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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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82話 灰色と真っ黒

「こちらです」


 家令クラークはファウスタたちを一階の一室に案内した。

 それは壁にたくさんの絵画が所狭しと飾られている美術館のような部屋だった。


 その部屋の一角にクロスがかけられた台が並べられ、その上に大小の置物がぎっしりと並べられていた。

 彫刻の置物はヤルダバウト教の天使を題材にしたものが多かった。

 書斎にあった天使の像や、居間にあった置物や壺もそこに並べられていた。


 台の近くの壁際には取り外された絵画が何点も立てかけられている。

 すべて天使の絵だ。


「こちらの置物と、あちらの絵画になります」


 台の上にぎっしり並べられた置物と、壁に立てかけられている絵画をクラークは示した。


 マークウッド辺境伯とオクタヴィアは、示された彫刻や絵画を検分するように見回した。

 オクタヴィアは何か気に入らないのか、品々を見て顔を顰めた。


「ヤルダバウト教を題材にしているように見えるが、カルト宗教なのかね?」


 それらの品々についてカルト宗教の霊感商品であると説明したシリルに、マークウッド辺境伯は問いかけた。


「ヤルダバウト教の宗派を名乗っているようですが、天使の力が宿るという怪しい品を販売をしている、ただの集金団体ですよ」


「天使の力か……」


 マークウッド辺境伯は品物に顔を近づけてまじまじと観察し、眉間に皺を寄せて唸った。

 そしてファウスタの方を振り向いた。


「ファウスタ、霊視を頼むのだよ」

「はい」






「あとは全部、灰色のモヤモヤが出てます」


 灰色に煙っていた部屋の窓を開け、またしても偶然の突風が吹いた後、ファウスタは集められた品々を一つ一つ検分した。


 灰色のモヤがついてない品が二点あったが、それ以外は全て灰色の霧が貼り付いて蠢いていた。

 天使を題材にしている品は全部灰色のモヤが付いていた。


「それから、これにも知らない言葉が書かれています」


 いくつかの品には灰色のエーテルで知らない言葉が書かれていた。

 そのナモア文字の知らない単語で綴られた言葉は、居間にあった天使の絵に書かれていた言葉と同じ言葉だった。


 ファウスタはエーテルで書かれたその単語のスペルを読み上げた。


「スニタル語で『天使が来た。奇跡を見よ』という意味なのだよ」


 マークウッド辺境伯たちはその単語の意味が解るようだった。

 古語であるスニタル語は王立ゴドウィン学院の必修科目なので、簡単な言葉なら大抵の貴族男子は読めるらしい。


「魔術にスニタル語が使われているなら、私も習ってみようかしら」


 オクタヴィアが独り言のように呟くと、マークウッド辺境伯はきらりと目を輝かせた。


「古い時代の魔術書の原本や魔法陣にはスニタル語が使われているのだよ。復興期以後は各国の言語に翻訳されたものが出回るようになったがね。原本に興味があるならスニタル語の知識は必要だ。ミカヤといえば、魔術師ミカヤ・ライラエルの時代は、まだ学問をスニタル語の書物で学んでいた時代なのだよ。教祖のミカヤという人物は、ミカヤ・ライラエルを知っていて模倣しているのやもしれん」


 マークウッド辺境伯は滔々と得意分野を語った。


「ミカヤ・ライラエルなんて魔術師がいたのね」


 初めて聞いた名だったのだろう、オクタヴィアは首を傾げた。


「東ナモア帝国の宮廷占星術師だった男なのだよ」

「魔術師じゃなくて占星術師なの?」

「占星術は魔術の一分野なのだ。ミカヤ・ライラエルは歴史書には宮廷占星術師と記述されているが、神秘学(オカルティズム)の分野では魔術師として語られているのだよ」

「ふうん……」


 マークウッド辺境伯の説明にオクタヴィアは気の無い相槌を打つと、天使の絵画に視線をやり、エーテルを感じ取ろうとするかのようにその絵画に近付いて手をかざした。


「お嬢……ステラ様、これはあまり良くないものです。近付かないほうが良いと思います」


 ファウスタはオクタヴィアにうっかり「お嬢様」と言いかけ、はっと気付いて偽名に言い直した。


「そうなの? 近付くだけでも駄目な感じなの?」

「はい。とっても気持ち悪いので、あまり近付かない方が良いです」


 ファウスタがそう言うと、ミラーカは興味深げに目を輝かせた。

 そしてマークウッド辺境伯に進言した。


「リンデン様、ファウスタには霊感があります」

「その通り。ファウスタは本物の霊感少女なのだ」


 ミラーカの言葉に、マークウッド辺境伯は自信満々に応じた。


「これらの品々についてファウスタが感じるものは、霊感によって感じ取っているものではないでしょうか。何故これらの品々を良くないと思うのか、ファウスタの霊感にはこれらの品がどう感じられているのか。それは重要な霊的資料になるかもしれません」

「なるほどっ!」


 ミラーカの提案に、マークウッド辺境伯はまたしても気分が高揚したようで、踊るようにくるりと身をひるがえし、ファウスタの方を向いた。


「ファウスタ! これらの品々について、もっと感想を聞かせてくれたまえ!」


「はい、あの……気持ち悪いです。触りたくない感じです」


 ファウスタの曖昧な答えに、ミラーカは具体的な例をあげた質問を投げかけた。


「どんなふうに気持ち悪いのかしら? 病気のときのような感じかしら? それとも嫌な臭いを嗅いだときのような感じかしら?」

「ええと……」


 ファウスタは少し眼鏡をずらすと、もう一度品々を見回した。

 眼鏡を掛けると見えなくなる、その灰色のエーテルは、近付くのを躊躇するような嫌な感じ、むしろ逃げ出したくなるような嫌な感じがあった。


「冬に野菜洗いをしたときの、桶にたまった冷たい泥水みたいな感じです。手を入れたくない嫌な感じです」


 水仕事の経験のない貴族たちにその表現はあまり伝わらなかったようだった。

 皆が微妙な顔をしていたので、あの胸がぎゅっとなるような嫌な感じが伝わっていないように思ったファウスタは、もう少し考えて似ているものを思いついた。 


「葉っぱの裏に大きなナメクジが居たときみたいな、触りたくない気持ち悪い感じです」


 ファウスタがそう言うと、オクタヴィアは急に怖気づいた。


「それは触りたくないわね。近付くのも嫌ね」


 オクタヴィアは絵画から数歩離れた。


(よかった。お嬢様は解ってくださったわ)


「天使とか奇跡とか書かれてるのに、ナメクジみたいな呪いが付いてるってどういう事かしら」


 心底嫌そうな顔をしてオクタヴィアは言った。


(呪い……)


 オクタヴィアのその言葉でファウスタは気付いた。

 ここには灰色のモヤモヤばかりで黒いものが無い事に。


(ロスマリネ侯爵夫人についていたのは恐ろしい真っ黒だったのに、ここにある品物はぜんぶ灰色だわ)


 夫人が纏っていた真っ黒は、ファンテイジ家の三階にあった呪いのような真っ黒だった。

 夜中の墓場のようなじめっとした気分が憂鬱になる真っ黒だ。


 だかここにあるのは汚れたような灰色で、不吉で気持ち悪いことには変わりがないのだが、気持ち悪さの種類が少し違っていた。

 人に例えると、灰色が悪口を言う意地悪な人で、真っ黒は狂暴な犯罪者だ。


「すみません、霊感商品というのはこれで全部なのでしょうか」


 ファウスタの問いかけに、ロスマリネ侯爵が家令クラークに視線を向けた。

 クラークがファウスタの問いに答える。


「はい。帳簿と照らし合わせて確認いたしました。帳簿に記載されているものはこれで全てでございます」


「君は、この他にもあると思うのかね?」


 ロスマリネ侯爵がファウスタに問いかけた。


「はい。奥様に憑いていた呪いは真っ黒でした。ですがここには灰色のモヤモヤしかありません。奥様に真っ黒を憑けたのは、ここにあるものではなく、別にあると思うのです」

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