578話 令嬢たちのクラブ名
(……お嬢様はいつも通りだわ……)
ファウスタは銀のトレイを両手で持ってオクタヴィアの前に進み出た。
トレイの上には、王冠の歌の歌詞を書いた紙が乗っている。
(バレてないってことだよね?)
特に変わった様子はない、いつも通りのオクタヴィアにファウスタは安心した。
「こちらでよろしいでしょうか?」
ファウスタの代わりに家女中のデボラがオクタヴィアに言った。
声でファウスタの正体がバレないように、デボラも協力してくれているのだ。
「ええ、これで良いわ。ありがとう」
ファウスタが両手で捧げている銀のトレイから、オクタヴィアは王冠の歌の歌詞が書かれた紙を手に取り、にっこりと微笑んだ。
「……っ!」
視線を感じて、ちらりと目だけでラヴィニアを見やったファウスタの心臓は跳ねた。
ラヴィニアとばっちりと目が合ったのだ。
ラヴィニアはわくわくしているような笑顔で、目をキラキラと輝かせてファウスタを凝視していた。
それはもう、とてもとても凝視していた。
穴が開くほどに。
(や、やっぱり、疑われているの?!)
「バレてしまったのですかっ?!」
ラヴィニアたちの一行が帰った後。
ファウスタはオクタヴィアの部屋で二人きりで話をした。
「ええ、そうなの。ラヴィニアさんに見抜かれてしまったのよ」
オクタヴィアは何の心配もしていない様子で、あっけらかんと言った。
「バ、バレてしまって、どうしたら良いのですかっ?!」
動転しているファウスタを他所に、オクタヴィアは平然とした笑顔を浮かべた。
「大丈夫よ。ラヴィニアさんは秘密にしてくださるわ。私もラヴィニアさんの秘密を教えていただいて、お互いに秘密を守る約束をしたの。これは秘密の話だから、誰にも言っては駄目よ」
「わ、私は、どうすれば良いですか?!」
「いつも通りでいいわ」
オクタヴィアは楽しそうに言った。
「ラヴィニアさんは、ファウスタをただのメイドだと信じ切っているふりをしてくださるわ。だから明日からは、ファウスタはラヴィニアさんの前でしゃべっても大丈夫よ。メイドとしてね」
「はい……」
「明日も使用人たちを下がらせて、ラヴィニアさんとお話しする時間を持つ約束をしているの。今度はファウスタも一緒よ。私とラヴィニアさんとファウスタの三人だけのときは、霊能者ファウスタであることを隠さなくてもいいわ。ファウスタが霊視したことをラヴィニアさんにもお話ししてさしあげて」
(お嬢様はとてもご機嫌なのだわ)
正体がバレてしまったことに一時は驚いたが、落ち着きを取り戻したファウスタは、オクタヴィアの様子を少し不思議に思った。
オクタヴィアは、ファウスタの正体がバレたことを残念だとは少しも思っていないようで、むしろ幸運があったかのように浮かれていた。
「お嬢様、私の正体がバレてしまっても、悪くなかったのですか?」
「ええ、ぜんぜん悪くないわよ。ラヴィニアさんは協力してくださるわ。シェリンガム伯爵家のご令嬢が味方になってくださるのよ。私のサロンにも協力してくださることになったの」
「サロン?!」
サロンと言えば、オクタヴィアの秘密の計画だ。
「サロンとは、お嬢様の秘密の占いサロンのことですか?!」
「そうよ。ラヴィニアさんも協力してくださるのよ。サロンはラヴィニアさんが催してくださって、私は正体不明の占い師として参加することになったの。もちろんファウスタもよ」
オクタヴィアは高揚した調子で、嬉しくて仕方ないとでもいうような笑顔を浮かべて語った。
「それでね、どうせなら今から宣伝しようということになったの。マグスクラブの占術大祭ではクラブ名を名乗るでしょう? そこで私は占い師としての名を名乗って参加することにしたの。ファウスタもよ」
「私も占い師ですか?!」
「ファウスタは霊感少女よ。霊能者ファウスタじゃなくて、ただの霊感少女ということにするの。ファウスタの霊能者としての名前も考えなくては。ファウスタの霊能者名を、明日、ラヴィニアさんとも相談することになっているの。ファウスタは何か名乗りたい名前はある?」
「名前……」
突然、名乗りたい名前と言われても、ファウスタの頭には何も浮かばなかった。
「解りません……」
「では、ファウスタの名前も、私たちの名前の雰囲気に合わせて良いかしら?」
「お嬢様たちはもう名前が決まっているのですか?」
「ええ、もう決めているの。これからマグスクラブに問い合わせて、他の人の名前とかぶっていなければ決まりよ。多分、大丈夫だと思うわ」
オクタヴィアは計画に自信満々といった様子で言った。
「ラヴィニアさんは『奇妙夫人』よ」
「ラヴィニアお嬢様は……お嬢様なのに、夫人なのですか?」
「そうよ。クラブ名だから夫人でもいいの。むしろ正体が解らないほうが良いんですもの。顔を隠すから、大人っぽい服装をすれば年齢は解らないと思うわ。ラヴィニアさんのお作法は完璧ですもの。さすがは王宮の侍女でいらっしゃるシェリンガム伯爵夫人のお孫様よ。ラヴィニアさんのお作法は王宮でも通用するんじゃないかしら。きっと立派に『夫人』を演じられてよ」
「お嬢様も、夫人を演じるのですか?」
オクタヴィアがクラブ名で、マダム・ルリアンを名乗りたがっていたことを思い出してファウスタは質問した。
マダム・ルリアンはかつてのロンセル王国に実在した有名な女占い師なので、すでに誰かのクラブ名として申請されており、オクタヴィアは名乗ることができなかったが。
マダム・ルリアンも、夫人なので大人の女性だ。
「いいえ、私は占い師よ」
オクタヴィアは少し格好つけるようにしてクラブ名を名乗った。
「私は、占い師アンゴルモア!」
「……アンゴルモア……?」
聞きなれない響きの名前に、ファウスタは首を傾げた。
「アンゴルモアとは、昔の人ですか?」
「人じゃないと思うわ。天から来るのだもの。中世の占星術師ダストラノムスの予言の詩に登場するの。色々な解釈があるけれど『恐怖』って解釈が有名よ。聖歴一九九九年七の月に空から恐怖の大王が来て、アンゴルモアの大王を蘇らせるの」
「国の名前ですか?」
「国名って解釈もあるわね。私は恐怖だと思うけれど。正解は誰にも解らないわ。古風で謎めいていて素敵な響きの単語だから、占い師になるときにはアンゴルモアって名乗りたいと思っていたの。ついにその日が来たのよ!」
オクタヴィアは威風堂々と言い放った。
「占い師アンゴルモア、デビューよ!」
オクタヴィアはまだ知らない。
二年ほど先の未来に、オクタヴィアはアンゴルモアと名乗ったことに羞恥を感じるようになり、占い師アンゴルモアを自身の黒歴史として封印することを。




