568話 モリーの企み
「だがタニスは勝手な行動をとる」
タニスを強く推すモリーに、ユースティスは問題点を挙げた。
「タニスはプロスペローのような政治的な動きはしないが、別の部分での問題が多い」
「タニスさんが問題児であり扱い難いという部分は、魔道士ギルドにとっても同じこと。タニスさんは魔道士たちにとっても扱い難い毒なのです。それを利用しない手はないかと」
モリーはほくそ笑んだ。
「タニスさんは常に自分本位で、地位も身分も、派閥やギルドの垣根も超えて、興味があれば突進し、不服とあらば即座に食ってかかるお方。しかも戦闘力が高くていらっしゃる。タニスさんを諫められる者は魔道士ギルドでも少なく、大抵の者はタニスさんを避けていたようです」
「まあ、そうだろうな……」
思い当たることが多すぎるユースティスは頷いた。
「タニスを諫められる者は、魔道士なら六つ星以上でなければ厳しいだろう。そう多くはない」
「はい。タニスさんの癇癪を恐れ、五つ星以下の魔道士は皆タニスさんを避けていたとのことです。六つ星以上であっても不用意にタニスさんに関わることは避けていたようです。なればこそ、タニスさんがファウスタ様にぴったり張り付いていれば、ほとんどの魔道士は近付くことができないでしょう。バジリスクス様ですらファウスタ様の隣りにタニスさんがいたら気軽に手出しはできません」
「毒をもって毒を制す、か……」
バジリスクスがタニスの行動に困惑している場面を、ユースティスは実際に見たことがあった。
今しがた読んだタニスの日誌の中で、タニスはバジリスクスについても言いたい放題だったことから、バジリスクスがタニスに手を焼いているだろうことは容易に想像できた。
ユースティスはしばし目を伏せて考え込んだ。
「……だが、タニスの制御が難しいのはこちらも同じことだ」
ユースティスが口にした問題点に、モリーは戸惑うことなく自信に満ちた微笑みを浮かべた。
「それについては私にお任せください。だんだんコツが解ってまいりました」
「……コツがあるのか?」
訝し気に眉を寄せたユースティスに、モリーは自信のありそうな微笑を浮かべて頷いた。
「タニスさんは精神が幼いのです。ですから子供だと思って扱えば良いのです。彼女のファウスタ様への執着心も、幼い子供が気に入りの玩具を誰にも渡したくないという独占欲と同じです。一部の魔女たちがタニスさんを制御できていたのは、やはり女性のほうが子供の扱いを心得ているからでございましょう」
「……そういえばヴァーニーも、そんなことを言っていたな。タニスは幼い子供だと」
ユースティスがそう言うと、モリーは哀れむような表情を浮かべた。
「ヴァーニー卿は情に厚く、まめに部下の世話をなさるお方。タニスさんのお世話で相当ご苦労なさったのでしょうね……」
「……ヴァーニーには、随分と苦労をかけたようだ……」
ヴァーニーがタニスについての評価を語っていたときの、まるで厳しい苦行について説明しているかのような、悲惨とも言える険しい表情を思い出し、ユースティスは頷いた。
「タニスさんは確かに問題児。しかし使い方次第です」
モリーは不敵な笑みを浮かべた。
「タニスさんは戦いの機会を求めています。たまに武官にいるタイプです。タニスさんはミカヤ・ライラエルに敵愾心を持っており、彼との戦いを心から待ち望んでいます。ミカヤ・ライラエルの襲撃の可能性があるなら、タニスさんほど護衛の適任者はいないでしょう。彼女は進んで戦います」
「たしかに……タニスはミカヤのことを嫌っているようだな……」
タニスの日誌に書かれていた、ミカヤに対するただの悪口を読んだばかりだったユースティスは、さもありなんと頷いた。
しかしふいに顔を上げ、ユースティスはモリーを見据えた。
「君がそこまでタニスを推す理由は何だ?」
ユースティスのその質問に、モリーは堂々と答えた。
「今後のユースティス様にとって、タニスさんは有益な駒となるからです。プロスペロー殿のように戦闘力が高く政治力がある魔道士は、稀ではありますが、替えが効く存在です。しかしタニスさんほどのお方はそうはおりません」
モリーはタニスの有用性を滔々と語った。
「タニスさんは非常に得難い存在です。彼女の発明は、今も昔も、魔道士ギルド全体に大きな利益をもたらしています」
数百年前、戦争時代と呼ばれる内乱の時代。
タニスの開発した魔力光線砲は魔道士たちの戦闘力を底上げし、マークウッド同盟軍に苦戦を強いたという。
終戦後、魔道士ギルドからマークウッド同盟の安全保障委員会に提出された魔道具も、大半はタニスが制作したものだ。
戦後にタニスが制作した魔道具は、有益そうな品から無益に思える品まで様々だが、最も代表的な品はエーテルを可視化する魔鏡だった。
魔力という、たしかに存在するエネルギーではあるが、正確に測ることができず魔物それぞれが感覚でとらえていたものを、タニスの魔鏡は一律に可視化した。
それまで個人の能力により感知にばらつきがあったエーテルを、誰にでも一律に視えるようにした魔鏡は非常に画期的だった。
そして現代では、タニスは開発した鏡面を使った光学機器を売るティナス社という会社を人間社会に設立している。
実際に会社を設立したり運営を行ったりしているのはタニスではなく別の者であろうことは想像に難くないが、タニスの発明品が主力で成り立っている会社だ。
ティナス社の利益から、タニスは魔道士ギルドに莫大な金額を寄付している。
魔道士たちがタニスの会社に助力し、問題児であるタニスを守っているのは、それが魔道士ギルドの財源の一つだからだろうと推測できた。
万が一、もし再び魔道士ギルドと戦争することになったなら、タニスは再び武器開発を行うだろう。
「一部の魔女たちが根気よくタニスさんの面倒を見ているのも、タニスさんが利益をもたらすからでしょう」
「タニスが開発者として優秀な者であることは理解している。後々の憂いを払うためにも、取り込めるならこちらに取り込んでおきたい存在であることは確かだ。だが、君が殊更、タニスをファウスタの護衛として推すのは何故だ?」
「理由は二つございます。一つは、タニスさんがそれを望んでいるからです」
ユースティスの鋭い視線を、モリーは涼し気な表情で受けて言った。
「ファウスタ様の護衛のポストを与えるだけで、タニスさんをこちらの陣営に引き込めるなら、安いものでございましょう。それにタニスさんは護衛として適任者です。お互いに利益のあることです」
「問題児でもか?」
「それは二つ目の理由に関わることですが。私、個人としては、優等生でも常に腹に一物あり信頼のおけないプロスペロー殿よりも、裏表がなく単純明快な問題児であるタニスさんのほうが扱いやすく存じます」
元よりユースティスの腹心の部下で、ファウスタの護衛に決定しているモリーは言った。
ユースティスがファンテイジ家の小姓となるまでは、モリーは時にはグレイブス夫人として、また別の時にはエヴァンズ夫人として、人間社会においてユースティスの親戚を演じて保護者役を担っていた。
今回ユースティスはファウスタの側を離れるに当たり、護衛の後任に長年の実績のあるモリーを抜擢した。
ファウスタの護衛担当はユースティスで変りないが、護衛の現場の統括はモリーに引き継ぎがなされる。
もしタニスが護衛に合格ならモリーはタニス付きメイドの身分のまま、タニスが不合格ならモリーは姿と名を変えてファンテイジ家のメイドとなることは決定事項だった。
「どのみちプロスペロー殿は男性です。どこまでもファウスタ様とご一緒というわけにはまいりません。護衛はタニスさんが適任です。しかし……」
モリーは企みがあるような暗い微笑を浮かべた。
「タニスさんの護衛としての士気を高めるために、プロスペロー殿も屋敷に留めておくのが最善かと。タニスさんは競争心が強いですから、競争相手であるプロスペロー殿が近くにいて常にタニスさんの地位をおびやかしていたほうが良く働くでしょう」




