564話 占術大祭に向けて
「トトメスがどうしてマグスクラブに侵入して、マグスクラブの催しの宣伝を行うのです?」
真顔でそう質問したハーミアに、ブリギッドは曖昧な笑顔で答えた。
「さあ? 私にはそこまでは解りません」
「ブリギッドは生前のトトメスと知己がありましたね」
「はい」
「マグスクラブに関わることで、トトメスの利益になりそうなことに心当たりはないのですか?」
「彼は利益で動くタイプではないので解りかねます」
「利益とは、物質的利益だけではなく精神的利益も含みます。誰かに恨みを晴らすためにマグスクラブを利用する可能性はないのですか?」
「恨みとは違いますが、彼はタレイアン公爵にこだわりがあったようです。マグスクラブに招かれる招待客の中にタレイアン公爵と関りがある者がいるのかもしれませんね」
「招待客の大半はタレイアン公爵と関りのある者です。招待客はほとんどが貴族ですから」
「たしかに貴族は宮殿の行事に出席しますから、誰もがタレイアン公爵とは多少の関りがありますね」
ブリギッドは皮肉っぽく笑ったが、気を取り直したように表情をあらためて言った。
「しかしトトメスが言うなら、大占い師は来るのでしょう」
振り子占いでトトメスが『大占い師が来る』と示したことについてブリギッドは言った。
「彼は、その時点では異質に思えることを言いますが、後にそれは事実となります」
「そうですね」
有名な占い師だったトトメスの予言をそこそこ知っているハーミアは頷いた。
トトメスの予言は、その時点ではまるで奇をてらったような異質なものだった。
例えば。
ネオレイシアのデネック大統領の未来については「私には見えない」。
タレイアン公爵の結婚については「マルシャと結婚したら破滅する」。
どちらもその時点では、首を傾げるようなものだった。
デネック大統領が早々に暗殺され未来を断たれるとは、その時点では世間の誰も予想していないことだった。
タレイアン公爵にしても、離婚するくらいの未来は有り得なくもないとしても、次の国王になる予定の王太子が破滅するなどという異常事態はマルシャとの婚約当時は全く考えられないことだった。
「トトメスは嘘は吐きません。大占い師が来る未来があるのでしょう」
「それはトトメスが再び現れるという意味ですか?」
「その可能性は高いと私は思っています。しかし断言はできません。彼は、具体的な説明をせずに、突拍子もない結果だけをさらっと口に出して人を惑わせるところがありました。後になって、ああこれが、と解るようなことだと思うので、今の時点では何とも言えません」
「知らせる気があるなら、きちんと要点を述べて欲しいものです」
ハーミアは無表情のまま、ここにはいないトトメスに苦言を呈した。
「ですが結果的に、今回のあの幽霊の、トトメスの動きは私たちに都合が良いものでした。おかげで接待は成功しました。現時点では排除の必要はないでしょう」
「それは、場合によってはトトメスを排除するという意味ですか?」
ブリギッドが少し辟易としたような表情でハーミアに問いかけると、ハーミアは平然とした態度で言い放った。
「催しの邪魔をしない限りは排除はしません。こちらに都合が良ければもちろん利用させてもらいます。しかし邪魔になるようでしたら排除します。トトメスに限らずです。当然の作業です」
「お父様!」
マグスクラブへ行った日の夜。
オクタヴィアは父親であるマークウッド辺境伯が帰宅すると、早速抗議を行うために父親の部屋へ乗り込んだ。
「マグスクラブの占術大祭の招待状が来ていることを、どうして私に教えてくださらなかったの?!」
「オクタヴィア、子供はクラブ会員にはなれないのだよ」
「私はもう子供じゃないわ!」
「女性もクラブ会員にはなれないのだよ。クラブは紳士の社交場だ」
「マグスクラブは女性でも子供でも会員になれるのよ!」
「子供が会員になれるクラブなどこの世に存在しないのだよ」
「マグスクラブは違うの!」
眉を吊り上げたオクタヴィアに抗議されて、マークウッド辺境伯はしぶしぶマグスクラブからの招待状を出して確認をした。
「ほら、『女性やお子様もご参加いただけます』って書いてあるじゃない!」
「な、なんということだ!」
マークウッド辺境伯は驚愕に目を丸くして、マグスクラブからの招待状を読み直した。
「まったく、お父様は大雑把なんだから……。招待状はきちんと最後まで読まなきゃ駄目じゃない。間違いがあったら先方に失礼よ。もっとしっかりしてくださいな」
オクタヴィアはマークウッド辺境伯にそう言うと、控えている近侍ルパートにも釘を刺した。
「お父様は大雑把なんだから、招待状はルパートがちゃんと確認してね」
「申し訳ございません。今後注意いたします」
ルパートの返事にオクタヴィアは尊大な態度で頷くと、再びマークウッド辺境伯を振り向いて挑戦的な目を向けた。
「私もマグスクラブの占術大祭に行くわ。もちろん許可してくださるわよね?」
「……」
マークウッド辺境伯は顔色を悪くした。
「オクタヴィア……すまない……。子供が参加できるとは知らず、友人に招待カードを譲ってしまったのだよ……」
「招待カードなら持っているわ」
オクタヴィアは泰然とした笑みを浮かべて言った。
「今日マグスクラブへ行ったら、商会長のバート・マグス氏がちょうどいらしていたの。それで占術大祭の招待カードを十枚いただいたの」
「十枚だと!」
マークウッド辺境伯は驚きの声を上げた。
「そんなに貰ったのかね!!」
羨望の眼差しで半ば叫ぶようにそう言ったマークウッド辺境伯に、オクタヴィアは悠々とした笑顔で答えた。
「ええ、十枚いただいたわ。こちらにはマグス商会とお仕事をしているファウスタがいるのだもの。それに私もこれからマグス商会とお仕事をする予定だから、バード・マグス氏は私たちを優遇してくださったの」
オクタヴィアは得意気にそう言うと、吃驚顔のままのマークウッド辺境伯に言った。
「私もお友達をお誘いしたいの。許可していただけるわよね?」
「お友達が十人もいるのかね?!」
「そんなにいるわけないじゃない。お誘いしたいのは一人よ。シェリンガム伯爵家のラヴィニアさん」
「いつのまにお友達になったのかね?!」
「慰霊祭の日に偶然お会いしてお友達になったの。ラヴィニアさんもファウスタを見にいらしてたのよ。お父様はシェリンガム伯爵とお付き合いがあるのよね?」
「うむ」
「ラヴィニアさんをお誘いする口添えをお願いしたいの。シェリンガム伯爵に許可をいただいてくださいな」
「それは……出来なくもないとは思うが……」
戸惑っているマークウッド辺境伯に、オクタヴィアは言った。
「お父様には神秘主義者のご友人が大勢いらっしゃるのよね。マグスクラブの占術大祭にご興味をお持ちの方は多いのではないかしら。でもマグスクラブは完全招待制だから、今回招待カードを手に入れることができなかったご友人もいらっしゃるのではなくて?」
「うむ。そのとおりなのだよ」
「私は占術大祭へは、ファウスタとラヴィニアさんと一緒に行ければそれで良いの。使用人の分を差し引いても、招待カードは十枚も必要ないわ」
オクタヴィアは含みがある笑顔でマークウッド辺境伯を正面から見つめた。
「ラヴィニアさんをお誘いする口添えをしていただけたら、余った招待カードはお父様に差し上げても良くてよ?」
「……!!」
マークウッド辺境伯は目を輝かせた。




