572話 オクタヴィアの打ち明け話
「霊能者は……、特に力のある本物の霊能者は、ときには物騒な事件に巻き込まれることがあるわ。トトメスのように。でもファウスタはまだ子供。だからファウスタが危険な目に合わないように、私たちは彼女を隠して守っているの」
オクタヴィアがファウスタの存在を隠している理由を話すと、ラヴィニアは納得するように頷いた。
「打ち明けていただいて感謝いたします。私もファウスタ様をお守りするためにできる限りの助力をさせていただきます。霊能者のお仕事はたしかに……物騒ですものね……」
ラヴィニアは少し表情を曇らせて言った。
「最近も、行方不明になった霊能者がいるようです」
「そうなんですの?」
「ええ。ジョナサン・プロスペローという霊能者が行方不明になっているようです」
「ジョナサン・プロスペロー?」
オクタヴィアは訝し気に眉を寄せた。
「ジェイ・プロスペローではなく、ジョナサン?」
オクタヴィアの質問にラヴィニアはすらすらと答えた。
「ジェイ・プロスペローは作家ですわね。ジョナサン・プロスペローというのは霊能者です。魔術師プロスペローの末裔で、本当かどうか解りませんが魔術が使えたそうです」
かつて霊能者ジョナサン・プロスペローを演じていた人間ジョナサン・ノックスは、現在は本物の魔術師プロスペローに弟子入りしてジョニーの愛称で呼ばれていることを、人間である二人は知らない。
ましてやジョニーがファウスタのファンとなり、怪獣の模型を予約する列に並んでいたことなど二人は知る由もなかった。
「魔術師プロスペローの末裔というのは嘘ね。プロスペローに子孫はいないもの。ジェイ・プロスペローの本を読めば解るわ」
オクタヴィアはしかつめらしい顔で言った。
「ジョナサンという人はインチキ霊能者だと思うけれど……。でも行方不明になっているなんて物騒ね……」
「ファウスタ本人の能力は霊視なの。でもファウスタは猫妖精の力を借りることができるのよ。猫妖精がファウスタに憑依すると、呪いの浄化ができたり、警視庁前での奇跡みたいなことが起こせるの。だけど本人には精霊召喚をしている自覚はないみたい」
オクタヴィアは自分が知ることをラヴィニアに語った。
「やはり噂通り、ファウスタ様は精霊召喚士なのですね」
「そうだと思うわ。無自覚な召喚士よ。ファウスタが浄化をしたいと望めば、猫妖精はいつでも力を貸しているみたい。ファウスタ自身は、お部屋の汚れをお掃除するみたいに、呪いをお掃除しているだけなの」
「慰霊祭の日の雪も、猫妖精様のお力なのでしょうか」
「あの雪についても、ファウスタには何かした自覚はないみたいだけれど。でもあの日、猫妖精が屋根の上で跳ねていたんですって」
「猫妖精様が?! 屋根の上で?!」
「猫妖精が屋根の上でぴょんぴょん跳ねていたのをファウスタが見ているの。何をしていたのかは解らないと言っていたけれど。何かの儀式だったのではないかしら」
「マークウッド辺境伯と中央区の司祭は、天使が降臨していたと言っておりましたが。天使とは猫妖精様だったのですか?!」
「それは新聞記事ね」
「はい。新聞記事で読みました」
「父は最近、天使に夢中だから、思い込みだと思うわ。ファウスタがあの慰霊祭で見たのは、猫妖精よ」
「そうだったのですね……!」
ラヴィニアは嬉しい事実を告げられたかのように目を輝かせた。
「ファウスタ様の猫妖精様は、夏に雪を降らせるほどのお力を持っておられるのですね。もしや本当に天使様では?! そうでなければ大精霊様かしら?!」
「ただの猫妖精ではないと、私も思っているわ。だって、夏に雪を降らせるなんて相当よ。ほとんど神の奇跡よ」
「では……、ではファウスタ様が私の夢の中に現れたのも、偉大なる猫妖精様のお力の一端だったのでしょうか?」
「そうだと思うわ。ファウスタ自身は幽霊が視えるだけで普通の子だもの……」
オクタヴィアは、飾り棚の上に並んでいる怪獣の模型たちに視線を向けた。
警視庁に現れた終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンの模型たちだ。
「ファウスタは警視庁の除霊でバハムートとリヴァイアサンを下したけれど。あんな凄いことが起るなんて思ってもいなかった。あれには私たちも凄く驚いたの。多分あのときも猫妖精が憑依していたのだと思うわ」
「ファウスタ様に憑いている猫妖精様は、ドラゴンより位の高いお方なのでしょうか」
「そうでなければ説明がつかないわね。もともとファウスタがうちに来たのは、うちの守護霊様のお告げに従ったものなの。守護霊様がご存知だったのですもの。精霊界では有名な精霊なのではないかしら」
「……ファンテイジ家には、守護霊様がいらっしゃるのですか?」
新たな心霊現象の話を吟味するかのようにラヴィニアは問い返した。
「我が家には大セプティマス様という守護霊がいるの。ファンテイジ家の男子には必ずセプティマスという名を付けるのは、守護霊様を呼ぶためなの」
オクタヴィアはファンテイジ家の守護霊について説明した。
「ファウスタがうちに来ることになったのは、ラシニア孤児院のファウスタという少女は霊感があるからメイドとして雇うようにと、大セプティマス様からうちの父に手紙が来たからなの」
「守護霊様から……手紙が来たのですか? マークウッド辺境伯宛てに?!」
突拍子もない情報の数々を処理しきれなくなったのか、ラヴィニアは戸惑いの色を浮かべた。
「信じられないわよね。私も最初は信じられなかったわ。守護霊様からの手紙は父の書斎の机にあったというの。父が自分で空想の手紙を書いたんじゃないかって疑ったわ。でも結局は手紙に書かれていたとおり、ファウスタの能力は本物だった」
オクタヴィアは今までの事を一つ一つ思い出すように、目を伏せて考えるような顔をした。
「ファウスタは霊視の才能があって、猫妖精様の力を借りて次々と奇跡を起こした。吃驚するような凄い子だった。父がファウスタの能力を見抜いて引き取ったとは思えないの。見た目は普通の子ですもの。そうすると、大セプティマス様が本当に居て、ファウスタのことを私たちに知らせてくださったとしか考えられないのよ」
「不思議なお話ですわね……」
新たな情報を頭の中で整理しているかのようにラヴィニアは目を伏せたままで、呻くように呟いた。
「でも、守護霊様のお考えは、少し解った気がします」
ラヴィニアは思案気な顔をして言った。
「猫妖精様に愛されているファウスタ様は大変なお力を持っておられます。しかし孤児の身のままでは非力。よからぬ輩に先に目を付けられていたら一大事になっていたかもしれません。マークウッド辺境伯ならばファウスタ様を守れると、守護霊様はお考えになったのでしょう。ファウスタ様をお守りすることが、引いては、世のためにもなると」
「結果論だけれど……。たしかにファウスタは世直しの役に立っているわね。少なくともロスマリネ侯爵をお助けできたことで、子供たちを守る法律は強化されたわ」
「労働法改正案ですわね」
高い教育を受けているうえに、祖父が大臣であるラヴィニアは、政治問題にも関心を持っていた。
「……オクタヴィアさんは『天罰報知』という新聞をご存知ですか?」
ラヴィニアは探るような視線でオクタヴィアに質問した。




