94話 執事クラブ
「霊感少女が霊能力で精霊を呼び寄せたって本当?」
ロスマリネ家のメイドたちは掃除をしながら、ヒソヒソ声で噂話に花を咲かせていた。
「儀式はちょっとだけ見たわ。不思議な踊りだった。猫妖精を呼ぶ儀式だったんですって」
「あの子は本物よ。何が起こったのかピタリと言い当てたもの。本当に何か視えているのよ」
「私もそう思う。だって奥様が『天使の光』でお買い求めになった商品を次々と言い当てたのよ。種も仕掛けもないの。何か視えているとしか思えない」
「黒いモヤがどうのって言ってた。あの子にはきっと悪霊が視えるのよ」
「凄い美人だったらしいじゃない」
「それはミラーカ・フィッシュキンド。美貌で有名な侍女よ」
「ああ、あの、ヘイデン伯爵を振ったっていう……」
「マイゼルファイナー男爵の誘いも断ったのよね」
「それユースティスじゃない?」
「霊感少女は眼鏡の小さい子よ。ファウスタって呼ばれてたわ」
「眼鏡の子って……え、子供だったよね? あの子が霊能者?」
「そうよ、一番小さい女の子。マークウッド辺境伯が孤児院を見学なさったときに才能を見出して、メイド見習いとして雇用したんですって」
「ファウスタ……」
「随分詳しいわね。それ誰に聞いたの?」
「ビルよ」
「ああ、彼、給仕していたものね」
「ねえ、後でビルを問い詰めてみない?」
「ルパート・ラインは噂通りすごいハンサムだったわね。社交界のご婦人方が騒ぐわけよ」
「ねー、ハンサムよねー」
「私もルパート・ラインが見たかったー。また来てくれれば……」
メイドたちは瞬時に目配せし合い、ピタッと口を閉じた。
家令クラークの姿が視界に入ったからだ。
使用人の統括である家令の前で、彼女たちは黙々と作業に従事した。
(従僕だった頃は気楽で、毎日が愉快だった)
家令であるクラークの前ではおしゃべりの口を閉じ、気を張って作業に従事するメイドたちの背を見て、クラークは少しの疎外感と寂寞とを感じた。
クラークも従僕だった頃は、メイドたちのように皆と気楽にしゃべっていた。
もちろんこの上階において、クラークの目の前でメイドたちが無駄なおしゃべりをしていたら当然注意を入れる。
使用人の統括として規律を正さねばならない。
そういう立場ゆえ、上級使用人となってからは気安く話せる相手は殆どいなくなってしまった。
使用人の頂点に君臨する家令は、最も孤独な使用人である。
(ふむ……)
クラークは居間を見回した。
隅々まで磨き上げられているその部屋には、明るい光が差し込んでいる。
今まで気になって仕方なかった薄汚れた雰囲気が、完全に払拭されていた。
(信じ難い事だが……)
クラークは幽霊だの魔術だのは全く信じていない。
それらは空想の産物だと思っている。
しかしマークウッド辺境伯の一行は、科学では説明できないような不思議を巻き起こした。
そしてロスマリネ家の屋敷には清涼な空気が戻った。
「クラーク氏、お久しぶりです」
「やあ、久しぶり。調子はどうかね」
――執事クラブ。
執事であれば入会が認められるこのクラブは、上級使用人である執事たちが気安い会話ができるクラブである。
家令に昇進した後も在籍が認められている。
というのも、そもそもこのクラブを立ち上げ、クラブハウスを共同で運営していた執事たちの殆どが家令に昇進していたからだ。
クラークが執事クラブを訪れたのは久しぶりの事だった。
様々な問題が起こっていたロスマリネ家の屋敷で、クラークはつい最近まで多忙を極めており、自分の時間を楽しむ余裕など無く働いていた。
だが問題が思いがけない方法で解決され、ロスマリネ家の屋敷は平穏を取り戻しつつある。
辞職した使用人の補充や、体調を崩している侯爵夫人にまつわる仕事など、まだまだやるべき事は残っているが、一息くらいはつける余裕ができた。
ロスマリネ家の問題の解決には、本当に思いがけない方法が用いられた。
それは霊能力だ。
クラークは最初はそれを、変人と名高い悪魔卿、マークウッド辺境伯の奇行であり茶番であると思っていた。
しかしそれは限りなく本物に近く、クラークを混乱させた。
年若い令息はともかく、あの明哲な主人すら今や子供のように霊能力に魅了されてしまっている。
クラークは今でも霊能力など信じてはいないが、しかし目の前で起こった事に科学的説明をする事ができなかった。
仕掛けの解らない手品を見たような気分がずっと続いている。
そしてクラークは、無性に誰かと会話がしたくなった。
「最近アルカード氏は来ているかね?」
「お見掛けしていません。珈琲館の経営を始めたようですからお忙しいのでしょう」
「珈琲館を? 引退なさってしまわれたのかね?」
「いいえ、家令の仕事も続けておられるようです」
「それはまた随分と活動的だね」
「そういえば……」
さして期待せずマークウッド辺境伯家の家令について問いかけたクラークに、クラブ会員である執事は思いがけない答えを聞かせた。
「マークウッド辺境伯家の執事バーグマン氏がちょうどいらしてますよ。アルカード氏のことなら彼が詳しく知っているでしょう」
「紹介してくれたまえ!」
突然、食らいつくようにそう言ったクラークに、執事は一瞬驚いたのか目を見開いたが、すぐに温和な執事顔に戻った。
「ええ、もちろんです」
「マークウッド辺境伯の屋敷で執事をしております、アーチボルド・バーグマンです。先日は我が家の主人が大変お世話になりました」
「こちらこそ、大したお持て成しもできず申し訳ない」
「そこはほら、業者相手ですから、仕方のないことです」
バーグマンは何やら楽しそうな笑顔で、意味深に片目を瞬きしてみせた。
(こういう人もいるのだな)
クラークが今までに見知っているマークウッド辺境伯家の使用人たちは、完璧と言えるような隙の無い使用人たちばかりだった。
だがバーグマンは随分と気さくで毛色が違った。
(腕っぷしを買われたのか?)
長身で堂々とした体格のバーグマンを見て、クラークはふとそう思った。
マークウッド辺境伯は何かと槍玉に挙げられる事が多く、味方より敵が多そうな大貴族である。
最近は家庭問題が新聞沙汰にもなり、議会でも注目を集めていることから、記者たちもうろついている事だろう。
執事は屋敷の玄関で来客の応対をする。
不躾な訪問者が多い屋敷であれば、バーグマンのように格闘家のごとき巨躯の者が適任なのかもしれない。
彼の体格を見て、喧嘩を売ろうとする者は稀であろう。
(アルカード氏も従僕時代には大立ち回りがあったと聞く。マークウッド辺境伯家は武闘派の使用人を揃えているのかもしれん。代々の辺境伯を務めた軍人の家にふさわしいと言えばふさわしい)
「怪奇現象の解決は我が家の主人の喜びです。いつでも我が家に……おっと間違えた、心霊探偵にご連絡ください」
「おかげさまであれ以来、怪奇現象は静まっております。我が家の使用人たちも安堵しております」
クラークとバーグマンの風変りな会話を、周囲の執事たちはしばし黙って見守っていた。
家令も含め執事同士が気安い会話ができるクラブであるが、話題が風変りすぎて割り込む隙間が見つからなかったからだ。
ちなみにクラークが来るまでは、彼らは酒について熱く語っていた。
「ファウスタという子は、その……どんな子なのか、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「おっ! ファウスタの才能にご興味がおありですか?」
「ええ、まあ」
「ファウスタは幼いながら霊能力の使い手です。その類稀な才能を見込まれ我が家のメイドとなった有望な少女です。彼女は我が家に到着するやいなや悪魔を発見し、あっという間に退治してしまいました」
「あ、悪魔を……!」
クラークとバーグマンの話を静かに聞いていた執事の一人が、驚いたように声を上げた。
マークウッド辺境伯家の令息令嬢が悪魔憑きであるという新聞報道があったことは、すでに周知の事実である。
悪魔の真偽はともかく、不名誉な噂について、マークウッド辺境伯家に勤める者の前でその話題は禁忌であるという暗黙の了解のようなものがあった。
だがバーグマンはあっけらかんと語った。
「本物の悪魔ではなく、犯人は呪いがかけられた悪魔人形でした。屋敷に来るなりファウスタがそれを発見し、我が家の怪奇現象を解決しました」
「我が家は天使人形が原因であるという事だったが……」
「やはり有りましたか。ファウスタはすぐにそれを見つけたでしょう?」
「あ、ああ。その通りだ」
「あの子は霊能力で呪いを発見できるんです」
バーグマンは得意気に胸を張った。
「その子にはシャールラータンのような力があるのですか?」
バーグマンの話を聞いていた執事の一人が、有名な霊能者の名を挙げた。
「私見ですが、シャールラータン以上の力があるでしょう。まだ子供であるというのに、すでに霊能力で怪奇現象をズバズバ解決しています。その進撃はとどまるところを知らず……」
目を丸くする執事たちに、バーグマンは意気揚々と語った。




