681話 女王の御前へ
「霊視のときに、女王陛下もいらっしゃるのでしょうか」
「うむ。女王陛下の私的なご依頼だからね。女王陛下はファウスタと直接お話しになるだろう」
ユースティスからの言伝を聞いた翌日。
ファウスタはオクタヴィアと一緒にマークウッド辺境伯に呼ばれて、女王からの依頼を告げられた。
「ファウスタ、気負う必要はないのだよ」
マークウッド辺境伯は得意気に言った。
「ファウスタは今までと同じように霊視してくれれば良いのだ」
「は、はい……」
ファウスタにとって女王は雲の上の存在で、神に等しい。
その女王に会って直接話もするらしいと聞き、ファウスタは畏れと緊張で震えた。
(私が、女王陛下にお会いするなんて……。お作法の復習をしなくちゃ!)
ファウスタがマークウッド辺境伯に説明を受けている隣で、オクタヴィアは美しい夢を見ているかのようにうっとりとしていた。
「私のファウスタが、ついに女王陛下のお目に留まったのね。素敵!」
(マーグンキブ宮殿だわ!)
ファウスタは久しぶりに心霊探偵の黒いドレスとヴェールを纏った。
そしてマークウッド辺境伯と一緒に、馬車でマーグンキブ宮殿へ向かった。
(ユースティスさんたちはどこにいるのかしら)
ユースティスとタニスとプロスペローは、姿を隠して同行する事になっていた。
ファウスタは少しだけエーテルが見える眼鏡を掛けているので、認識阻害のマントで姿を隠している魔物も見破れる。
だが馬車の中にも、馬車の窓の外にも、彼らの姿はなかった。
(もしかして、空を飛んで来るのかしら?)
マーグンキブ宮殿の大きな門に到着した。
門番をしているハンサムな衛兵は、招待状を確認するとファウスタたちの馬車を通した。
(幽霊はいないわ……)
ファウスタたちは馬車で宮殿の広い庭を進んだ。
(即位記念祭の日には、大勢の幽霊たちがあの門を通ってお庭に入っていったのに。みんなもういないのかしら)
宮殿の前でファウスタたちを乗せた馬車は停まった。
「ご案内いたします」
きりりとした侍従がファウスタたち迎え、宮殿の中へと導いた。
(凄い……)
吹き抜けの高い天井の広々とした玄関広間は、天井も壁も白く、あちこちに金の装飾があり、足元には真紅の絨毯があった。
白い空間の中に、豪奢な金色と目の覚める真紅が映えている。
正面には左右に登り口がある大階段があり、階段の手すりは黄金色で細かい装飾の透かしだ。
天井や、壁の高い所には彫刻装飾があり、壁には等間隔に金色の額縁におさめられた肖像画が飾られていた。
(これがマーグンキブ宮殿……!)
何もかもが豪華で荘厳な宮殿の中を、ファウスタたちは侍従に案内されて歩いて行った。
(幽霊だわ)
たまに柱の陰や廊下の隅に、薄い青色に透けている幽霊が視えた。
だがそれらは、ぼんやりと立ち尽くしている幽霊で、特に暴れているわけでもなく、置物と変わりない無害な幽霊に思えた。
(あ……ユースティスさんたち)
廊下の途中に黒マントを羽織ったユースティスがいた。
同じく黒マントを羽織ったプロスペローとタニスを従えている。
黒マントには認識阻害の術が施されているので、ユースティスたちの姿は人間たちの目には見えていない。
ファウスタたちを案内する侍従は、ユースティスたちに気付かないまま通り過ぎる。
(ユースティスさんに会うの、久しぶりなのだわ)
ユースティスは通り過ぎるファウスタににっこり微笑むと、ファウスタたちの後を付いて歩いて来た。
(女王陛下!)
ファウスタたちは侍従に案内され、女王の私的な応接室に通された。
そこには黒衣の女王がいて、ファウスタたちを迎えた。
女王の背後には明るい光のような守護霊が何体もいて、ファウスタの目には女王が陽だまりを背負っているかのように視えた。
守護霊の力なのか女王の威光なのか、女王は他を圧倒するような威厳をまとっていた。
女王とその守護霊たちの後ろには、二人の人間が控えていた。
一人の年配の貴婦人と一人の紳士だ。
(ラヴィニアお嬢様のお婆様に、シャールラータンさん?!)
貴婦人はシェリンガム伯爵夫人、紳士は霊能者シャールラータンだった。
「女王陛下、ご機嫌麗しゅう」
「ごきげんよう、マークウッド卿。しばらくぶりね」
(女王陛下のお声!)
ファウスタはしとやかに控えていたが、ヴェールの下で大興奮していた。
女王の後ろにいるシェリンガム伯爵夫人やシャールラータンのことや、一緒に部屋に入って来たユースティスたちのことも気になったが、ファウスタの一番の関心は女王にあった。
目の前に女王がいることは大事件なのだ。
「陛下、こちらが霊能者ファウスタです」
マークウッド辺境伯がファウスタを紹介した。
「ファウスタは事情によりヴェールを付けております。ヴェールのままで御前を失礼いたします」
「ええ、聞いているわ。そのままでかまわなくてよ」
女王はマークウッド辺境伯にそう言うと、ファウスタのほうを向いた。
「ファウスタ、よく来てくれたわね」
女王がファウスタにすっと手を差し出した。
(……き、来た!)
いよいよ女王との挨拶だ。
ファウスタは緊張でがちがちになりながら、家庭教師のポラック先生と何度も練習をした挨拶を実践した。
「陛下、お目にかかれて光栄です」
ファウスタは恐る恐る女王の手を握り、膝を折ってカーテシーをした。
「ファウスタ、貴女が来てくれたことを嬉しく思います」
女王は優しい笑顔でファウスタに言った。
そして女王の後ろに控えている二人をファウスタたちに紹介した。
「私の侍女シェリンガム伯爵夫人と霊能者シャールラータン氏よ。マークウッド卿もファウスタも、こちらの二人のことは知っているわね?」
「もちろんです」
「はい」
「今日はこの二人にも立ち会ってもらうわ。二人とも口が堅いから、安心してちょうだい」
挨拶と紹介を終えると、女王はファウスタたちにソファを薦めた。
そして依頼内容を話し始めた。
「最近は収まって来ているのだけれど。一時期、霊現象がとても増えていたの。もともと宮殿には幽霊伝説がいくつもあって、たまに出ていたのだけれど。今年の夏、急に増えたのよ。もし原因が解るなら教えて欲しいの」