73話 霊感商品
「あの台の上の壺と彫刻と、あそこの絵と、暖炉飾りの上のお人形みたいな、あれとあれ、それからあっちの隅っこの彫刻です」
ファウスタは灰色の霧の発生源をあちこち指差しした。
「そんなに幾つもあるのかね?!」
マークウッド辺境伯は興奮気味に、ファウスタの指差す方向を見回しながら言った。
「疑わしい品をひとまず集め、専門業者に鑑定を依頼しては如何でしょう」
ユースティスがそう提案すると、令息シリルがはっと気付いたように言った。
「そうだ、それがいい。十二ドログで呪いの品を鑑定してくれる業者がいるんだったね。まとめて全部鑑定してもらおう」
「十二ドログ?」
シリルが口にした値段にロスマリネ侯爵が振り向いた。
「随分と安いようだが……」
十二ドログという値段は、貴族の金銭感覚では子供の小遣いにも満たない小銭のような金額だ。
驚愕の安値を鑑定料とは思えなかったのか、ロスマリネ侯爵は不安気な顔でシリルを見やった。
「十二ドログには……何の意味があるのかね?」
「ロスマリネ卿、いわくつきの品の鑑定料が十二ドログなのだよ。古物商フラメール氏は大変な篤志家なのだ」
マークウッド辺境伯がロスマリネ侯爵に説明した。
「ニコラ・フラメール氏は神秘学に大変造詣が深く、その知識を世のため人のために役立てているのだ。庶民に無理のない値段で危険な呪物の鑑定や処分を引き受け、王都の平和に尽くしておられる。現代の聖人様なのだよ。しかも伝説の錬金術師と同姓同名なのだ。非常に運命的と言える。彼は転生者やもしれぬ」
「う、うむ……そうか……」
神秘学だの錬金術師だの転生者だのと、きりりとした顔で夢物語を紡ぎだしたマークウッド辺境伯に辟易としながらも、ロスマリネ侯爵はファウスタが指摘した品を居間から運び出すよう使用人に指示した。
「あの絵は……いつからあったかな……」
従僕たちが壁の絵を取り外している光景を眺めながら、ロスマリネ侯爵がぼんやりとそう呟くと、シリルがそれに答えた。
「母上が買ったものでは? 前は違う絵だったよね。そっちの人形の置物も、今まで気付かなかったけど……最近置いた?」
シリルは答え合わせを求めるように家令クラークを振り向いた。
クラークは微かに動揺を見せた。
「……おそらく、そうだったかと。私には確かな事は言えませんが、模様替えについては家政婦長が把握しているかと存じます」
「ではアボット夫人を呼んでくれ」
シリルは強い眼差しでクラークに命じた。
「はい、確かに、これらは最近飾られたものです。奥様がお買い求めになった品々に相違ございません」
ロスマリネ家の家政婦長アボット夫人が呼ばれ、シリルの問いに答えた。
「やっぱり」
シリルは少しうんざりしたような表情で、吐き出すように言った。
「シリル、どういう事なのだ?」
含みがある言い方をしたシリルに、ロスマリネ侯爵が質問した。
「多分これ全部、母上が集めた霊感商品だよ」
「……霊感商品だと?」
衝撃を受けたような表情で、ロスマリネ侯爵は復唱した。
「置くだけで幸運を呼ぶとか、賢くなるとか、母上は騙されて買ってるんだ」
シリルは嫌そうな顔で肩をすぼめた。
「変な置物を置くだけでバカ息子が賢くなると母上は信じていらっしゃる。僕が今、試験勉強しているのもミカヤ様のお力によるものらしい」
「そんな馬鹿な……まさかシンシアが……」
ロスマリネ侯爵は信じられないものを見たかのように表情を強張らせた。
「僕が今年の試験に受かったら、母上はそれもミカヤ様のおかげだと言うよ。賭けてもいい」
「賭けはいかん。賭博は違法だ」
「じゃあ予言する」
ロスマリネ侯爵とシリルの親子のやりとりを聞き、マークウッド辺境伯は鋭く目を光らせた。
「ミカヤというのは、大魔術師ミカヤ・ライラエルのことかね?」
「魔術師かどうかは解りません。怪しいカルト宗教の教祖の名前です」
興味津々のマークウッド辺境伯に、シリルは社交的な笑みを浮かべながらも冷めた声で答えた。
「シンシアはそんな買い物をしていたのか?!」
ロスマリネ侯爵は家令クラークに問いかけた。
家令は屋敷の財政を管理するので、金銭の出入りについては当然知っていると思ったのだろう。
「申し訳ございません、品物のいわくまでは存じ上げませんでした」
クラークは困惑した顔で主人であるロスマリネ侯爵に応えた。
「絵画や彫刻をお買い求めになられていた事は確かです。しかし価格は全て百ドログかそこらで、二百ドログを超えるものはございません。微々たるものです。こちらの絵画も……確か百ドログほどのもので……お買い物としては非常に慎ましいものでございます……」
(この絵が百ドログ!)
ファウスタは壁から取り外された絵に注目した。
マークウッド辺境伯はファウスタが描いた絵を一枚百ドログで買い取ると約束してくれた。
自分の絵と同じ百ドログという値段にファウスタは興味を持った。
(これが百ドログの絵なのね)
白い翼を持つ天使のような人物が描かれた絵だった。
絵画の素養のある者が見れば、その絵に百ドログは高すぎると言うだろう。
だがファウスタには絵画の素養は無い。
油絵具で描かれた色彩豊かなその絵は、ファウスタが木炭でひょろひょろ描いた線画とは天地ほどの差があった。
ファウスタは本当の百ドログの絵をもっと良く見るために、少し眼鏡をずらした。
ファウスタは視力には問題がなかったので、世界にエーテルのモヤモヤさえなければ、眼鏡が無いほうがよく見えるのだ。
だが眼鏡をずらすと、絵に貼り付いているエーテルらしき灰色の霧が視界を邪魔した。
(あ……そういえば霧が出てるんだったわ)
霧に視界を邪魔されて、ファウスタは眼鏡を掛け直した。
そしてまた眼鏡をずらし、また戻した。
灰色の霧が出たり消えたりする。
(この眼鏡、結構便利かも。みんなに視えていないものは何なのか解りやすいわ)
少し面白くなって、眼鏡をずらしたり掛け直したりをファウスタは繰り返した。
そして気付いた。
灰色の霧の他にも薄っすらと、何かが出たり消えたりしている事を。
(何かある……?)
それは絵の端っこにあった。
霧と同じような灰色なので、霧に溶け込んでいて見え難くなっていた。
ファウスタは眼鏡をずらして、それを凝視した。
蠢く霧の灰色の中で、その動かない少し濃い目の灰色は、文字のように見えた。
イングリス語と同じナモア文字が使われているが、違う言語なのか、羅列されている単語は全てファウスタが知らない単語で、意味はさっぱり解らなかった。
「すみません、この絵に何か文字が書かれています」
ファウスタは眼鏡を掛け直すと、声を上げて皆に知らせた。
「多分エーテルで書かれているので、もしかすると魔術かもしれません」




