571話 見抜かれたファウスタ
「私はファウスタ様に命を助けられました」
静かな面持ちでそう言ったラヴィニアに、オクタヴィアはぎこちない笑顔で答えた。
「え、ええ。聞いているわ。呪われてご病気になっていらっしゃったと」
オクタヴィアは場を誤魔化すかのように饒舌になった。
「ラヴィニアさんを励ますために、シェリンガム伯爵がファウスタに精霊召喚を依頼なさったのよね。でもファウスタが、呪いに気付いて、浄化をしたと聞いているわ。うちにあったものと同じ呪いの人形があったとか……」
「そうです。祖父の急なお願いに応じていただいて大変感謝しております。おかげで私は命拾いしました。でも、実はそれ以前に、私はファウスタ様にお会いしているのです」
「あ、あら? そうなの?」
オクタヴィアは不自然に微笑んで相槌を打った。
ラヴィニアは落ち着き払った態度で話を続けた。
「実は夢の中でお会いしたのです。夢の中で、真っ暗闇の中にいて身動きもできずにいた私の前に、ファウスタ様が現れたのです。ファウスタ様は魔法の杖で暗闇を次々と吸い取ってくださいました。おかげで私は、再び目覚めることができたのです」
ラヴィニアは非現実的な話を真顔で語り出した。
「ファウスタ様の魔法に触れた感触を私は覚えています。光のような、温かく居心地の良い空気で、でも空気とは少し違う、不思議な感触でした」
「そ、そうなのね。不思議なお話ね……」
オクタヴィアは心ここにあらずといった様子で目を泳がせながらも、ラヴィニアの話に調子を合わせた。
「その後、マークウッド辺境伯がファウスタ様のご予定を融通してくださって、私は実際にファウスタ様にお会いすることができました。ファウスタ様が、実在の、普通の少女の姿をしていたので少し驚きました。ファウスタ様は私の夢の中に現れたので、時空を超越できる精霊のような、人間とは違う存在だと思っておりました」
「ファウスタは実在するわ。魔術師で、もしかしたら妖精の混血かもしれないけれど、見た目は人間よ。新聞に写真も載っていたでしょう。マークウッドの森で発見された実在の少女なの」
「ええ、実在しました。それで私は、精霊や魔術に関する専門書を取り寄せてお勉強をしましたの。そして考えたのです」
ラヴィニアは眼差しに知的な光を宿して、思案する学者のように言った。
「魔法少女ファウスタ様は霊体であり、あの少女は古代神殿の巫女のように、ファウスタ様の媒体ではないかと。ファウスタ様が現世でご活動なさるときにはあの少女に憑依なさっているのではないかしら?」
「それは……とても興味深いお話ね。でも、あの子はただのメイドよ。魔術師ファウスタではないの」
「オクタヴィアさん、私はファウスタ様の魔法を覚えているの。夢の中のファウスタ様の魔法と、我が家にいらしたファウスタ様の魔法は同じものでした。そして、先程あの少女と目が合ったときにもファウスタ様の魔法を感じたの。あの子はファウスタ様よ。間違いないわ。それに……」
ラヴィニアは事件を分析している探偵のような思案気な表情を浮かべ、鋭い眼差しで言い放った。
「あの子の背格好、少しぴょこぴょこしている歩き方、動き方。我が家に来たファウスタ様と同じだったわ。同一人物で間違いない」
(さ、さすがは、頭脳明晰なシェリンガム伯爵家のご令嬢……)
オクタヴィアは内心で冷や汗をかいた。
シェリンガム伯爵家は頭脳明晰で優秀な一家だという評判があることをオクタヴィアは知っていた。
内務大臣シェリンガム伯爵は非常に知性が高く博識で、先の先まで考えて政策を打ち出す有能な政治家だと賞賛されている。
その妻シェリンガム伯爵夫人も非常に知的で教養が高く思慮深い女性で、女王陛下の信頼が厚い侍女だ。
知っていた評判ではあったが、オクタヴィアはシェリンガム伯爵家の者の頭脳を今回あらためて知ることになり、脅威を感じた。
(歩き方、動き方ですって?! 普通そこまで観察しないわよ……!)
ファウスタは孤児院出身の庶民の子だ。
幼い頃から呼吸するように作法教育を受けている上流階級の子供たちに比べると、たしかに身のこなしは気ままで、ふとした動作には独特な癖がある。
作法の勉強を進めていけばそのうち矯正されるだろうが、いつも気を張っていてしゅっとしている大人のメイドたちにはまだまだ及ばない。
「オクタヴィアさん、私はファウスタ様に命を助けられた身。恩人に迷惑をかけるようなことをするつもりはありません。ファウスタ様が秘密になさりたいのであれば誰にも言わないと約束します。家族にも言いません。自分だけの秘密にします。だから安心なさって」
ラヴィニアはおだやかに微笑んだ。
「私はただ、恩人であるファウスタ様にぜひとも協力がしたいの。私の祖父は現職の内務大臣、祖母は女王陛下に目をかけていただいております。両親も、祖父母ほどではありませんが人脈を持っています。私がファウスタ様の力になれることはきっとあると思いますの」
「……」
(もう、完全にバレてしまっているのだし……)
オクタヴィアは頭脳を回転させた。
(秘密さえ守れるなら、味方になっていただいたほうが良いのかもしれない。ファウスタの正体を隠しているのは、ファウスタがよからぬ連中に狙われないようにするためなのだから、ラヴィニアさんに知られること自体は問題ではないわ。それにシェリンガム伯爵家の助力を得られれば何かと融通が利く……)
「ラヴィニアさん、必ず秘密を守ると約束していただける?」
「……!」
オクタヴィアの言葉に、ラヴィニアはぱっと顔を輝かせた。
「もちろんですわ!」
ラヴィニアの返事に頷くと、オクタヴィアは神妙は顔で真実を語った。
「ラヴィニアさんが見抜いたとおりよ。あの子が、巷で噂の魔法少女ファウスタよ」




