81話 霊との交信
従僕により書斎の窓が閉じられた。
オクタヴィアの振り子占いが、自然の風の影響を受けないようにするためだ。
「ファウスタ、いつものように幽霊が来ているか知らせてちょうだい」
「はい」
オクタヴィアは、細い銀の鎖に宝石のようにキラキラした美しい石が吊り下がっている振り子を掲げた。
ロスマリネ家の人々は興味深そうに、マークウッド辺境伯は少し不安そうな表情で、それぞれがオクタヴィアの行動を見守った。
吸血鬼たちはいつも通りの笑顔だったが、空気がふっと変わったのをファウスタは感じた。
(エーテルかな。誰かが吃驚して倒れても大丈夫なように、安全のためのクッションの用意かしら)
わりとエーテルのクッションに助けられているファウスタは一人で納得した。
「かけまくも畏き御霊よ、わたくしにその英知をお貸しください」
オクタヴィアがペンデュラムを掲げてそう言うと、いつものように幽霊の御姫様がすうっとオクタヴィアに寄り添いペンデュラムに触れた。
オクタヴィアの手に吊り下げられているペンデュラムが御姫様の手で揺らされ、縦に大きく揺れる。
眼帯の幽霊デュランも滑るように近付いて来ると、見世物を眺めるように、オクタヴィアが持つペンデュラムを覗き込んだ。
「御姫様とデュランさんが来ました」
ファウスタは視えている風景を、静かな声で知らせた。
皆が息を飲むようにオクタヴィアのペンデュラムに注目し、空気が緊張で張り詰めた。
オクタヴィアは自信を漲らせるかのように勝気な笑みを浮かべ、堂々とした態度で質問を始めた。
「この屋敷にありました霊感商品は害となるものでしょうか」
オクタヴィアがそう言うと、御姫様がペンデュラムを縦に大きく揺らした。
デュランの霊はオクタヴィアの言葉に頷いたが、御姫様がペンダントを揺らしたのを見ると、まるで誰かと喧嘩を始めるかのようにペンデュラムに向かい拳を構えた。
「デュランさんが、あっ!」
ファウスタは状況を説明しようとしたが、デュランが拳を繰り出したので、吃驚して身を縮めた。
「!!」
「……っ!」
デュランの拳の直撃を受け、吊り下げられたペンデュラムの美しい石が元気の良い魚のようにバシュッと跳ね上がった。
それは人間の手の微妙な揺れを受けた振り子の動きと解釈するには、かなり無理がある、有り得ない不自然な動き方だった。
皆が驚愕に目を見開いた。
「デュランさんがペンデュラムにパンチしました」
ファウスタは何が起こったのかを皆に知らせた。
(もしかしてペンデュラムって他の品物より幽霊が動かしやすいのかしら)
ペンデュラムを動かしたデュラン自身が、目を丸くした吃驚顔でペンデュラムを眺めていた。
ペンデュラムの揺れがおさまり、静止に近い状態になると、オクタヴィアは二つ目の質問をした。
「この屋敷には呪いの品があるのでしょうか」
御姫様が楚々と手を伸ばしペンデュラムを大きく縦に揺らした。
デュランはしかつめらしく頷いていたが、今回は自重しているのか手を出さなかった。
「サイラス・ロスマリネが収集した錬金術書はこの屋敷に残っているでしょうか」
オクタヴィアが最後の三つ目の質問をした。
この質問に、御姫様とデュランは何か言葉を交わし合っていたので、ペンデュラムは先の二つの質問のようにすぐには動かなかった。
だがしばしの間をおいて、デュランがペンデュラムに手を伸ばした。
「?!」
縦に大きく動いたペンデュラムに、オクタヴィアが意外そうな顔で瞠目した。
「デュランさんが動かしました」
ファウスタは状況を伝えた。
「ペンデュラムは肯定ならば縦に、否定ならば円を描くようにぐるぐる回る動き方をします」
振り子占いを終えるとオクタヴィアは語った。
「錬金術書は残っていないという事でしたので、この質問に対しては否定の動き、ぐるぐる円を描く動きをするものと予想していました。肯定と否定の動きを検証するため、否定が予想される質問をあえて混ぜたのです。しかし全ての質問に対してペンデュラムは縦の動きをしました」
「錬金術書がこの屋敷に残っているという事か……」
ロスマリネ侯爵が呻くように言った。
「ロスマリネ卿! 探そうではないか! 大発見になるやもしれん!」
マークウッド辺境伯は興奮気味にロスマリネ侯爵に言った。
オクタヴィアのペンデュラム・ダウジングが無事に終了したことに安堵したのか、マークウッド辺境伯はすっかりいつもの調子に戻っていた。
「質問に対して霊が答えてくれていたことは、ファウスタが霊視により証明してくれています」
オクタヴィアはさらなる説明をした。
預言者の言葉に耳を傾けるかの如く、皆がオクタヴィアの言葉を聞いた。
「ペンデュラム・ダウジングは是非を問う事しかできないため、霊は正確な答えにより近いほうを選びペンデュラムを動かしていると私は考えております。錬金術書そのものが存在するのかは断言できません。しかしそれに近いものか手がかりのようなものは存在するのではないでしょうか」
「そういえば、書斎の改築はサイラスの遺言で禁止されているんだよね」
ロスマリネ侯爵令息シリルが口を開いた。
「もしかして書斎に隠し部屋があったりしてね」
ロスマリネ侯爵は考えを巡らせるような顔をして唸り、マークウッド辺境伯はその瞳を星のようにキラキラと輝かせ始めた。
そのとき、書斎の扉がノックされた。
書斎に訪れたのは、ロスマリネ家の家令クラークだった。
「霊感商品の回収が完了いたしました」
クラークのその言葉に、皆は思考が切り替わったのか顔を上げた。
「よし、霊感商品の検証に行こうではないか!」
マークウッド辺境伯が勇敢な戦士のように声を上げた。
「ファウスタ! 出番なのだよ!」
「はい!」




