65話 霊視の仕事の意味
「よくお似合いですわ、ファウスタ様」
ファウスタの外出用の身支度を手伝いながら、吸血鬼の侍女ネルが言った。
ファウスタが与えられた三階の部屋には、オクタヴィアから下げ渡された何着もの衣服が収納されていた。
オクタヴィアが何か思いつくたびにファウスタの衣装は増殖するので、お出かけ用の装いも揃っていた。
ネルはマント型の外套を選んでファウスタに着せた。
「あの、ネルさん、ロスマリネ侯爵様のお屋敷の霊視は、アルカードさんやティムさんも望んでいる事なのでしょうか」
ファウスタはネルに質問した。
少年吸血鬼の小姓ユースティスが、ロスマリネ侯爵邸の霊視に早急に行く方向で話を進めていたことを少し疑問に思ったからだ。
魅了術や催眠術で人間を操れるなら、ヴァネッサが言うように後日に思いとどまらせることも出来たはずなのに、ユースティスはすぐに出発するよう誘導していた。
早朝に慌しくファウスタに眼鏡が届けられた事からも、吸血鬼たちは早い出発に積極的に対応して動いていた感じがした。
「はい、望んでおられます」
ネルは真剣な表情で答えた。
「以前のような呪物が存在した場合、人間にはとても害があります。このお屋敷では魔法陣で防御されていましたが、ロスマリネ侯爵邸に魔術的な防御があるとは思えません。手遅れにならないうちに発見する必要があります」
「手遅れになったら、どうなるのですか?」
「……手遅れになると……病気になってしまったり、良くない事が起こります」
子供のファウスタにどこまで話すべきか迷ったのか、ネルは言葉を詰まらせた。
「ロスマリネ侯爵がお倒れになると、議会にも大変な影響を及ぼします。皆さんそれを危惧していらっしゃいます」
「ロスマリネ侯爵様は議会のお仕事をされているのですか?」
「はい。議会に新しい法案を提出なさっておられます」
ネルはそう答え、少し考えるような顔をした。
そして子供のファウスタに解りやすいように噛み砕いて語った。
「子供の労働者が辛い目に合わないように、ロスマリネ侯爵は子供の安全を守る法律を作ろうとなさっています。ですがその法律によって損をする者もいますので、反対する者が多くいます。それで今、賛成と反対で意見が割れて、議会は戦争になっているのです。ロスマリネ侯爵が倒れてしまうと、反対者たちに負けてしまうかもしれません。皆さんそれを心配なさっておられます」
(子供の労働者を守る法律!)
その言葉はファウスタの心に深く響いた。
ファウスタは十二歳になって孤児院を出なければならない年齢になってから、この屋敷にメイドとして雇われるまで、ずっと就職問題で悩んでいたのだ。
子供は工場で過酷な労働をさせられるとか、背中が曲がるとか、病気になるとか、大人になる前に死んでしまうとか。
新聞を読んでニュースを仕入れてくるピコから、子供たちの恐ろしい労働状況を聞くたびに震え上がっていたのだ。
親友のジゼルは今年、ピコは来年には就職して孤児院を出なければならない。
ファウスタは幸運にもこのお屋敷でメイドとなる事ができたが、親友たちもファウスタのように安全な職場に就職できるという保証は無い。
何の力もない子供のファウスタは、親友たちのために、今のところ神に祈るくらいの事しかできなかった。
だがロスマリネ侯爵には親友たちを助ける力があるのだ。
(もし子供を守る法律が出来たら、みんな安全に働けるようになるのかしら)
――私たちのサロンが大勢の人たちを救うのよ!
ファウスタはオクタヴィアが語った言葉を思い出した。
ファウスタの霊視で人を助けられるとオクタヴィアは言った。
その言葉の意味が、ロスマリネ侯爵についての説明を聞いて、じんわりとファウスタの頭に理解を浸透させた。
ふんわりしていた言葉の意味が、具体的な形となった。
ファウスタには親友を助ける力は無いが、ロスマリネ侯爵は大勢の子供の労働者たちを助けてくれる。
ファウスタがロスマリネ侯爵を助けることが、親友たちの安全を守る法律を作る事に繋がっている。
(ロスマリネ侯爵をお助けする事がみんなのためになる。私にもみんなを助けるお手伝いができるのだわ!)
自分の霊視能力がみんなの役に立つ可能性があることを、ファウスタは初めてはっきりと自覚した。
「ロスマリネ侯爵邸の怪奇現象の原因が呪物によるものであった場合、ロスマリネ侯爵のご健康を損ねる可能性があります。侯爵がご病気で議会を欠席なさってしまいますと、反対派にとても有利になってしまい、新しい法案が通らなくなってしまいます。ですからアルカード様も旦那様も、ロスマリネ侯爵のご健康をとても心配なさっているのです」
ネルは憂い顔で語った。
「ファンテイジ家に呪物があった事から、ロスマリネ侯爵邸にも同じ様な呪物があるのではないかとアルカード様たちはお考えになっていらっしゃいます。呪物を発見するためには、ファウスタ様のお力が必要なのですわ」
「私、頑張ります!」
ファウスタはぐっと拳を握りしめた。
いつもは怖かったり緊張したりしているときに握りしめられているファウスタの拳だったが、今はやる気と闘志により握りしめられていた。
「ロスマリネ侯爵様のために頑張ります!」
「ファウスタが侯爵邸を訪ねる事になるなんて……こんな事になるなら、お作法のお勉強をもっと先に進めておくべきだったわ」
外出の準備をしているファウスタの部屋に、家庭教師のポラック夫人が来た。
ポラック夫人は訪問の作法を、口頭で簡単に説明した。
「旦那様に紹介していただくまではしゃべっては駄目よ」
「はい、ポラック先生」
「ミラーカさんが一緒に行ってくださるようですから、ミラーカさんの真似をして後ろに控えていなさい。侯爵様は王子様の義理のお兄様。とても偉い方です。貴女のことだから勝手に動き回ったり騒いだりはしないでしょうけれど、勝手な行動は絶対に駄目よ。自分から話しかけては駄目ですからね。こんな事になるなら、訪問の作法から教えるべきだったわ。明日からは訪問の作法を重点的にやりましょう。爵位のお勉強もしなければ」
ポラック夫人は動転しているのか、独り言のようなことも混ぜて語った。
「ユースティスの真似をしては駄目よ。あの子は色々な事が特別に許されている子なの。絶対に真似しては駄目。それに男の子と女の子では作法が違うの。ファウスタはミラーカさんをお手本になさい」
「はい、ポラック先生」
(明日からお作法ももっとお勉強するのだわ。ジゼルやピコや孤児院のみんなを助けることに繋がっているんですもの)
今までのファウスタは自分のしている事が何の役に立っているのか、雲をつかむようなふわっとした感覚しか持っていなかった。
だがまるで霧が晴れたように、自分の仕事の意味が見えて来た。
自分の仕事が親友たちの助けに繋がっている事がはっきりと見えた事で、ファウスタはやる気に満ち溢れていた。
「いいわね、ファウスタ、ミラーカさんの言うことを良く聞いてね」
「はい、ポラック先生。頑張ります」
ファウスタの真面目で前向きな様子を見て、ポラック夫人は一応の安堵をしたのか、納得したように何度か頷いた。
「いきなりの大舞台だけれども、……頑張るのよ、ファウスタ。ご紹介いただいた後は、いつもメイドの仕事でやっている通りの振る舞いをしていれば大丈夫ですからね。私はこれからお嬢様の様子を見に行かなければなりません。これで失礼するわね。ああ、お嬢様がメイドの真似事をするだなんて……ああ、どうしましょう」
ポラック夫人はあたふたと退室して行った。




