565話 タニスの宿題
「さあ、タニスさん、マグスクラブでのことを日誌にお書きなさいませ」
ファウスタたちに付き添ってマグスクラブへ行った日の夜。
タニスは専属メイドであり監視役である吸血鬼モリーにそう言われ、不服そうに顔を歪めた。
「ユースティス様もご一緒だったのですぞ。マグスクラブでのことはユースティス様もご存知のことです。私が報告することなど何もないではありませぬか」
「それでも書くのです。記録として残しておくことが大切です」
モリーは厳しい顔でタニスに言った。
「護衛試験に合格したいのでしょう?」
「ぐぬぬ……」
タニスはしぶしぶと物書き机に向かい、日誌を書くために用意された白紙の日記帳を開くと、羽根ペンをとって書いた。
――ファウスタ様はマグスクラブへ行きました。
「できましたぞ」
「……」
一行だけしか書かれていない日誌を、モリーはタニスに突き返した。
「もっと書くことがあるでしょう」
「幽霊が出たことや、ファウスタ様が見習いのチビっ子たちとおしゃべりしたことですか?」
「それも大事なことです。それからあの場にいた魔道士たちの名前もお書きなさいませ」
「……はい……」
タニスはげんなりした顔でつらつらと書き始めた。
――ハーミアはクラブハウスの管理人なので居て当然であります。
――ブリギッド氏もうまくもぐりこんでいましたがしゃべりませんでした。
――あれはバジリスクス様にしゃべるなと言われてますな。
――バジリスクス様はやはり社交をしに来ました。
――ギルド長のくせに暇人なのです。
「タニスさんはバジリスクス様が来ることを予想していらしたのですか?」
タニスが気ままにつらつら書き始めた日誌を見てモリーが尋ねた。
「はい。絶対来ると思っておりました」
「バジリスクス様は魔道士ギルドのギルド長としてお忙しいお方ですよね?」
「そうなのですか? 社交をして遊んでいる話しか聞きませぬぞ。まあ、たまに会議はやっておるようですが」
「バジリスクス様はファウスタ様の急な予定に合わせて馳せ参じたと、タニスさんはそうお思いなのですか?」
「間違いないと思いますぞ」
「どうしてそうお思いに?」
「バジリスクス様はすっかり社交家気取りで、社交に熱中しておりますからな。社交のチャンスは逃さないと思っておりました」
「社交ですか……」
モリーは考えを巡らせているかのようにそう呟くと、タニスにさらに質問した。
「ブリギッドさんがもぐりこんでいたというのは、どういう意味ですか?」
「ファウスタ様に会いに来るとブリギッド氏が言っていたからです」
「どうして彼女はファウスタ様の予定を知っていたのです?」
「私がブリギッド氏に教えたからです」
「ああ、夜のお散歩で? 毎晩、箒で出掛けていたのはお友達に会うためだったのですか」
「違います。下宿に休みに行っておりました。ブリギッド氏に会ったのは、お前について探るために私が呼んだからです」
「私について?」
「そうです。ブリギッド氏は情報通ですから、お前のことも知っていると思ったのです」
「何か探れましたか?」
「魔女だと呼ばれてたことくらいですかな。ヤルダバウト教が嫌いだということは解りました」
「吸血鬼ギルドから魔道士ギルドへ派遣された駐在員だったことは?」
今年の春、吸血鬼ギルドと魔道士ギルドとの会談により、情報の共有を円滑にするため双方のギルド会館に駐在員を置くことが決定していた。
そのため春から、双方のギルドに双方の駐在員がいる。
「お前、駐在員だったのですか?!」
「ブリギッドさんが私を知っていたのは、駐在員だったときに魔道士ギルド会館でお話ししたことがあるからでしょう。……では、バジリスクス様がブリギッドさんを呼んだわけではないのですね」
「ブリギッド氏は私と同じくヘカテ様の派閥ですからな。バジリスクス様がヘカテ様の許しなくしてブリギッド氏を小間使いにすることはできませぬ」
「なるほど……」
モリーは別のことを考えているような表情で頷いた。
「タニスさん、それをお書きなさいませ。そういった事情をユースティス様はご存知ありません。ユースティス様にとって有益な情報となるかもしれません」
「……今、しゃべったことを、もう一度、今度は書けと……?」
タニスがげっそりとした顔で面倒臭そうに言うと、モリーは頭が痛そうな素振りで眉間に皺を刻んだ。
「仕方のない人ですね。私が代筆しましょう」
「おお! さすが有能メイドですぞ!」
タニスはぱっと顔を輝かせて、すぐに物書き机の席をモリーに譲った。
モリーはタニスに代わって日誌をさらさらと書き始めた。
「他に、タニスさんが提供できる情報はありませんか? 魔道士たちの事情をユースティス様に伝えることは、護衛任務試験の得点になります」
「他にと言われましてもなあ……。魔道士ギルドはずっと変わり映えせず続いておりますゆえ。特にこれといって面白いニュースなどありませぬぞ」
「例えば、ミカヤ・ライラエルについて、タニスさんがご存知のことはありませんか?」
モリーは魔道士ギルドを追放されたミカヤ・ライラエルの名を挙げた。
ミカヤは人間に危害を加えた呪い人形事件への関与も疑われており、ユースティスが仮想敵としている元七つ星魔道士だ。
「ありますぞ!」
タニスは得意気に語った。
「ミカヤは若作りをしているだけではなく、顔面工事もしておりました。一番の美男子になるために、顔のパーツをちょこちょこ改造しておったのです。少しずつ変えれば気付かれないと思ったのでしょうが、あいつの顔面が工事中なことは私はすぐ気付きました。ちょこちょこ変わって行きましたからな」
「……」
タニスの個人的価値観に基づく重要情報を、モリーは不味そうな顔をしながらも記述した。
「ミカヤの戦闘能力については、何かご存知ではありませんか?」
「あいつの戦闘力は雑魚です」
「具体的な能力は?」
「ドカンとやれば吹っ飛ぶ雑魚であります。能力など知らなくても問題ありません。ドカンとやれば終わりです。雑魚は雑魚なのです。私の敵ではありません」
「……」
モリーは苦いものを口に含んでいるような微妙な表情を浮かべながらも、タニスが語る話をほぼそのまま日誌に書き留めて行った。
そうして二人が、その日の報告日誌を作成する作業を続けていると。
――コンコン。
ふいに、部屋のドアがノックされた。
「はい」
モリーが席を立ち、訪問者の応対をするため扉を開けると。
「夜遅くに、すみません……」
そこには、ファウスタが居た。
「ファっ……!」
その瞬間、タニスが目を見開き、驚愕と歓喜の声を上げた。
「ファウスタ様!!」




