567話 護衛の選抜
「本日、ファウスタ様がタニスさんのお部屋にいらっしゃいました」
「ファウスタが?」
タニス付きのメイド兼監視役の女吸血鬼モリーが、ユースティスの部屋に定時の報告を持って来た。
モリーからの意外な報告にユースティスは幽かに眉を歪めた。
「はい。ファウスタ様はシャールラータン氏へ宛てたお手紙を持ってタニスさんのお部屋にいらっしゃいました。この手紙をシャールラータン氏へ届けてもらえるよう、ユースティス様にお願いして欲しいとのご用向きでした」
モリーはファウスタから預かったシャールラータン宛ての手紙をユースティスに差し出した。
「そういうことか」
霊能者シャールラータンは、占い師トトメスの幽霊に会いたがっていた。
それを知るファウスタは、マグスクラブにトトメスが現れたことをシャールラータンに伝えたいのだろうとユースティスはすぐに察した。
「この手紙はシャールラータンに渡しておくと、ファウスタに伝えておいてくれ」
「かしこまりました」
モリーは恭しく礼をとると、ユースティスに日誌を差し出した。
「そしてこちらは、タニスさんの報告日誌でございます。タニスさんはこういった事は不得手のようでしたので、私が代筆いたしました」
ユースティスはモリーから日誌を受け取り、ページを開いて目を通すと、苦い表情を浮かべた。
「役に立たないわけではないが……」
ユースティスは軽い頭痛を覚えたかのように額に手を当てた。
「これは、護衛の日誌と言えるようなものではないな……」
モリーが代筆しているとはいえ、たしかにタニスの言葉だと確信できる自由な内容に、ユースティスは失望と呆れが入り混じったような冷めた表情を浮かべた。
「事務仕事には不向きなお方ですゆえ」
「……そうだろうな……」
「しかしタニスさんは、護衛としてはプロスペロー殿よりも信頼のおける魔道士です」
モリーは含みのある笑いを浮かべて言った。
「プロスペロー殿はたしかに皆と上手くやれるお方です。彼は吸血鬼ギルドとも魔道士ギルドとも人間たちとも上手く付き合っておられる。ですが、それは言い換えれば八方美人でございます。あちこちにツテのあるプロスペロー殿は政治的には便利かと存じますが、護衛としては不適当な配役かと」
「……」
その日、ファウスタがマグスクラブへ行く発端を作ったのはプロスペローだった。
そのためユースティスは彼の護衛としての評価を下方に修正していた。
マグスクラブからマークウッド辺境伯へ招待状が来たことで、魔道士ギルドがファウスタをマグスクラブに誘うことが目的だろうことは知れた。
だがユースティスは、ファウスタの護衛を選抜中であり、さらに屋敷を退去するにあたり配下の再編成も行っていたので時期が悪かった。
マグスクラブの占術大祭をやりすごせば、一か月ほどの時間稼ぎができたはずで、その間に体制を整える予定だった。
マークウッド辺境伯に近侍として付き添い護衛をしている一等吸血鬼ルパートには、マグスクラブと占術大祭の様子を見てくるよう頼んでもいた。
だがプロスペローの行動により、ファウスタたちはマグスクラブへ行くことになった。
プロスペローにしてみれば、マグスクラブであっても場を仕切れる自信があったのだろう。
魔物社会においては強さで上下が決まる。
人間社会風の序列はあるが、昔ながらの強さでの上下関係は根強く残っている。
それは表向きは友好条約を結んでいても、逆らえばいつでも武力行使すると威圧をして要求を通す、人間社会の国際情勢のようなものだ。
ゆえに上位の魔物は下位の魔物を黙らせることができる。
元七つ星であるプロスペローより格上の存在は、魔道士ギルドに数人しかおらず、その数人はそれぞれ重要な地位に就いているため、あらかじめ決まっていたわけでもないファウスタの訪問に現れる可能性は限りなく低かった。
ユースティスもその時点ではそう思ったが、万が一を考えて同行した。
だが七つ星が、ギルド長バジリスクスが出て来た。
魔道士ギルド長バジリスクスは、吸血鬼ギルド長ドラキュリアと良い勝負ができる唯一の魔道士だ。
彼はプロスペローより格上であり、ユースティスよりも格上である可能性が非常に高い。
表向きの序列でも、吸血鬼ギルドの顧問官であるユースティスより、魔道士ギルドのギルド長であるバジリスクスのほうが地位が高い。
またバジリスクスが、マグス商会の会長バート・マグスとして人間社会で営業を行うことは、魔物たちの法に照らし合わせても何ら違法な部分はない。
盟主代理ティムがいるわけでもないその場は、バジリスクスの独壇場となった。
さらにトトメスの幽霊が現れ、占術大祭のことをオクタヴィアとファウスタに直接知らせたため、二人は占術大祭に非常に強い興味を持ってしまった。
悪い運が重なり、それが連鎖していくようにして、ファウスタがマグスクラブの催しに参加する急展開になった。
ファウスタの護衛の選抜を急ぐか、今回のみは他の者に護衛を依頼するか、ユースティスは早急に判断しなければならない。
「プロスペロー殿は政治家。ファウスタ様を最優先せず、あちこちと繋がりを持とうとする彼は、護衛には不向きです」
モリーの言葉にユースティスは頷いた。
「……たしかに彼は護衛には不向きなタイプだ。しかし魔術での攻撃を想定すれば、魔術に長けた護衛は最低一人は必要だ。元七つ星であれば必要な実力は満たしている……」
マグスクラブへ行くことそれ自体は、ファウスタに直接的な危険はなかった。
一方、プロスペローが魔道士ギルドとの良好な関係を維持していて、魔道士ギルドの人員を動かせることはユースティスにとって便利でもある。
今回のプロスペローの行動は、ファウスタの身の安全と、魔道士ギルドでの立場を維持することの双方を両立させた行動だった。
バジリスクスが出て来なければ、トトメスの幽霊が出て来なければ、ただのクラブ訪問で終わっていただろう。
だが事態は急速にあらぬ方向へ進んだ。
そしてこの事態を招いた発端は、プロスペローの政治的な立ち回りだ。
ファウスタの護衛に専念せず、並行して政治的な活動も行い、時にはそちらに比重を置くプロスペローは、護衛としては心許無い。
「その点タニスさんは、あちこちに良い顔をすることはありません。そういうことが出来ない人です。またタニスさんは競争心が非常に強く、自分よりもファウスタ様に近付く魔物には対抗意識を持ち、隙あらば蹴落とそうとします。タニスさんをファウスタ様の近くに置くだけでも防波堤となるかと」
モリーはニヤリと微笑んだ。
「……たしかに防波堤にはなるだろうが……」
ユースティスは重い荷物を背負ったかのように眉間に苦悶の皺を刻んだ。




