566話 シャールラータンへの手紙
時間は少しだけ巻き戻る。
マグスクラブへ行った日、ファウスタは一日の予定を終えて、日課である日記を書くために物書き机に向かった。
羽根ペンをとって、マグスクラブでの出来事を日記に書きながら、ファウスタは思った。
(トトメスさんが来たこと、シャールラータンさんに教えてあげたいけれど。どうやって知らせれば良いかな)
霊能者シャールラータンは、占い師トトメスの幽霊に会いたがっていた。
そのためにシャールラータンは、ファウスタに仕えたいと願い出た。
ファウスタの前に、トトメスは再び現れるからと。
そしてシャールラータンが予言したとおり、トトメスの幽霊は再びファウスタの前に現れた。
(本物の霊能者は凄いのだわ)
ユースティスは、ファウスタに仕えたいというシャールラータンの要望を一度は却下した。
だがファウスタがシャールラータンの願いを叶えたいと望むと、ユースティスは再考すると言ってくれた。
しかしその後、ファウスタはシャールラータンに会っていない。
ユースティスからもそれについての話はない。
(ユースティスさんはまだ考え中なのかしら。トトメスさんは次はマグスクラブのパーティーに来るかもしれないから、パーティーの前にシャールラータンさんに知らせてあげなきゃ……)
シャールラータンに会って話がしたいことをユースティスに言おうかとファウスタは思ったが、次の瞬間、今日のユースティスの少し機嫌が悪そうな無表情を思い出して怖気づいた。
(ユースティスさん、何でも相談して良いって言っていたけれど。でも、きっと今は忙しいのよね……)
今日、マグスクラブへ行ったことも、急な予定だった。
ユースティスは吸血鬼ギルドで色々な仕事をしているらしいことを何となく知っているファウスタは、ユースティスの仕事を増やしてしまうことを申し訳なく思った。
(そうだわ!)
ファウスタの頭にぽっとランプの明かり灯った。
(シャールラータンさんにお手紙を書こう!)
手紙なら、実際に会うときのように予定を組む必要もなく、誰かに届けて貰えば良いだけなので、ユースティスの負担にはならないだろうとファウスタは思った。
ファウスタは物書き机の引き出しから便箋を取り出すと、シャールラータン宛ての手紙を書き始めた。
今日トトメスの幽霊が現れたこと。
トトメスが『仮面、占い、パーティー』『大占い師が来る』という言葉を残したこと。
仮面占いパーティーはマグスクラブの占術大祭のことで、そこにトトメスが現れるかもしれないこと。
(この手紙、どうすれば良いかな……)
手紙を書き終えたファウスタは、それをどうやってシャールラータンに届ければ良いか少し考えた。
ファウスタはシャールラータンの住所を知らない。
この屋敷の人間の使用人たちも彼の住所は知らないだろうから、彼への手紙はメイドのアメリアには頼めない。
ユースティスに頼めば届けてもらえるだろうが、今は夜だ。
彼の部屋はファウスタと同じ三階にあるのでファウスタが直接行くことができるが、夜に男の子の部屋を訪ねるのは良くないことだ。
ならば明日の昼間に行けば良いのだが、ユースティスは仕事がたくさんあるらしく日中は大抵仕事中か留守だ。
ミラーカに言伝をお願いする手もあるが、ミラーカの部屋はファウスタが立ち入れない二階にある。
アメリアに頼んでミラーカを呼んでもらえば良いのだが、それだけのためにアメリアやミラーカを呼ぶのは少し気が引けた。
(あ……そういえば……)
ファウスタが歩き回れる同じ三階に、タニスの部屋があることを思い出した。
タニス付きのメイドのモリーは吸血鬼なのだとファウスタは教えられていた。
(モリーさんは吸血鬼だから、ユースティスさんに連絡できるよね)
ファウスタはシャールラータンへの手紙を持って、部屋の扉を開けて廊下に出た。
まだ消灯の時間ではないので、三階の廊下は備え付けのランプの灯りに照らされている。
ファウスタは廊下を歩き出した。
どこにタニスの部屋があるのかファウスタは正確には知らなかったが、タニスが部屋に戻るために歩いていったほうへと向かった。
(……!)
タニスの部屋がありそうな方向へ廊下を歩いて行くと、タニスが得意気に何かしゃべっている声がかすかに聞こえた。
ファウスタはタニスの声を頼りに、タニスの部屋を探し当てた。
(この部屋ね!)
「はい」
タニスの声が聞こえて来る扉をファウスタがノックすると、すぐに扉が開かれた。
中から扉を開いたのは吸血鬼ギルドのメイド、モリーだ。
(モリーさん!)
「夜遅くに、すみません……」
ファウスタはタニスの部屋を探し当てたら、タニスにモリーを呼んでもらおうと思っていたが、早々にモリーに会えたのは嬉しい誤算だった。
「ファウスタ様!」
モリーの後ろから、タニスが満面の笑顔で飛び出して来た。
「タニスの部屋へようこそいらっしゃいました! ささ、中へ! 中へ!」
「いえ、あの……、お手紙をお願いしたいだけで……」
タニスの元気いっぱいの勢いに戸惑いながらも、ファウスタは用件を言った。
「モリーさんにお願いがあって来ました」
「まあ! 私に?!」
「……」
ファウスタの言葉に、モリーはにっこりと微笑み、一方でタニスは急に暗くなった。
「何故……ファウスタ様が、この女に……」
愕然としているタニスを他所に、モリーはファウスタに優しい笑顔で言った。
「何なりとお申し付けくださいませ」
「シャールラータンさんにお手紙を書いたのです。このお手紙をシャールラータンさんに届けてもらえるように、ユースティスさんにお願いしていただけますか?」
「お任せください」
「どうしてお前なんかがファウスタ様に……! どうして……!」
ファウスタが退室すると、タニスはくやしそうな顔でモリーに詰め寄った。
「日頃の行いでございましょう」
モリーが涼しい顔でしれっとそう言うと、タニスは眉を吊り上げ不満を露わにした。
「お前などファウスタ様に会ったばかりの新参者ではありませぬか! ぽっと出のお前なんかを、どうしてファウスタ様が訪ねて来るのです?! おかしいではありませぬか!」
「おかしくありません。ユースティス様へのご連絡をお望みなら、吸血鬼ギルドから派遣されている私に言うのが手っ取り早いです。適切なご判断です」
「連絡くらい私にだってできるのです。何故私ではなくお前なのです?!」
「おや? タニスさんはユースティス様のことを避けていらっしゃったのでは?」
「そ、そんなことは……ありません……」
タニスは目を泳がせながらも反論を続けた。
「ユースティス様に連絡する程度のこと、いつでも出来ます。たしかに個人的にはあの小僧は苦手ですが、それはそれ、これはこれなのです。仕事に私情は禁物ですからな」
「……左様でございますか……」
モリーは疑惑の眼差しをタニスに向けたが、表情をあらためて言った。
「タニスさん、私と張り合う必要はないのですよ。私はタニスさんと行動を共にしているのですから、ファウスタ様が私を訪ねていらっしゃればタニスさんとも会うことになります。タニスさんがファウスタ様と仲良くなれるチャンスではありませんか」
「……!!」
タニスがファウスタとの仲をまだ深めていない真実を前提にモリーは言った。
モリーに遠回しに残念な真実を撃ち抜かれたタニスは、しかし取り繕うことを忘れ、モリーの提案に喜色を浮かべた。
「名案ではありませぬか! お前、もっとファウスタ様と仲良くなりなさい。私がファウスタ様とお話しできる機会を作るのです!」




