64話 心霊探偵
「おお、ファウスタ、眼鏡が出来たのだね」
マークウッド辺境伯夫妻に呼び出され、ファウスタはオクタヴィアと共に一階の居間へ行った。
マークウッド辺境伯はファウスタの眼鏡を見ると、目を輝かせた。
「まるで錬金術師の弟子のようではないか。格好良いのだよ」
「ね、似合っているでしょう」
オクタヴィアが何故か得意気になり、ファウスタに代わって答えた。
「そういう眼鏡も良いね。私も一つ作ってみるとするか」
マークウッド辺境伯はファウスタの眼鏡が気に入ったようだった。
その隣で、ヴァネッサ夫人はいつもの鋭い眼差しでファウスタを観察するように見ていた。
「眼鏡を掛けた具合はどうかしら?」
ヴァネッサの問いにファウスタは正直に答えた。
「はい。物が良く見えるようになりました」
眼鏡を通して見る世界にはエーテルのモヤモヤが無いので、色々なものがはっきりと見えるようになったのだ。
「幽霊も良く見えるようになったのかね?」
「幽霊は……前より見えなくなったと思います」
マークウッド辺境伯の問いかけに、ファウスタはちょっと考えて答えた。
幽霊である御姫様の姿は、眼鏡を掛けて視たら薄くなっていた。
エーテルを遮断するという眼鏡を掛けても見えるということは、御姫様はアストラル体なのかもしれない。
薄まったのはエーテル体の部分が見えなくなったせいとも考えられる。
しかしまだ眼鏡を使い始めたばかりで、他の幽霊を視ていないので、ファウスタは自信を持って答えることは出来なかった。
エーテルのモヤモヤが見えなくなった事は、何人かの魔物たちを見たので確かなのではないかと思える。
この居間にも魔物たちがいるが、モヤモヤが消えて普通の人間の姿になっている。
執事のバーグマンは耳が尖った若い顔が見えなくなり普通のおじさんになった。
従僕のエルマーは背中の竜の羽根が消えた。
見た事のない顔の従僕はおそらく狼男のラウルだろう。
彼は銀髪金目の普通の人間の男性になっていた。
「モヤモヤは眼鏡をしていると全然見えなくなりました」
ファウスタの答えに、マークウッド辺境伯はがっかりしたような顔をしたが、ヴァネッサは当然の節理だとでも言うように満足気に頷いた。
「ロスマリネ卿の屋敷で起こっている怪奇現象について調査を依頼されたのだよ」
テーブルの席に着くと、マークウッド辺境伯は話し始めた。
「ファウスタにロスマリネ侯爵邸の霊視を行って欲しいのだ」
(本当に侯爵様のお屋敷に行くのね)
ファウスタは膝の上でぐっと拳を握りしめた。
ロスマリネ侯爵は女王の親戚に当たると聞いていたので緊張が漲った。
「私も行くわ!」
マークウッド辺境伯の話に、オクタヴィアは目を輝かせた。
「オクタヴィア、常識的に考えなさい。貴女は招待されていないのよ」
オクタヴィアの希望に、すかさずヴァネッサが異を唱えた。
「私はファウスタの主人だもの。私がファウスタを連れて行く」
「子供が子供の後見人にはなれないわ」
「ユースティスは子供だけどあちこちのお屋敷に行ってるじゃない」
「あの子は使い走りの仕事をしているの」
「じゃあメイドに変装するわ。メイドが手紙を届けたり主人に付いて行ったりすることはあるでしょう?」
「自分の品位を落とすような事をしたら、自分が損をするのよ」
オクタヴィアの奔放な思い付きにヴァネッサは眉間に皺を刻んだ。
だがマークウッド辺境伯は、けろりとした顔でオクタヴィアに質問した。
「オクタヴィア、メイドに変装できるのかね?」
「出来るわ!」
「リンデン、貴方まで何を言い出すの?!」
「実はね、業者に変装して行こうと思っているのだよ。一介の業者として行けば、貴族の作法を気にすることは無いだろう?」
マークウッド辺境伯はきりっとした顔をして宣言した。
「心霊専門の探偵としてロスマリネ邸の調査に行くのだ。私が心霊探偵でファウスタが助手なのだよ」
(……探偵ってどういうお仕事をする業者なのかしら)
ファウスタは探偵がどんな業者なのか知らなかったので内心で首を傾げた。
(難しいお仕事でなければいいけれど……)
犯罪の多い王都では、事件調査の需要があるので、中流以上の階級の者たちには探偵という職業はそれなりに認知度があった。
だが新しい職業だったので、お金に縁がない労働者や下層民にはまだあまり知られていなかった。
「私も心霊探偵になる! 私、最近、幽霊と交信する方法を見つけたの!」
オクタヴィアが声を弾ませてそう言うと、マークウッド辺境伯は驚いたように目を見張った。
「オクタヴィア! それは本当かね?!」
「本当よ。レイスかもしれないあの幽霊と振り子占いで交信出来るようになったの。きっと役に立てるわ」
ヴァネッサは呆然としてマークウッド辺境伯とオクタヴィアを交互に見た。
「貴方たちは……ごっこ遊びにロスマリネ侯爵を巻き込むというのですか」
「ロスマリネ侯爵は怪奇現象を解決するために専門業者を呼ぶ予定があるのだ。だから我々は事件調査の専門業者として行くのだよ。ごく自然な流れで業者として訪問できるのだ」
「どこが……自然なの?」
ヴァネッサは頭痛に悩むかのように額に手を当てた。
夫妻とオクタヴィアは自分の意見を主張し合った。
マークウッド辺境伯は収拾がつかないと判断したのか、執事のバーグマンに命令した。
「ユースティスを呼んでくれたまえ。彼はオズワルドの使いでロスマリネ侯爵邸を何度か尋ねているのだ。事情に詳しいのだよ」
「ロスマリネ侯爵夫人は怪奇現象を解決するために、霊能者シャールラータンに依頼するご意向を表明なさいましたが、侯爵もご令息もこれに強く反対なさいました」
実質オズワルドの近侍である小姓ユースティスが居間に呼ばれ、ロスマリネ侯爵家の事情を説明した。
「侯爵とご令息は、霊能者ではなく、調査業者への依頼をご検討なさいました」
「そういう事なのね……」
ユースティスの話を聞き、ヴァネッサは納得が行ったというように頷いた。
「夫人や使用人たちの不安を取り除くために、何らかの対応をして見せる必要があるというわけね」
「はい」
「気休めで依頼するには確かに霊能者は高額すぎるわね」
(ユースティスさんは催眠術を使っているのかしら)
ユースティスの話にヴァネッサがすんなり納得するのを見て、ファウスタは魔術を疑った。
今、眼鏡を外してユースティスを視たら、目が青く光っているのではないかと。
エーテルを直接視るのは目に悪いと注意されていたので眼鏡を外したりはしなかったが、風に吹かれる夏草のように皆が同じ方向になびいていく様子を見てファウスタは疑惑を膨らませた。
(それに……ユースティスさんが可愛い)
眼鏡越しにユースティスを初めて視たファウスタは、その容姿の美しさにさらなる疑惑を深めた。
青白い顔の不気味な人形のようだったユースティスが、顔色が良くなったことで可愛い人形に変身している。
(ネルさんは魅了術も使ってるって言ってたから、可愛く見えるのは魅了術のせいなのかしら)
「よし、決まりなのだよ」
ヴァネッサの矛先が引いたと見て、マークウッド辺境伯は堂々と宣言した。
「心霊探偵、出動なのだよ」




