67話 同乗者
「実はね、業者に変装して行くというのは、オズワルドの提案なのだよ」
馬車の中でマークウッド辺境伯がそう語ると、オクタヴィアは少し驚いたような顔をした。
「お兄様がお部屋から出ていらしたの?」
「いや、手紙で知らせてくれたのだよ」
「……一緒に住んでいるのに、どうして手紙なのよ……」
「まあまあ、良いじゃないか。こんな名案を考えてくれたのだ。業者としてお忍びで訪問するからこそオクタヴィアも一緒に行けるのだよ」
「それはそうだけれど……」
オクタヴィアは釈然としないようで顔を顰めた。
(幽霊も馬車で移動するのね)
幽霊の御姫様が一緒に馬車に乗り込んで、オクタヴィアに重なるようにしれっと座っていた。
ファウスタは幽霊の新たな一面を知った気がした。
以前、守護霊ティムが旅行していたと聞いたとき、幽霊も旅行するのかと常識をひっくり返されて吃驚した。
その後ティムと何度か話しをして、彼がお茶を飲んだりする姿を見て、彼は幽霊と言うよりは吸血鬼たちに近い実体のある魔物であるらしい事が解った。
見えないだけで実体があるティムなら旅行もするだろうとファウスタは納得した。
しかし今、目の前で、半透明で実体のない御姫様が馬車に乗っていた。
幽霊も人間のように馬車に乗るのだ。
馬車に乗って外出するくらいだから、蒸気機関車や飛空艇にだって乗るかもしれない。
船に乗って外国へも行くかもしれない。
幽霊は人間には見えないのだから、どんな乗り物でも無料で乗り放題だ。
旅行好きの人が幽霊になったら、きっとたくさん旅行するだろう。
「ファウスタ、どうしたの? 緊張しているの?」
幽霊社会について考察していたファウスタが難しい顔をしていたせいだろう、オクタヴィアが声をかけてきた。
「いいえ、あ、はい、緊張は少ししています。でも、あの、御姫様が来ているので、それで……少し考えていて……」
「御姫様って、うちに居るあの御姫様?!」
オクタヴィアは驚いたように目を見開いた。
「はい」
「今ここに来ているの?!」
「はい、一緒に馬車に乗っています」
「御姫様とは何なのだよ」
ファウスタとオクタヴィアの会話に、マークウッド辺境伯は首を傾げた。
「お父様がレイスかもしれないって言ってたあの幽霊のことよ。ファウスタが昔のお姫様みたいって言うから御姫様って呼ぶ事にしたの」
オクタヴィアがそう説明すると、マークウッド辺境伯はかっと目を見開いた。
「レイスが来ているのかね!!」
「御姫様はレイスじゃないと思うわよ。私たち普段わりと御姫様と一緒にいるけれど何ともないもの」
御姫様は魔法を使う幽霊で、そして魔法を使う幽霊はレイスという凶悪な幽霊しかいないのだと言う。
レイスに出会ったら命は無いらしいが、御姫様に何回出会ってもファウスタたちの命に別状はなかった。
「どこにいるのかね?!」
マークウッド辺境伯は馬車の中をきょろきょろと見回した。
「お嬢様の隣りに座っていらっしゃいます」
ファウスタがそう言うとマークウッド辺境伯はオクタヴィアの隣りを凝視した。
「……何も見えないのだよ」
「そりゃあ見えないわよ。幽霊だもの。そのためにファウスタがいるのよ」
オクタヴィアは得意気に微笑んだ。
「で? どうして君がここに居るんだ?」
馬車がファンテイジ家の門を出ると、ユースティスは胡乱げに言った。
この馬車に乗り込んだのはファンテイジ家の使用人たちだった。
そしてその馬車の中には何故か、ファンテイジ家の守護霊と呼ばれるティムが最初から乗り込んでいて、ちゃっかり席に座っていたのだ。
灰金髪に青い瞳、少女人形のように整った顔立ちの小姓ユースティス。
白金髪に紫の瞳、絵画から抜け出した詩神か月の女神のように美しい侍女ミラーカ。
暗灰色の髪に氷青色の瞳、知的で貴族的風貌の近侍ルパート。
馬車に乗り込んだ三人の使用人は、見目麗しく品の良い吸血鬼たちだった。
その絵になる三人の中に、だらしない恰好でボサボサの黒髪のティムが異物として混じっている様子は、王侯貴族の馬車に瞬間移動してしまった農民のように不釣り合いだった。
三人の吸血鬼は生前は王侯貴族で、ティムの生前はただの田舎の村の少年だったので、彼らの生前の姿や身分そのままの光景だった。
ティムが馬車の中でにっかりと微笑んでいる姿を目にするやいなや、ユースティスは眉を吊り上げ、侍女ミラーカは脱力したような微笑みを浮かべ、近侍ルパートは悪夢を見たかのような表情で呆然としたのだった。
人間がいる場所でティムについて騒ぎ立てることは出来なかったので、馬車が屋敷を出たところでユースティスはティムに話しかけた。
「ナジはどうしたの?」
険のある視線をティムに向け、ユースティスは監視役の消息を尋ねた。
当分の間ティムは吸血鬼ギルドに滞在する事に決まっていた。
平たく言えば軟禁だ。
ティムがあまりにも事態を混乱させたため、ギルド長であるアルカードはティムをしばらく物理的に拘束する決定を下したのだ。
ティムには監視役としてアルカード直属の配下であるナジが付き、行動範囲は吸血鬼ギルド王都支部の建物内に限られていたはずだった。
「そんな事はどうでもいいだろう」
ティムはすぐに話を逸らした。
「それよりロスマリネ侯爵の話だ。一体どうなってるんだ?」
「どうでも良くないから訊いてるんだけど?」
「それより本題だ。ロスマリネ侯爵の屋敷に、人間を材料にした例の呪物があるのか?」
ユースティスはティムのその問いには答えず、苦虫を噛み潰したように美しい顔を歪めると頭を抱えた。
「ねえ、ティム、貴方がロスマリネ侯爵のお屋敷に一緒に行くつもりなら、一つ約束をして欲しいの」
ミラーカは諦めに似た笑顔を浮かべ、ユースティスに代わりティムに応対した。
「おん?」
「お屋敷の中を勝手に歩き回ったりしないで、大人しく見学していてくれる?」
「もちろんだ。見学に来たんだからな!」
「ファウスタは眼鏡を外して霊視をすると思うけれど、絶対にファウスタの前に出ないで大人しくしていられる?」
「解ってる。ファウスタの目に悪いんだろ? ちゃんとファウスタに見えないように見学するさ」
自信満々に答えるティムに、ユースティスは顔をあげると疑惑の視線を向けた。
「君がうろちょろせずにじっとしていられるの?」
「子供じゃあるまいし、出来るに決まってるだろう」
「出来なかったら、今度こそ縛り上げて地下牢に放り込んでもいいかな?」
「おい、やめろ」
「やっぱり勝手に動き回るつもりだろう」
「しねーよ。大丈夫。出来る」
ティムとユースティスのやり取りを呆然と眺めていたルパートは、何かに気付いたように馬車の窓の外を振り向いた。
「ナジさんが来ましたね」
ルパートの言葉に、一同は窓の外に目を向けた。
建物の屋根を足場に、跳躍しながら馬車に追いすがって来る黒い影が見えた。
その黒づくめの装束は、人間の目では見ることができない認識阻害の術式が織り込まれた特別な布で作られている。
吸血鬼ギルドでは知らぬ者はいない、アルカード配下の死霊騎士団に所属する騎士の出で立ちだった。
「やばい! おい御者! 誰だっけ! スピードをあげろ! 追い付かれるな!」
ティムは馬車の中から、人間の御者に化けている小鬼族に向かって指示を出した。
御者が驚きと困惑の表情で振り向く。
「ティムの言うことは聞かなくていい。無視しろ。そのまま普通に走らせて」
ユースティスがティムの指示を上書きした。
御者はユースティスに頷くと、再び前を向き、今まで通りに馬車を走らせた。




