90話 霊能メイドのお掃除仕事
「先程ファウスタが呪いを掃除する様子を見ましたが、ファウスタは何度も水晶に同じ動きをさせ、何回かに分けて呪いを捕らえていたようでした」
ユースティスはそう言うと、ファウスタに確認した。
「ファウスタ、どうだった?」
「はい、そうです。きれいになるまで何回もやりました」
ファウスタの答えにユースティスは頷くと、さらに説明を続けた。
「一回に捕らえられる呪いの量には上限があるか、あるいは範囲が限定されていると推測されます。モップ掃除のような感覚に近いのではないでしょうか。……ファウスタ、どう?」
「はい。そうです。モップ掛けや窓拭きのような感じでした」
(ユースティスさんは説明が上手いのだわ)
ユースティスが解りやすい例えを出して状況を説明する様子に、ファウスタは感心した。
「広範囲を無差別に一気に浄化できるような能力ではないのでしょう。呪いの分量に比例した掃除回数が必要であると思われます。様子を見ながら、体力に無理のない範囲での掃除ができるのではないでしょうか」
「でも絶対に安全とは限らないでしょう」
オクタヴィアの反論に、ユースティスは穏やかな微笑みを浮かべたままで説明を続けた。
「おっしゃる通りです。そこで霊視の才能が危険を回避する手段になります」
(そうなの?)
ユースティスが何を考えているか全く予想ができず、ファウスタは興味津々でユースティスの話に耳を傾けた。
「ファウスタは目視で呪いを床の汚れのように確認できます。先程ファウスタは呪いを掃除しましたが特に状態に異常はありません。……ファウスタ、どう?」
「はい。私は平気です。どこもおかしくありません」
「先程と同じ分量の呪いであれば、もう一度問題無く掃除できるのではないでしょうか。呪いの量を目視で確認し、ひとまずは試験的に、先程と同じ分量の呪いの掃除をさせてみては如何でしょう。もちろん疲労を感じるようであれば、すぐに中断させるべきですが、高濃度が推測される呪いの発生源はすでに取り除かれています。呪いの残滓である黒いモヤについては、個々の違いはさほど無いと愚考いたします」
「たしかに呪物の発生源から切り離された残滓であれば、個々にさほどの違いはありません。危険物には違いありませんが、濃度や威力はほぼ一定のものです」
ユースティスの説明を、古物商フラメールは後押しした。
「一定の威力のものを、一定量ずつ捕らえていくならば、行う回数により使用エネルギーの自己調整は可能でしょう。疲労を感じた時点で中断すれば危険は回避できます。エーテルやアストラルの消耗は体力の消耗に似ていますから、少しの疲労感の範囲であれば休息や食事により簡単に回復できます」
(そうなのね)
ユースティスが吸血鬼であることや、フラメールもどうやら魔物である事を知るファウスタは内心で頷いた。
彼らは魔力を日常的に使っているから、使い過ぎの症状も経験から当然知っているのだろう。
「実に興味深い。願わくば私めにも、その秘儀を見学する栄誉を与えていただきとうございます」
フラメールは目を輝かせた。
「こちらの部屋です」
ユースティスの推論に皆が納得し、ファウスタに無理のない範囲での掃除が試される事になった。
まずは呪いの天使人形が保管されてたという一階の部屋に案内された。
(真っ黒なのだわ)
部屋の中で焚火でもしたかのように、ぞっとする黒いモヤが充満していた。
「ファウスタ、少しでも疲れたらすぐにやめるのよ。無理は駄目よ」
オクタヴィアは不安そうな顔でファウスタに言った。
「はい。でも大丈夫です。お掃除は毎日やっているので慣れています。お掃除ならおまかせください」
水晶をくくりつけたはたき棒を握りしめたファウスタは、巨大な汚れを前にして闘志を燃やした。
「くっつかなくなってしまいました。水晶の交換をお願いします」
「了解」
ファウスタはユースティスにはたき棒を渡した。
ファウスタはまずは少しの呪いを掃除したが、特に疲れもなかったので、そのまま部屋の呪い掃除を進めて行った。
ファウスタが疲れるより早く、水晶が使えなくなった。
水晶はある程度の呪いが付着すると、それ以上の呪いが付着しない事が解った。
呪いをたっぷり付着させ掃除に使えなくなった水晶を取り外し、新しい水晶に交換する仕事はユースティスが行った。
水晶交換の作業台として使われているワゴンは、最初は部屋の外の廊下にあったが、ファウスタの掃除が大分進んだため、今では部屋の中まで進軍している。
呪いが付着した水晶は取り外されると、廊下に控えている従僕に渡され、すぐさまフラメールの荷馬車へと運ばれて行った。
「ファウスタ、疲れてない? 体は大丈夫?」
「大丈夫です。私は栄養たっぷりです。まだやれます」
不安そうな顔をするオクタヴィアに、ファウスタは力強く答えた。
「はい、出来たよ」
新しい水晶を付けたはたき棒をユースティスがファウスタに手渡した。
「ありがとうございます」
はたき棒を受け取ると、ファウスタは漂う黒いモヤの掃除作業に戻った。
視えない何かとはたき棒で格闘しながら戦線を拡大していくファウスタを、一同は部屋の入口付近から見守った。
ロスマリネ侯爵とシリルの二人は呪われた対象であるため、安全のために部屋の外から眺めている。
「素晴らしい……」
古物商フラメールはファウスタの戦いぶりに何度も感嘆の声を上げた。
「高いところが届きません。もっと長い棒か、梯子を貸していただけないでしょうか」
「子供に梯子は危ないわ」
高所の掃除もやる気満々のファウスタを、オクタヴィアは押しとどめた。
ユースティスもファウスタをやんわり制した。
「上の階がまだ手つかずで残ってるし、水晶も残り少ないから、今日のところは届く範囲だけにしたらどうかな。それに、そろそろ休憩も入れたほうが良いと思うよ」
「そうよ。休憩した方が良いわ。少し休憩して体の調子も観察すべきよ」
三人のやり取りを見計らったかのようにロスマリネ侯爵令息シリルが声を掛けた。
「お茶の用意をさせています。皆さん一服されてはいかがでしょう」
その後、休憩を挟み、ファウスタは二階の掃除に向う事になった。
二階はロスマリネ侯爵夫妻の私的な居住空間であり、怪奇現象の起こる部屋は夫人の私室を含むため、ファウスタと世話役のミラーカ以外の者は立ち入りを遠慮することになった。
ファウスタはミラーカと共に、ロスマリネ侯爵令息シリルと家政婦長アボット夫人に案内され二階を目指して広い屋敷の廊下を歩いた。
使用人階段ではなく、玄関ホールの大階段へ案内された。
(広い……教会みたい)
玄関ホールの広さにファウスタは目を見張った。
広々とした空間、吹き抜けの高い天井、いくつもの大きな窓。
大勢が集まる教会のような壮大な空間だった。
玄関ホールは屋敷の顔とも言うべき場所である。
下位貴族たちの屋敷では、玄関ホールが舞踏会などの催しを行う広間を兼ねている場合が多く、そのために充分な広さが確保されている。
大邸宅を持つ上位貴族の屋敷は大抵が広間があったので催しにはそちらを用いるのが常であったが、屋敷の顔である玄関ホールの規模で下位貴族の屋敷に負けるわけにはいかない。
そういうわけで立派な屋敷であればあるほど、玄関ホールはますます広く立派なものとなっているのだ。
(あ……デュランさんだ)
玄関ホールには数人の幽霊がいて、その中に眼帯の幽霊デュランもいた。
デュランはファウスタを振り向くと微笑み、他の幽霊たちに何か話していた。
幽霊たちはデュランと話しながらファウスタたちの方をチラチラと見て、頷いたりしていた。
デュラン以外の幽霊は、髪型も服装もきちんとしていて貴族のようだった。
大柄で武人のような老人、厳しそうな老婦人、知的な風貌の中年男性、そして無邪気に笑う少女。
少女の幽霊はオクタヴィアくらいの年齢で、デュランとは仲が良いのか楽しそうな笑顔でおしゃべりをしていた。
サイラスはいなかった。
(ロスマリネ家のご先祖たちかしら)
嫌な感じのする幽霊ではなく、デュランと親し気で立派な服装をしていたので、彼らはロスマリネ家ゆかりの人々かもしれないとファウスタは思った。
(ファンテイジ家よりロスマリネ家のほうが幽霊屋敷なのだわ)




