88話 呪いの掃除
「呪われた品があるとお聞きしておりましたので、早急な対策が必要かと思い水晶をいくつか持参しております」
古物商フラメールは鞄の中から箱を取り出した。
それは小説本くらいの厚みがある平たい長方形の箱だった。
フラメールが箱の蓋を開けると、綿が敷かれている中に、いくつもの水晶の結晶が並んでいた。
それらの水晶は大体が細長い六角柱の形をしていたが、不揃いで大きさもまちまちだった。
透明ではない部分も多く、それぞれが個性的な濁り方をしている。
「呪いの残滓の量に応じてこれらの水晶を設置すれば応急処置になるでしょう」
「……そういうものかね?」
ロスマリネ侯爵が不思議そうな表情で問いかけると、フラメールは頷き、さらに詳しく説明をした。
「水晶が呪いを吸い込みます。ですが完全に浄化されるまでには時間がかかりますので、設置は早ければ早いほど良いのです」
「どのくらい時間がかかるのかね」
「呪いの強さによります。早くとも数週間。物によっては何年もかかる場合もございます」
(そんなに時間がかかるの?!)
ファウスタはフラメールの説明に大きな不安を覚えた。
親友のジゼルはもう十二歳なので、今年孤児院を出て就職するのだ。
子供の労働者を守る法律を早く作って貰わなければ、ジゼルの就職に間に合わない。
呪いが何週間も、一年以上も屋敷に残っていて、ロスマリネ侯爵が病気になってしまったら法律を作って貰えない。
(反対派に負けてしまう……)
ロスマリネ侯爵が倒れると、反対派に負けてしまい法律が作れなくなるとネルが言っていた。
ファウスタは絶望の崖っぷちに立たされた気がした。
(ロスマリネ侯爵様を早く呪いからお助けしなければ!)
「すみません!」
ファウスタは覚悟を決めて声を上げた。
「この水晶、おいくらですか!」
つい先刻、オクタヴィアにペンデュラムを借り、水晶で呪いを捕まえることにファウスタは成功していた。
水晶があればファウスタは呪いを捕まえることができる。
(この水晶を買って、私がお掃除して差し上げるのよ)
水晶は宝石だから値段は高いだろうが、ファウスタはメイドになって給金が貰えるようになったのだ。
一年で九百六十ドログ稼げるのだから、働いて返せるのではないかと思った。
子供の労働者を守る法律が出来るかどうかには、親友の命がかかっていると言っても過言ではない。
ロスマリネ侯爵を助けるために必要な水晶の値段は、親友の命の値段であるとも言える。
(命の値段は惜しんでは駄目なのだわ!)
ファウスタの突然の質問に、皆が一瞬呆然として言葉を失った。
「ファウスタ……この水晶が欲しいの?」
オクタヴィアが首を傾げ、ファウスタに質問した。
「お値段はひとつ一ドログです」
フラメールがファウスタの質問に答えた。
「え?!」
「なんと?!」
「……っ!」
フラメールが提示した値段に貴族たちは驚愕した。
「すまない、今、なんと……?」
大衆酒場の麦酒一杯よりも安い値段に、ロスマリネ侯爵は耳を疑いフラメールに問い返した。
「こちらの水晶はひとつ一ドログでお売りしています。原石を砕いただけのもので磨かれてもおりません。宝石としての価値はございませんのでお安くご提供しております」
(一ドログなら私にも買えるのだわ!)
ファウスタは希望の光を見た。
ファンテイジ家の見習いメイドは月給八十ドログなので、ひとつ一ドログなら給金を貰えばすぐに支払える。
「水晶で私が呪いをお掃除いたします。お代はお給金を貰ったら支払いますから、私にその水晶を売ってください」
「それはつまり、呪いを掃除するのに必要な水晶を君が買うってことかな?」
ファウスタが何を言っているのか理解したらしいシリルが言った。
「はい、そうです」
「呪いの掃除に使うなら必要経費だから、こちらで支払うよ」
「必要……けいひ……?」
ファウスタが理解していなさそうな様子を見て、シリルは言葉を噛み砕いて説明した。
「仕事に必要な道具はこちらで揃えるから、君が道具の代金を支払う必要はないってこと」
「ほ、本当ですか?!」
「本当だよ。全部買ってもいい。百個買ってもかまわない」
「ひゃ、百個!」
(百ドログなのだわ!)
「ファウスタったら、そんな事を考えていたのね。もう! 何でも私に相談しなさいって言ったでしょう? そういうことは私に相談しなきゃ駄目よ」
オクタヴィアは少し不服そうにファウスタにそう言うと、古物商フラメールの方に向き直り威風堂々と品物を注文した。
「私が二百個買います」
「はたき棒をお持ちしました」
ファウスタの要望で、ロスマリネ家のメイドがはたき棒を持って来た。
埃取りの掃除具である、はたき棒である。
「掃除具で呪いを掃除するのかね?」
マークウッド辺境伯が好奇心溢れる眼差しでファウスタに尋ねた。
「はたき棒に水晶をつければ、呪いをお掃除しやすいと思ったのです」
ファウスタは侍女見習いとして簡単なお掃除を毎日やっているが、孤児院に居たときはもっと大変なお掃除をしていた。
床を磨いたり、蜘蛛の巣をはらったりもできるのだ。
「……僕がやるよ」
フラメールから買った水晶を、はたき棒に紐で括りつけようと格闘するファウスタの手つきを見るに見かねたのか、ユースティスが申し出た。
ユースティスは器用な手さばきで素早く水晶を括りつけた。
「あんまり強く振り回すと、水晶が抜け落ちるかもしれないから注意してね」
「はい、ありがとうございます。棒なら蜘蛛の巣を取るときみたいにできるので、振り回さなくても出来ると思います」
ファウスタは戦場に向かう騎士のように、水晶を付けたはたき棒をぐっと握りしめた。




