569話 ラヴィニアの来訪
「バレないでしょうか?」
ファウスタがおずおずと不安を口にすると、オクタヴィアは少しだけ考えるような顔をした。
「姿は全く違うのですもの。大丈夫だと思うわ」
その日の朝食の時間、オクタヴィアはラヴィニアを招いたことをファウスタに告げた。
オクタヴィアはラヴィニアをマグスクラブの占術大祭に誘っていたので、今日は占術大祭の招待カードを彼女に渡して、当日の打ち合わせをするために招いたとのことだった。
現職の内務大臣シェリンガム伯爵の孫娘ラヴィニアは、過日、心霊探偵ファウスタが呪いの浄化を行った令嬢だ。
ラヴィニアに会ったら、メイドのファウスタが実は心霊探偵ファウスタであることがバレてしまうのではないかと、ファウスタは少し不安になった。
「心霊探偵のお仕事のとき、ラヴィニアお嬢様と少しだけですがお話をしました。声でバレないでしょうか」
「そうねえ……」
オクタヴィアは考えるような顔をした。
「ファウスタはメイドなのだから、ラヴィニアさんの前でそれほどしゃべることはないと思うの。しゃべらなければ解らないんじゃないかしら。何かあっても私が上手くやるわ」
「……大丈夫でしょうか……」
「心霊探偵ファウスタの姿には、ジゼルやピコも驚いていたのでしょう? ファウスタは、ラヴィニアさんとは一度しか会っていないのだから、見た目だけでは同一人物だと解らないと思うわ」
(そういえば、そうなのだわ)
ファウスタの親友ジゼルとピコは、新聞に掲載されていた心霊探偵ファウスタの写真を見たが、それがファウスタであることに驚いていた。
兄弟のように育ったジゼルとピコですら、心霊探偵ファウスタが、ただのファウスタと同一人物であることに疑問を抱くくらい別人に変装できていたのだ。
(ラヴィニアお嬢様の前では心霊探偵の姿で、顔も隠していたもの。声を出さなければバレないわね)
「でも、占術大祭にトトメスが現れたら私にすぐ教えてね」
オクタヴィアはわくわく顔で言った。
「ファウスタがしゃべらなくても私に伝えられるように、何か合図を決めておきましょう」
「ようこそ、ラヴィニアさん。お待ちしておりました!」
その日の午後、シェリンガム伯爵家の令嬢ラヴィニアがマークウッド辺境伯邸を訪れた。
オクタヴィアは笑顔で彼女を迎えた。
「お久しぶりです、オクタヴィアさん。お招きいただき大変嬉しく思います」
ラヴィニアが明るい笑顔でオクタヴィアに挨拶をした。
(お元気そうだわ。黒いモヤモヤもついていない。呪いの浄化は上手くいったのね)
オクタヴィア付きの家女中デボラとともに、オクタヴィアの後ろにメイドとして付き従っているファウスタは、ラヴィニアの元気そうな様子を伺い見てほっとした。
(あのときのメイドさんだわ)
ラヴィニアが連れているメイドの顔にファウスタは見覚えがあった。
心霊探偵ファウスタとしてラヴィニアの部屋へ入ったとき、その場にいたメイドだ。
(……!)
ファウスタの視線に気付いたのか、ラヴィニアのメイドがファウスタのほうをちらりと見たので、目が合った。
(あのとき私は変装していたもの……。バレないよね)
ファウスタは少しどきどきしながら、そろりと目を逸らした。
「オクタヴィアさん、そちらの少女はご親戚……?」
ラヴィニアがファウスタに目を向けてそう言ったので、ファウスタの心臓は跳ね上がった。
(……っ!)
通常、子供の使用人は見習いであり、一人前の大人の使用人のように来客の応対をすることはない。
さらにファウスタは、メイドとしてモブキャップをかぶりエプロンを付けているものの、それはリボンやフリルがついた飾りのような可愛いもので、侍女見習いとして上等の服装をしていた。
貴族の子供でも、小さな子供は普段着にはエプロンを付けていることが多いので、ファウスタはオクタヴィアの親戚の子供と間違われても不思議ではなかった。
「この子は特別に侍女見習いとして働いている子で、ファウスタと言います」
オクタヴィアがファウスタをラヴィニアに紹介した。
「まあ! 魔法少女ファウスタ様と同じ名前ですの?!」
ラヴィニアが少し目を見張るようにして、ファウスタを凝視した。
(同じ名前……って思ってるってことは、バレてないってことだよね)
オクタヴィアに紹介されたファウスタは、目を伏せたまま、ラヴィニアの前でカーテシーをした。
「まあ、可愛い。小さいのに立派なご挨拶ができるのね」
「この子は孤児院から引き取った子で、家庭教師をつけて作法を教えていますの」
「孤児院から?!」
「ええ、そうです。我が家では孤児院出身の子供を見習いとして雇っておりますのよ」
「素晴らしいわ。マークウッド辺境伯は慈善家でいらっしゃるのね」
ラヴィニアの賞賛に、オクタヴィアは悠然とした笑顔で答えた。
「この子は私と話が合うので、特別に私の専属メイドにしたのです」
「また小さな子なのに、話し相手女中を?」
ラヴィニアがファウスタをまじまじと見つめた。
(……)
ラヴィニアの視線に、ファウスタはどぎまぎして目を伏せた。
心臓がばくばくと跳ねていた。
「オクタヴィアさんは篤志家でいらっしゃるのね」
「篤志家というほどのことではありませんわ。神秘学の素質がある子なので、私と話が合うのです。私は今この子にタロット占いを教えていますの」
「オクタヴィアさんはタロット占いをなさるの?」
「ええ、少しやりますの。マグスクラブの占術大祭は占いの勉強にもなるでしょうから、この子も一緒に連れて行くつもりです。ご承知いただけるかしら?」
「もちろんですわ。こちらはお誘いいただいている身。どうぞオクタヴィアさんのご自由になさってくださいませ。お誘いいただけて本当に光栄です」
オクタヴィアとラヴィニアは歓談を続けたが、ラヴィニアは時折ちらちらとファウスタに目を向けた。
(しゃ、しゃべらなければ……バレない、はず……)
ファウスタは視線を感じながらも目を伏せて、ラヴィニアと目が合わないように努めた。
皆様、良いお年を。




