66話 いざ出発
「その恰好で行くのですか……?」
ロスマリネ侯爵邸へ出発するために、外出の身支度を整えたファウスタたちは玄関ホールに集合した。
見送りに来たヴァネッサは、マークウッド辺境伯の装いを見ると、驚いたように目を見開き、彼に疑問を投げかけた。
「業者を装うために身を窶すのは解ります。でも鹿撃ち帽は何故なの。そんな業者いないでしょう」
マークウッド辺境伯は、枯葉色の格子柄のマント型の外套に、同じ枯葉色の格子柄の鹿撃ち帽をかぶっていた。
それは森に狩猟に行くような恰好であり、都会である王都タレイアンでそのような服装をしている者はまずいない。
きちんとした衣服を揃える財力がない者、たとえば貧民や労働者が、どこかで拾った鹿撃ち帽をかぶっていることはあるかもしれない。
だが服装を整えられる中流階級以上のものが王都で場違いな鹿撃ち帽をかぶっていることは絶対に無いと言い切って良いだろう。
「心霊探偵は幽霊を探し狩り出す、狩人なのだよ」
狩猟スタイルで堂々とそう答えたマークウッド辺境伯に、ヴァネッサは何か言いたげに口を動かそうとしたが、次の言葉は出て来なかった。
言葉の代わりに彼女は眉間に皺を刻むと、頭痛に悩むように額に手を当て、小さく溜息を吐いた。
(お嬢様はとても賢そうなのだわ)
いつもと違うオクタヴィアの装いに、ファウスタは感心した。
オクタヴィアはいつも垂らしている黒髪をきっちりと結い上げている。
服装もいつものようなふわふわした装飾の多いワンピースではなく、簡素でかっちりとした、マクレイ夫人やポラック夫人のような立ち襟のドレスを着ていた。
メイドというよりは家庭教師のようだ。
ヴァネッサに似ている顔立ちのせいもあり、とても知的に見えた。
そんなオクタヴィアの背後で、いつも屋敷を徘徊している幽霊『御姫様』が微笑んでいる。
ファウスタは今日からエーテルを防ぐ巻つるテンプルの丸眼鏡をかけているので、御姫様の姿は今までより薄くなって見えている。
(人間と幽霊の区別がつきやすいのは便利かもしれないわ)
人間と同じような質感で見えていた御姫様が、陽炎のように薄まったことで幽霊であることが解りやすくなったことは便利のように思った。
だが御姫様は特別に質感がある幽霊だったが、今までファウスタが見て来た他の幽霊たちはみんな青白い陽炎のようで薄かったことを思い出した。
(もともと薄い幽霊を眼鏡で見たらもっと薄くなって見えるのかしら。それとも薄まりすぎて見えなくなるのかしら)
ファウスタは少し考えたが、すぐに考えるのをやめた。
実際に見なければ解らない事で、今考えても仕方のない事だったからだ。
(御姫様はお嬢様をお見送りに来たのかしら)
御姫様は、オクタヴィアが占いをするときによくそうしているように、オクタヴィアの後ろにぴったりとくっついていた。
御姫様はオクタヴィアの部屋に居ることが多かったので、彼女はオクタヴィアを気に入っているのだろうとファウスタは思っている。
御姫様はきっと、お気に入りのお嬢様を見送りに来たのだろう。
ファウスタはそう思ったが、その予想はすぐに外れていることが知れた。
(え……一緒に行くの……?!)
一行が馬車に乗り込むと、御姫様も一緒に馬車に乗り込んだからだ。
ロスマリネ侯爵邸へは二台の馬車を使い六人で向かった。
ファウスタとマークウッド辺境伯とオクタヴィア。
そして早朝にネルが伝えてくれたとおり、付き従う使用人は近侍ルパート、侍女ミラーカ、小姓ユースティスだった。
ファウスタはマークウッド辺境伯とオクタヴィアと一緒に、ファンテイジ家の紋章がついた立派な馬車に乗り込んだ。
どう見ても一介の業者の馬車ではないのだが、そこは気にしていないらしい。
(きっと大丈夫よね)
一週間ほど前、ファウスタは悪魔が居るというファンテイジ家の屋敷の三階を霊視した。
そのときは何が起こるか解らない未知の恐怖があった。
だが今のファウスタは落ち着いていた。
ユースティスやミラーカが、どうやらとても強いらしい事が前回の霊視の騒動で明らかになったからだ。
ユースティスはらくらくと飛び回る人形を捕らえたようだったし、転びそうになったファウスタをエーテルで支えてくれたりもした。
ミラーカは瞬間移動としか思えない動きをして、空中に立つ事も出来る上に、すごい早さで飛び出した人形をあっさり片手で捕えていた。
ルパートは一度に三人の人間をエーテルで運んでいた。
二、三人倒れても彼がいれば大丈夫だろう。
この三人の吸血鬼はとても頼りになり、幽霊にも悪魔にも負けないだろうという安心感があったので、ファウスタは落ち着いていられた。
(私は私の出来ることを精一杯頑張るのだわ。呪いも幽霊も全部見つけて差し上げるのよ。ロスマリネ侯爵をお助けして、ジゼルやピコが安全に暮らせる法律を作って貰うんだ)
「ヘンリエタ、ロスマリネ侯爵に、何か……お詫びの品を見繕ってちょうだい。夫人にも喜んでいただけるようなもの。そうね、茶葉でいいわ」
一行を見送った後、ヴァネッサは侍女ヘンリエタに指示した。
「私は……お詫びの手紙を書かなければならないから……お部屋に戻るわね。頼んだわよ」
「かしこまりました、奥様」
ヘンリエタは憂鬱そうなヴァネッサが自室へ戻って行く後ろ姿を見送った。




