58話 ペンデュラム・ダウジング
マークウッド辺境伯令嬢オクタヴィアの午後のお茶の時間。
この時間はファウスタの給仕修行の時間となっていた。
もちろん家女中のデボラが隣に控えていて、ファウスタの仕事ぶりの監督をしてくれている。
「カミルレの花茶でございます」
オクタヴィアに花茶を差し出しながら、ファウスタは暗記した花茶の名前を言った。
「カミルレは薬草かしら?」
おそらくこの花茶について知っているのであろうオクタヴィアが、あえてファウスタに質問を投げかけて来た。
「はい薬草です」
ファウスタはオクタヴィアの午後のお茶が始まる前に、その日のお茶に出される茶葉や菓子の品名が記された書き付けを読んで予習していた。
特に茶葉については、いつもデボラがその特徴などを口頭で説明してくれた。
「どんな薬効があるのかしら?」
「疲れをとって、体の調子を良くします」
「美容にも良いのかしら?」
「……」
まだ知らない事を質問され、ファウスタは言葉に詰まってしまった。
その様子を見てデボラが答える。
「はい。カミルレは美容に良い花茶でございます。美人を作る花茶と言われております」
(美人を作る?!)
デボラの説明を聞き逃すまいと耳を傾けたファウスタは、その内容に驚愕した。
(美人になれるの?!)
メイドは感情を顔に出してはいけないと指導されていたので、ファウスタは常に平常心を心掛けていたのだが、カミルレの花茶の驚くべき効能を聞いて動転してしまい、思わず目を見開いた。
オクタヴィアが手にしたお茶のカップの中の薄い蜂蜜色の液体を、ファウスタは食い入るように見つめた。
(あれを飲めば……美人に……!)
「あら、どうしたのファウスタ?」
鬼気迫る顔をして、ぐっと拳を握りしめているファウスタに気付き、オクタヴィアは声を掛けた。
「何かあるなら、何でも言っていいのよ。……許可します」
ファウスタが給仕の修行の時間中であったことを途中で思い出したオクタヴィアは、発言を許可する手順を踏んだ。
「あの、そのお茶を飲めば美人になれると聞いて……。そんなお茶があった事に驚いたのです」
「まあ!」
オクタヴィアは面白そうに目を輝かせた。
「ファウスタは美人になりたいの?」
「……はい。なりたいです」
ファウスタはやや俯いて、正直に答えた。
ファウスタは里親が決まらないまま孤児院で十二歳を迎えた。
それはファウスタが金髪でも青い目でも美人でもなく、可愛い顔で笑うことも出来なかったせいなのだ。
もし金髪で青い目で美人だったら、可愛かったら、きっとみんなに好かれて、すぐに里親も決まって、幸福に生きられたに違いないとファウスタは思っている。
「じゃあもっと可愛くなるように、可愛い服を作りましょう!」
ファウスタは美人になれるというカミルレの花茶に興味があったのだが、オクタヴィアは急に浮かれ出して、花茶とは違う話を始めてしまった。
「ファウスタの外出用の服も作らなくちゃね! それでお洒落してお出掛けしましょうよ。ラグラファート広場に曲芸団が来てるんですって。一緒に見に行きましょう」
「お嬢様、その……ご病気は大丈夫なのでしょうか」
外出計画を語り出したオクタヴィアに、ファウスタは大いに戸惑った。
オクタヴィアは作法学校に行くのが嫌で病気のふりをしているという事を、ファウスタは知っていた。
お出かけをしたら元気なことがばれて、仮病が台無しになってしまうのではないだろうか。
「もう大丈夫なのよ」
オクタヴィアは曇りのない笑顔を浮かべた。
「今日、お母様ときちんとお話しをしたの。それで作法学校へは行かなくて良い事になったの。だからもう病気のふりをしなくてもいいのよ」
「実はね、御姫様に言われたのよ。お母様とちゃんと話すべきって」
午後のお茶が終わりデボラが退室して二人きりになると、オクタヴィアはファウスタに早速秘密を打ち明けた。
「え、ええっ?! 御姫様に?! ですか?!」
オクタヴィアの突拍子もない話に、ファウスタは驚きの声を上げた。
『御姫様』というのは、この屋敷を徘徊する、ヴェールのついた帽子に長衣という昔のお姫様のような姿の幽霊のことだ。
その幽霊がお姫様のような姿をしている事をファウスタが説明すると、オクタヴィアはその幽霊を『御姫様』と呼ぶ事に決めた。
霊は敬った呼び方をした方が良いのだと言う。
御姫様は魔法陣を出すので、凶悪な魔術師霊だという疑いがある。
しかしレイスに出会ったら命が無いと言われているのに、御姫様に何回会っても今のところみんな生きているし何でもない。
「お嬢様は、御姫様とお話しが出来たのですか?!」
ファウスタは幽霊が視えるが、幽霊の話を聞くことはできない。
御姫様が何か言っている様子でも、声はさっぱり聞こえない。
それなのにオクタヴィアは「御姫様に言われた」と言う。
ファウスタが侍女修行をしている時間、オクタヴィアが部屋に閉じこもって占い師修行をしていることをファウスタは知っていた。
彼女はこの一週間の占い師修行で幽霊と会話できる超能力を得たのだろうか。
内容は違えど修行中の身であるファウスタは、オクタヴィアに大きく差を付けられてしまったような気がした。
「話をしたわけではないのだけれど……。あれからずっと御姫様と話す方法を考えていたのよ。それで降霊に関する本を色々調べていて、振り子占いが使えるんじゃないかって思ったの」
「ペン……何でしょう?」
謎めいた呪文のようなことを言うオクタヴィアに、ファウスタは首を傾げた。
「ペンデュラム・ダウジング。水脈を探し当てるために使われていた古い占いなのだけれど、一種の降霊術なのよ。今日はずっとそれを試していたの。御姫様に色々な質問をして答えていただいたわ。全然動かない時もあるのだけれど。……とりあえず、やってみせるわね」
オクタヴィアは物書き机の上に置いてあったペンダントを持って来て、それをファウスタに見せた。
それは細い銀の鎖に、宝石のような飾りが吊り下がっているペンダントだった。
「必ず成功するかどうかは解らないのだけれど。もし成功したら、ちゃんと視ていてね。御姫様が来ていたのか後で教えて欲しいの」
「はい、お嬢様。視ます」
ファウスタの返事にオクタヴィアは頷くと、ペンダントの鎖を持ち、飾りが吊り下がって振り子のようになる形で掲げ、御姫様に語り掛けはじめた。
「かけまくも畏き御姫様、わたくしにどうかその英知をお貸しください」
「……!」
オクタヴィアが問いかけると、天井からふわりと御姫様が降りてきた。
御姫様はオクタヴィアに重なるように寄り添うと、オクタヴィアが掲げるペンダントに手を伸ばし、それを振り子のように大きく揺らした。
縦に大きく揺れ始めたペンダントを見て、オクタヴィアは嬉々とした笑みを浮かべてファウスタに目配せした。
(成功なのかしら?)
「人形部屋にありましたおぞましき人形は、悪魔でしょうか」
オクタヴィアは御姫様に質問した。
御姫様は振り子のように揺れていたペンダントの飾りの動きを手で止めると、今度はそれをぐるぐると円を描くように回した。
「人形部屋にありましたおぞましき人形は、呪いでしょうか」
オクタヴィアが次の質問を口にした。
御姫様は再び手を伸ばし、ペンダントの飾りがぐるぐる回っているのを一度止めると、すっと縦に押して時計の振り子のように揺らした。
(正しいと縦に揺れて、間違ってると回るの?!)
ファウスタはオクタヴィアがやっている事の意味が解り、その機転に瞠目した。
(御姫様は騒霊現象を起こせるから、ペンダントを揺らすことが出来るのだわ。こんな会話の仕方を思いつくなんて……!)
「呪いの人形を人形部屋に置いたのは、ナスティ・グロスでしょうか」
オクタヴィアのその質問に、御姫様は少し首を傾げて曖昧に笑うとペンダントの動きを止め、ぐるぐると円を描くように回した。
(人形部屋にあの人形を置いたのはティムさん!)
廊下の飾り棚に置かれていた人形を、守護霊ティムが人形部屋に投げ込んだことをファウスタは知っていた。
ペンデュラム・ダウジングなる謎めいた占い儀式を行っているオクタヴィアに、声を掛けて良いものか少し迷ったが、言ってみることにした。
「すみません、お嬢様、お部屋ではなく、お屋敷に人形を持ち込んだのがナスティという人かどうか、御姫様に聞いていただけるでしょうか」
ファウスタがそう言うと、御姫様とオクタヴィアが同時にファウスタを見た。
御姫様はにっこり微笑むと、ペンダントを縦に揺らした。
ペンダントの動きが変わった事に気付き、オクタヴィアは軽く目を見張り、質問を改めて言い直した。
「呪いの人形をこの屋敷に持ち込んだのは、ナスティ・グロスでしょうか」
御姫様はもう一度、オクタヴィアが持つペンダントの飾りに触れ、さらに大きく縦に揺らした。
ファウスタはオクタヴィアと目と目を見交わした。
(ユースティスさんが言ってた通り、ナスティという人が犯人だったのね)




