令息オズワルドの部屋に届けた。
オズワルドは手紙を受け取ると、早速それを読み始めた。
オズワルドは黒髪に琥珀色の目で、父親であるマークウッド辺境伯に似た容姿をしていたが、辺境伯のような陽気さはない。
母親であるヴァネッサに似た重く陰鬱な空気を纏っていた。
「……シリルの家にあった呪いの人形、ソルヴォス男爵夫人のお茶会で紹介された女性から譲り受けたんだって」
オズワルドは難しい顔をして手紙の文面に目を落としたまま、控えているユースティスに言った。
「名前は不明。一カ月前くらいの事らしい。うちに悪魔人形が持ち込まれたのと同じくらいの時期ってことかな」
手紙から顔を上げると、オズワルドはユースティスに問いかけた。
「ソルヴォス男爵夫人って知ってる?」
「はい。噂程度ですが」
さらりとそう答えたユースティスに、オズワルドは目を見開いた。
「まさか知っているとは思わなかった。君の頭の中はどうなってるんだ」
「いえ、噂程度しか存じ上げませんので」
「何でも知ってる君こそが七不思議だよ。やっぱり記憶力が良いんだろうな。小耳に挟んだ噂とか、何でも覚えてそうだね」
幻の月世界人や地底人を見るかのように、オズワルドはユースティスを眺めた。
「お褒めにあずかり光栄に存じます」
ユースティスは少し面白そうな笑顔を浮かべ、小芝居をするように慇懃に答えた。
「……で、どんな噂?」
「新世紀派というカルト宗教に入れ込んでいるという噂です」
「新世紀派? 天使の光じゃなくて?」
「はい。ソルヴォス男爵夫人は新世紀派の布教活動に熱心でいらっしゃるらしく、他の貴族の方々には遠巻きにされているようでした」
「んー……」
眉間に皺を寄せるとオズワルドは自分の黒髪をかき回した。
「新世紀派の熱心な信者がどうして天使の光の勉強会にいたんだろう。異教の勉強会に参加するような背教者が、熱心な信者だなんて、矛盾してる」
「どちらもヤルダバウト教の宗派を自称しています。内容はどうあれ、表向きは同じ宗教です。勉強が目的であれば出入りは自由でしょう。ともあれ……」
ユースティスはオズワルドの目を見据えた。
「新世紀派は評判の悪い団体です。これ以上の関りは避けたほうが良いかと」
「ああ、解ってる」
オズワルドはすんなり了承し、諦めたような表情で肩をすぼめた。
「新世紀派は巨悪すぎる……。うちがいくら上位貴族でも、大きな組織を単独で相手にするのは厳しいよ。刺激しないように自衛するのが最善だ。信者には貴族や判事もいるらしいからね」
「賢明なご判断かと」
「王室にも信者がいたりしてね」
オズワルドはお道化たようにそう言い、両手の平を上に向けて肩をすぼめた。
「呪いの人形をロスマリネ侯爵夫人に渡した女性も、新世紀派が主催するお茶会で紹介されたなら、同じ新世紀派の信者だろうな。新世紀派って信者同志でしか仲良くしないらしいから」
「新世紀派が信者以外の人間を見下しているというのは良く聞く話ですね。女王陛下ですら下に見ているとか」
「そうそう。自分たちの事を『選ばれたる民』とか言ってるんだよね」
オズワルドは腕組みをすると顔を顰めた。
「新世紀派は労働党を支持しているから、保守党や新保守党が邪魔だったのかな。とすると、うちに呪いを持ち込んだナスティ・グロスは新世紀派の信者か労働党の工作員だったってことか。あの厚顔無恥な振る舞いも、新世紀派の信者だとすると納得できる。ナスティの紹介者ベック男爵も怪しいな」
「断定はできませんが、可能性は非常に高いかと」
「こういうときは、母上が頭の固い科学信者で良かったと思えるよ。母上は神すら機械仕掛けだって言い出しそうだから、カルト宗教にはまる心配が全然ない。心配なのは父上だ」
残念そうな顔をするオズワルドに、ユースティスは苦笑した。
「今のところ旦那様はファウスタの才能に夢中のようです。当分は他に目移りする心配はないでしょう」
「やっぱり傾倒してるのか」
「はい。現在、旦那様はお嬢様とご一緒に、ファウスタの装備を整えることに熱中しておられます」
「装備? 冒険の旅にでも出るの?」
盛大に首を傾げて疑問符を浮かべたオズワルドに、ユースティスは笑顔で答えた。
「水晶を使った呪い掃除というファウスタの新たな能力が、ロスマリネ侯爵邸での心霊調査で発見されました。旦那様とお嬢様はファウスタのその能力を鑑み、水晶を使った霊的な武器を考案中でいらっしゃいます」
「……楽しそうな事やってるなぁ……呑気で羨ましいよ」
オズワルドは遠くの景色を眺めるように言うと、脱力するように溜息を吐いた。
「まあ、その辺の有名霊能者よりよほど凄いから、夢中になるのも仕方ないか。ファウスタがシリルの家の怪奇現象を解決してくれることを期待して、シリルと一緒に働きかけたけれど……まさかね、一日でさくっと全部解決するとは思っていなかったよ。予想を超えてた」
ユースティスはオズワルドの部屋を退出すると、地階の家令室を訪れた。
家令室に人間がいない事を確認すると、ユースティスは白髪の老家令としてのアルカードにではなく、吸血鬼ギルド長である彼に報告をした。
「ロスマリネ侯爵邸にあった呪物ですが、ソルヴォス男爵夫人が絡んでいました」
オズワルド宛のシリルの手紙の内容を、ユースティスはアルカードに語った。
「ルース子爵令嬢と駆け落ちした俳優ラスコーの後援者、ソルヴォス男爵夫人オリヴィア・ソルヴォスと同一であると思われます」
ルース子爵令嬢は、マークウッド辺境伯令息オズワルドの元婚約者である。
二人の婚約は、令嬢が俳優と駆け落ちしたため破談となった。
「なるほど」
アルカードは傍らを振り返った。
「キシュ、伝令を頼みます」
「はい」
アルカードの傍らに控えていた、黒づくめの小柄な魔物が返事をした。
黒いつば広帽子に、黒いケープ付き長衣、嘴のついた黒い鳥の仮面。
その魔物は子供ほどの背丈しかないが、アルカード直属の配下である死霊騎士団の装束を纏っていた。
「ソルヴォス男爵夫人の関係者から呪物が持ち込まれたことを、ギルドに知らせてください」
「かしこまりました」
キシュと呼ばれた魔物は、アルカードに恭しく礼をすると、家令室の扉を静かに開けて出て行った。
「新世紀派が出て来たことで、呪物の仕込みは人間の犯行である線が濃厚になりましたね」
キシュの後ろ姿を見送ったユースティスは、アルカードに言った。
アルカードは顎を手で触り、思案気な顔をした。
「呪物の配達先は人間の意図であっても、製作者は人間とは限りません」
「術師を見つけるなら、ファウスタの力を借りれば早いとは思いますが……」
「それは最後の手段にしましょう」
「そうですね」
ユースティスは皮肉っぽく笑った。
「新世紀派なんかに関わらずに生きていけるなら、それに越したことはないですね」




