576話 ラヴィニアとオクタヴィア
「トトメス氏が歌っていた歌を、現実の子供たちが歌っているのですか?」
「ええ、そうよ」
ラヴィニアの質問に、オクタヴィアは頷いた。
「私は、オルロック伯爵家の子供たちが歌っていたのを聴いたわ。うちの兄も、外出先で子供たちが歌っているのを聴いたみたい。警視庁や宮殿前では大勢の幽霊たちがその歌を歌っていたってファウスタが言っていた。どちらが先に歌い出したのかは解らないけれど、同じ歌よ。……歌詞を持って来させるわね」
オクタヴィアはテーブルの上に置かれている使用人を呼ぶ呼び鈴を手に取ると鳴らした。
すぐにオクタヴィア付きの家女中のデボラが来た。
「ファウスタに、王冠の歌の歌詞を書いて持ってくるようにと伝えてちょうだい」
「王冠の歌、ですか?」
「ファウスタは王冠の歌を知っているから、言えば解ると思うわ」
「かしこまりました……」
デボラは了承の返事をしたが、お目付け役らしい少しの威圧感のある意味深な笑顔を浮かべるとオクタヴィアに言った。
「お嬢様、ラヴィニア様のお付きの方々には、このままお待ちいただくようお伝えいたしますか?」
「あ、ああ、ごめんなさい。ええと……お話が盛り上がっているの。もう少しお待ちいただいて」
オクタヴィアがしどろもどろに言い訳をすると、ラヴィニアが優雅に微笑みながら加勢をした。
「オクタヴィアさんに相談に乗っていただいているのです。供の者たちには心配しないようにと伝えてください」
「作法学校を退学した私が、オクタヴィアさんに日々の過ごし方を相談していたということにいたしましょう」
デボラが退室すると、ラヴィニアがオクタヴィアに提案した。
「オクタヴィアさんは作法学校へ通われていないから、作法学校の話題に興味がおありになった、ということになさるのはどうかしら」
「ラヴィニアさん、素晴らしいわ。完璧な言い訳よ。それで行きましょう」
「明日もそのお話の続きをするということにいたしましょう」
「そうしましょう」
二人の令嬢はお目付け役たちを誤魔化すための打ち合わせをした。
「ねえ、ラヴィニアさん、トトメスのことなのだけれど……」
オクタヴィアは怪奇現象についての話を再開した。
「実は、大占い師の幽霊が、マグスクラブの占術大祭に来るかもしれないの」
「……それは、どういう意味でしょうか?」
「意味はまだ解らないわ。でも『大占い師が来る』ってトトメスの幽霊が予言したの」
「トトメス氏が……?」
「私がマグスクラブへ行ったときにトトメスの幽霊が出たの」
オクタヴィアはマグスクラブで振り子占いを行ったこと、ファウスタがトトメスの幽霊を目撃したことを説明した。
トトメスが『仮面占いパーティー』『大占い師が来る』という予言を残したことも。
「私は『大占い師が来る』という予言は、トトメスが再び現れるという意味だと思っていたの」
オクタヴィアは難問に挑むかのように眉間に皺を刻んだ。
「でも今日ラヴィニアさんから王家のお話を聞いて、もしかしたら、大占い師というのは四十年前にタレイアン公爵のことを予言した王家の守護霊かもしれないって思ったの」
「……やはり、オクタヴィアさんと秘密を共有できて良かった……」
ラヴィニアは深く思案してるような眼差しのままで言った。
「私だけでは知り得なかった貴重な情報です。今になってトトメス氏の幽霊が出てきたことには何か意味があるのだと思います。マグスクラブの占術大祭で何かが起こるのかもしれません」
「私もそう思うわ。タレイアン公爵家の被害者たちの亡霊が反撃を始めたのかしら……?」
オクタヴィアは自分の推測を述べた。
「警視庁の怪火現象事件では、たくさんの鬼火が警視庁の周囲に出ていたのよ。たくさんの亡霊たちが何かの意思で動いていることは間違いないと思うの。あの新聞、天罰報知は、亡霊たちが警視総監だったグロス男爵を失脚させる目的で作ったのではないかしら。実在の新聞だから、製作者は人間だと思うけれど。亡霊が人間に憑依して作らせたのではないかしら」
「まだ考えの整理がつきませんが……」
ラヴィニアは思案気な表情を浮かべながら言った。
「天罰報知も、タレイアン公爵も、トトメス氏も、ファウスタ様も、ぜんぶ繋がっていて、何かと戦っているように思うのです。タレイアン公爵は身代わり人形、すなわち敵の目をくらますための囮です。タレイアン公爵は警視総監と警視総監補とともに新世紀派と繋がっていました。それを天罰報知は暴き、警視総監と警視総監補は失脚しました。彼らを解任したのは内務大臣、私の祖父ですが、天罰報知のおかげで王都知事や世論の後押しがあったからこそ彼らを解任できたのです。天罰報知は、いわば剣、敵を失脚させる攻撃でした。そしてファウスタ様は、警視庁で奇跡を二度も起こし、亡霊たちの存在を世間に広く知らしめると同時に、過去の事件に世間の注目を集めました。国中がファウスタ様に注目し、事件に注目しました。何か、大きなものが動き出しているような気がするのです。そしてそれらはまだ始まったばかりで、これからもっと大きな何かが起こるのではないかと……」
「囮に、剣に、宣伝……。ほとんど戦争ね」
「少なくとも私は、これは見えない戦争だと思っています。だから私は、微力ですが加勢がしたいのです」
ラヴィニアは眼差しに強い光を宿して言った。
「ファウスタ様に救っていただいたこの命を、ファウスタ様のお役に立てたいのです。ファウスタ様が猫妖精様に憑依されている普通の少女だと知り、ますますお助けしなければという気持ちが高まりました。猫妖精様に守護されているとはいえ、小さな少女が国のために戦っているのです。私も、恩人であるファウスタ様と猫妖精様のために、何かせずにはいられません」
「国だなんて……なんだか、大事ね……」
「警視庁を新世紀派に乗っ取られていたことは国家的な損失です。王配殿下の暗殺すら隠蔽されているのですから国家的な大事です」
「たしかに、そうかもしれない……」
「貴族として国難に立ち向かうのは当然の義務。私もファウスタ様や猫妖精様に加勢したいのです。そのためにはまず何が起こっているのかを把握しなければならない。だからこそ一連の怪奇現象を分析する必要があるのです……」
(な、なんて、真面目で、ご立派なお方なのかしら……)
ラヴィニアの真摯な性質に触れ、オクタヴィアは目が眩んだ。
(暗黒の深淵に染まりし闇の眷属たる私には、ラヴィニアさんは眩し過ぎる……)
オクタヴィアも怪奇現象をファウスタに解決してもらった。
ファウスタはオクタヴィアの恩人と言える。
しかしオクタヴィアは私利私欲のためにファウスタを取り込むことしか考えていなかった。
オクタヴィアは自分が計画している占いサロンを成功させるために、ファウスタを利用しようとしていて、そのためにファウスタを独占して繋ぎとめているのだ。
清廉潔白で志の高いラヴィニアを前にして、オクタヴィアは敗北を感じた。
(ラヴィニアさんは凄い人だわ……。さすがシェリンガム家のご令嬢。私とは大違い。私は自分の占いサロンのことしか考えていなかったもの……)




