86話 古物商フラメール
「古物商を営んでおります、ニコラ・フラメールと申します。お目に書かれて光栄に存じます」
ロスマリネ侯爵に挨拶をするニコラ・フラメールと名乗った古物商の男を、ファウスタは疑惑の眼差しで観察した。
ユースティスの口ぶりから、人間ではない事が知れたからだ。
(普通のおじさんなのだわ)
その男は、マークウッド辺境伯やロスマリネ侯爵と同じくらいの年齢か、それより少し上に見えた。
枯草のような草灰色の髪をきちんと整えており、いかにも教養がありそうな落ち着いた振る舞いをしていた。
だが上流階級の紳士たちのような裾がひらひらする丈の長い上着ではなく、腰ぐらいの丈の簡素な上着を着ている。
労働者階級の一般的な服装であった。
教養が高そうな風貌に、労働者階級の服装はどうにもちぐはぐだった。
市井の賢者、不世出の天才、などという言葉が似合いそうな様子ではあったが、ファウスタには変装があまり上手くない魔物に思えた。
(眼鏡を外したら本当の姿が視えるのかしら)
ファウスタはフラメールの正体に興味を持ったが、エーテルは目に良くないと注意されていたので、眼鏡を外したりはしなかった。
(帰ったら、魔物の皆さんにおじさんの正体を聞いてみよう)
「呪いの品であれば、呪いの核となる何かが埋め込まれているかと存じます。調査のためにお品を解体することになりますが、よろしいでしょうか」
「ああ、かまわない。よろしく頼む」
フラメールの説明に、ロスマリネ侯爵は頷いた。
「呪いというものは有毒な鉱物のようなもので、長く触れているほどに生命に危険が及びます。呪いの可能性がある品は一刻も早く運び出した方が良いでしょう」
「……ふむ。そういうものかね……」
神秘学寄りな話になると全く解らないのだろうロスマリネ侯爵が戸惑いの表情を見せると、マークウッド辺境伯がすかさず助言した。
「呪いの品から黒いモヤとなった毒素が溢れ出している事をファウスタが確認しているのだよ。早く運び出した方が良いだろう」
(そういえば、この呪いは活きが悪いのだわ)
呪いが溢れるという話を聞いて、ファウスタはふと疑問を感じた。
呪いの人形の入った箱と、その上に置かれたペンデュラムを見やる。
黒いモヤは蠢いているのだが、その動きは遅い。
ロスマリネ侯爵夫人に憑いていた大蛇のような黒いモヤは、もっと動いていた。
ファンテイジ家の黒いモヤも、もっと動いていた。
それらは決して素早い動きではなく、ゆっくりとした動きではあったが、それでもこの部屋にある黒いモヤよりは早かった。
ここにある呪いの人形入りの箱とペンデュラムに付いている黒いモヤモヤは今までで一番動きが遅く、弱々しく、箱や紫水晶から抜け出せずにその場に囚われている。
(呪いにも種類があるのかしら)
「呪物はこの箱の中です」
ルパートは箱を持ち上げると、それをフラメールが連れて来たヴァーニーという若い男に渡した。
助手だと紹介されたヴァーニーは、少しくせのある金茶色の髪をした様子が良い青年だった。
フラメールと同じく一般的な労働者の服装をしていたが、やはり違和感があった。
(ちょっと怖いのだわ)
ヴァーニーが部屋に入って来た時、ファウスタは軽い圧迫感のようなものを感じて、背中がぞわっとした。
(エーテルかな)
ファウスタはエーテルに触れた時の微妙に空気の質が変わるような感じを、ファンテイジ家の屋敷に来てから何度か経験していたので、何となく肌で解るようになっていた。
思い起こせば、アルカードやユースティスに初めて会った時も、心がざわざわするような焦りに似た恐怖があった。
それはぐらぐらに沸騰する鍋や、高い屋根の上で作業をする職人の姿を見たときのような、とても危険なものを前にして背中がひゅっと寒くなるような恐怖だ。
マークウッド辺境伯夫妻に初めて会ったときにも似たような心のざわめきがあったが、よくよく考えてみればあの場にはミラーカとルパートも居たのだ。
(フラメールさんよりヴァーニーさんの方がエーテルが凄いのかしら)
フラメールが来たときには感じなかった心のざわめきに、ファウスタはヴァーニーのエーテルを疑った。
「これもお願いします」
ファウスタが呪いを捕らえたペンデュラムを、ユースティスはフラメールに差し出した。
「この紫水晶に呪いが捕らえられています」
「承知いたしました」
ハンカチだろうか、布に包まれたペンデュラムを、フラメールはユースティスの手から受け取った。
「フラメール氏、こちらの品々も鑑定をお願いしたいのだよ。これらの品々は灰色のエーテルを発しているのだ。何らかの魔術が施されている疑いがあるのだよ」
マークウッド辺境伯は台の上の霊感商品を示した。
神秘主義的な内容となると勝手が解らないらしいロスマリネ侯爵に代わり、マークウッド辺境伯が先頭に立ちフラメールと会話をしていた。
「少々、検査させていただいてよろしいでしょうか」
「もちろんなのだよ!」
マークウッド辺境伯は焼き菓子の焼き上がりを待ちわびる子供のように、期待に目を輝かせてフラメールを見た。
「道具を使います。失礼いたします」
フラメールはそう言うと、持っていた鞄から水晶の振り子を取り出した。
「!!」
フラメールが出したペンデュラムに、オクタヴィアが目を見張る。
それは細い鎖に、透明な水晶が吊り下げられているものだった。
オクタヴィアが使っていた元がペンダントであるペンデュラムより、鎖は長くしっかりとした物で、水晶も大きかった。
その水晶は、大人の指くらいの大きさで、結晶そのままの形をしていた。
フラメールはそのペンデュラムの長すぎる鎖を手に巻き付け、適度な長さに調整して持つと、水晶を霊感商品の上に吊り下げた。
霊感商品の上で、水晶が柱時計の振り子のように揺れ始めた。
「たしかに、エーテルを発しているようです」
(ペンデュラムってエーテルを感知することもできるの?!)
ペンデュラムの意外な使い方にファウスタは驚かされた。
「フラメール氏! ペンデュラムは魔術探知ができるのかね?!」
マークウッド辺境伯は少し声を上ずらせてフラメールに問いかけた。
フラメールのペンデュラムの使い方は、マークウッド辺境伯にも驚きと興奮をもたらしたようだった。
「振り子占いは探し物に適しています。使い方次第で、色々な応用が出来るのです。水脈を探すように、魔力を探す事も出来ます」
「おお……なんと……!」
フラメールの解説に、マークウッド辺境伯は非常に感銘を受けたらしく声を絞り出した。
オクタヴィアも羨望と尊敬が混じった綺羅星のような眼差しで、フラメールとそのペンデュラムを見つめていた。
(ペンデュラムでエーテルを探せたら……ユースティスさんたちの正体がばれてしまうのではないかしら。旦那様やお嬢様がペンデュラムでエーテルを探し始めたらどうするつもりかしら……)
ファウスタはファンテイジ家の魔物たちの身の上を案じた。




