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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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93話 オクタヴィアの知略

「それで、オクタヴィア、内密の話とは一体何なのだね」


 人払いをした書斎で、マークウッド辺境伯はソファに座ると、テーブルを挟んだ向かい側のソファに座るオクタヴィアに問いかけた。


 娘のオクタヴィアが何かおねだりをしてくることは、最近ではすっかり減ってしまっていた。

 突拍子もないものを欲しがる年齢ではなくなった事が大きいのだろう。


 そのオクタヴィアが幼かった頃のように「内緒の話がしたいの」と言いに来たので、久しぶりに娘の我儘を聞くことになるのだろうとマークウッド辺境伯は少しわくわくしていた。


「フラメール氏のことなら手は打ったのだよ」

「それもあるけれど、それよりもファウスタの事よ」


 オクタヴィアは話し始めた。


「ファウスタは凄い才能があるわ。あれほどの才能ですもの、これからどんどん有名になるかもしれない」

「うむ。ファウスタほどの才能なら、いずれその名を轟かせるであろう」


 マークウッド辺境伯は得意気に答えた。

 しかしオクタヴィアは深刻な表情で続きを語った。


「有名になったら、引き抜きの話が来るわ」

「ふむ。たしかに、そういう話は来るかもしれぬ」

「有名で目立つ使用人を雇いたがる人は多いもの。ファウスタもきっとユースティスみたいに引き抜きの話が沢山来るようになるわ」

「ユースティスはそんなに引き抜きの話が来ているのかね?」


 マークウッド辺境伯の問いに、オクタヴィアはがっかりしたような顔をした。


「お父様、知らないの?」

「知らないのだよ」

「少し前まで引き抜きの話が沢山来てたのよ。大体が年棒三千ドログから五千ドログを提示して来て、さらに大学入学の援助も申し出ていたわ」

「な、なんと!」


 マークウッド辺境伯は顔色を変えた。


「早急にユースティスの賃金を値上げしてやらねばならん」

「最近はもう来てないけどね」


 オクタヴィアは少し皮肉っぽく口の端で笑った。


「マイゼルファイナー男爵が年棒二万ドログを提示してきたんだけど、あの子それを蹴ったのよ」

「二万だと!」


 金銭感覚のゆるいマークウッド辺境伯でも、さすがにその桁違いの値段には驚愕した。

 上級使用人の平均賃金のおよそ十倍である。


「お金はあるけど伝統がない人たちって、きっと見栄を張るのに必死なのよ」


 オクタヴィアが見下すように言った。


 銀行家のマイゼルファイナー男爵は、元は庶民である。


 かつてイングリス王国が財政難に陥ったとき、金策として男爵位が高額で売りに出されたことがあった。

 貴族よりよほど裕福であっても、身分差という絶対に超えられない階級社会の壁の前に、それまで成す術がなかった大富豪たちはこれをこぞって買い漁った。

 マイゼルファイナー一族もそうして男爵位を得た新興貴族である。


 そういった事情でイングリス王国には男爵がやたらと多い。

 外国からの移民や亡命者でも、代金さえ支払えば男爵位を購入できたため、イングリス人ではない男爵家も数多く誕生した。

 爵位売買が行われた以降に爵位を持った貴族は新興貴族と呼ばれ、対して由緒正しい貴族は伝統貴族と呼ばれるようになった。


「ユースティスが二万ドログでも了承しなかったっていう噂が広まって、それから引き抜き合戦は下火になったらしいわ。当然よね。小姓に年棒二万ドログ以上を提示できる人なんてなかなか居ないもの」


 オクタヴィアは両手の平を天井に向け、肩をすぼめてみせた。


「ねえ、お父様、ユースティスがどうして二万ドログの大金の話に乗らなかったか解る?」

「むぅ……」


 マークウッド辺境伯は眉間に皺を刻み、腕組みをして考え込んだ。


「……マイゼルファイナーが労働党だからかね?」


 マイゼルファイナー男爵は労働党であり、保守党のマークウッド辺境伯の政敵と言える存在であった。


「もう! なんでそうなるのよ!」


 オクタヴィアは軽く憤慨すると、マークウッド辺境伯の答えに期待するのをやめたのか、あっさり正解を述べた。


「この屋敷に親戚がいるからよ」

「アルカード氏か!」


 ユースティスは家令アルカードの遠縁にあたると紹介されていた。


「ここには親戚のアルカード氏がいるから、ユースティスは他家に移る気はないって言ってたわ」

「そうだったのか……さすがはアルカード氏なのだよ」


 マークウッド辺境伯は絞り出すような声で呟いた。


「たしかに頼れる親戚がいる家のほうが何かと安心だろう。まだ子供なら尚更だ」


 マークウッド辺境伯は納得して頷いた。


「もしファウスタだったら、どうなるかしら?」

「それはどういう意味だね?」

「もしファウスタを二万ドログで引き抜きたいって話が来たら、ファウスタはどう答えるかしら?」

「むぅ……」


 オクタヴィアはおそらくファウスタの引き抜きを防ぎたいのだろうと推測し、マークウッド辺境伯は対策を提示した。


「ファウスタの年棒を二万ドログにしろと言うのかね?」

「そこじゃないわよ。もう!」


 マークウッド辺境伯の回答が不服だったらしくオクタヴィアは再び憤慨した。


「二万ドログより親戚のほうが強いの!」

「ファウスタは孤児だ。親戚はいないのだよ」

「いるわよ、親友が」

「お!」

「ファウスタが言ってたでしょう。ジゼルとピコっていう親友が孤児院にいるって。孤児院の子にとって親友は家族なのよ。『煙突兄弟』の子たちもそうだったわ」


 オクタヴィアは孤児が主人公の人気小説のタイトルを挙げた。


「家族同様の親友がこの屋敷にいたら、ファウスタはこの家にずっと居たいと思うんじゃないかしら。引き抜きの話が来ても、家族である親友がいるこの家を選んでくれると思うの」

「なるほど」

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よって言うでしょう」

「オクタヴィア、お前は名軍師なのだ。さすが我がファンテイジ家の娘なのだよ」

「逆に、他家にファウスタの親友を取られてしまったら危ないわ。ファウスタは親友を助けたいってあれほど頑張っていたんですもの。親友を先回りして雇った家に、良い賃金で誘われたら、とっても危ないと思うの。うちが年棒二万ドログを支払っても、親友がいる家のほうを選ぶかもしれない。だから……」


 オクタヴィアは祈るように両手を組み合わせ、真剣な表情でマークウッド辺境伯を正面から見据えた。


「お父様、お願い! ファウスタの親友をうちで雇って! 人手も増えるし、ファウスタの引き抜きも防げるし、良い案だと思うの」


(我が娘ながら、なんと賢いのだ)


 マークウッド辺境伯はオクタヴィアの提案に舌を巻いた。


 オクタヴィアがファウスタをいたく気に入り、ファウスタの負担が気遣われるほど常に身近に置きたがっていることを、マークウッド辺境伯は妻ヴァネッサから聞かされて知っていた。

 それほどお気に入りのメイドに、自分以外の大切な親友がいることが解ったら、普通の少女ならば独占欲から親友に嫉妬し、親友の排除を選ぶだろう。

 だがオクタヴィアは、ファウスタとの関係をより盤石なものとするために、ファウスタの親友を人質として確保することを選ぶのだ。


(なんという知略!)


 オクタヴィアはそれを人質だなどと思ってはいないだろう。

 だがそれは実質の人質なのだ。

 国王が他国の王女を娶るのと同様、関係を盤石とする有効手段なのだ。


 マークウッド辺境伯はオクタヴィアの政治センスに戦慄した。


「オクタヴィア、それは名案なのだよ。お前の言う通りにしよう。ファウスタの親友たちを我が家に雇うのだよ」


 マークウッド辺境伯の答えに、オクタヴィアはぱっと笑顔を輝かせた。

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