563話 舞台裏のそのまた裏
「お前たち、よくやった!」
ファウスタたちを見送った後、マグスクラブの玄関先でバジリスクスは満足気な笑顔を浮かべ、メイド見習いの少女たちを労った。
「お客様方は大変ご満足のご様子だった。この短期間でよくぞ礼儀作法を習得したな。会話も丁寧で良かったぞ」
完璧な作法とは到底言い難いが、ほんの少し前まで孤児院の子供であったことを考えれば上出来であった少女たちの振る舞いをバジリスクスは褒めた。
「この調子で励むのだぞ」
「ありがとうございます、会長様」
「頑張ります」
マグス商会のクラブハウスに雇われているメイド見習いの少女たちは、マグス商会の会長バート・マグスであるバジリスクスに仕事を褒められ、嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「お前たちが仕事を成功させた祝いに、今夜は夕食を特別に豪華にしてやろう。ハーミア、頼んだぞ」
「今夜はもう準備に時間が足りません。明日でよろしいでしょうか」
ハーミアがそう言うと、バジリスクスは少女たちに尋ねた。
「明日の夕食で良いか?」
「はい!」
「ありがとうございます!」
少女たちは期待に笑顔を輝かせた。
バジリスクスは自分の名案に少女たちが喜んでいる様子を見て満足気に頷くと、ご機嫌な笑顔を浮かべてハーミアに指示した。
「豪勢な食事を存分にふるまってやるが良い。見習いの子供たち全員にだ。ロースト肉、いや、タレイアン風肉詰めパイが良いだろう。おお、そうだ、氷菓も出してやれ。子供はああいうのが好きだろう。それから、手柄を立てたこの三人には、夕食とは別に何か美味い菓子を用意してやるが良い」
「かしこまりました」
「ところで、そなた……」
バジリスクスはメイド見習いの少女の一人、デミに問いかけた。
「マークウッド辺境伯令嬢のメイド、ファウスタさんとは知り合いのようだったが。孤児院で交流があったのか?」
「知り合い……ではないです。でも知っている子です」
バジリスクスの質問に、少女デミは少し考えるような顔をしながら答えた。
「教会の行事で会ったことがある子でした。あの子はラシニア孤児院の子だったので、それで顔を知っていました。あの子も私のことを覚えていたみたいです」
「そうか。でかしたぞ!」
バジリスクスはほくほく顔でデミを褒めた。
「ファウスタさんは、マークウッド辺境伯令嬢の大のお気に入りのメイドで、ご令嬢と一緒にマグス商会でお買い物をなさるお得意様なのだ。交流があったとは大手柄だ」
バジリスクスはきりりと顔を引き締め、マグス商会の会長らしい威厳のある態度で少女デミに言った。
「お客様との交流は大切にするのだぞ」
「さすがはハーミアだ。まったく見事だった!」
メイド見習いの少女たちを下がらせた後、バジリスクスは少女たちの教育を行った魔道士ハーミアを褒め称えた。
「少女たちの教育は順調のようだな!」
「一通りの作法を習得させるにはまだ時間が足らず、お見苦しいところをお見せしてしてしまい申し訳ございませんでした。急なお越しでしたので、付け焼き刃で対応させざるを得ませんでした。孤児院の子供であったということをご承知いただいているためか、ご令嬢とファウスタ様のご不快を買わず良うございました」
「謙遜するでない。上出来だったぞ。見事な接待だった。何よりファウスタ様の好感を得た。たしかに作法はまだまだだったが、作法の出来よりも肝心なのはファウスタ様の好意を得ることだ。完璧な仕事だった!」
「ご満足いただけて良うございました」
「ファウスタ様が育った街にクラブハウスを設立し、その街の孤児を雇うというそなたの作戦、まったく見事だ。効果てきめんだ。ファウスタ様が見知っている少女も手駒にしておったとは恐れ入るわ!」
「偶然ではございますが。同じ街の孤児院の同年代の子供であれば顔見知りである確率は高いかと愚考いたしました。教会が子供を対象とした催しを行っておりますので」
「狙い通りではないか。見事だ。幽霊の手配も見事だったぞ!」
バジリスクスはハーミアが用意した幽霊についても絶賛した。
「昨日の今日でよくぞあんな活きの良い幽霊を見つけて来たものよ。あそこまで元気な幽霊はなかなかいないぞ。しかも幽霊まで調教しおってからに。そなたの仕事の早さには全く驚かされたわ!」
「いいえ、幽霊の調教はしておりません。あれは偶然でございます」
「偶然だなどと謙遜せずとも良い。どうせ確率の高いことを何か狙ってやったのであろう」
バジリスクスは全て解っているとでもいうようにニヤニヤ笑いを浮かべた。
「調教もされていない幽霊があんな都合の良い動きをするわけがなかろう。解っておる。上手い方法で占術大祭を宣伝したな。そなたの操作術はあいかわらず冴えておる。恐れ入るわ。まったく見事だ」
「本当にあれは偶然でございます」
「良い良い。マグスクラブの占術大祭を知っていて、それを宣伝する都合の良い幽霊などいるものか。解っておる」
「いいえ、あれは本当に……」
バジリスクスがハーミアが用意した幽霊を大絶賛している様子を、メイドに扮しているブリギッドは無言で、しかし少し面白そうに眺めていた。
「……」
ブリギッドは皮肉っぽく口の端に笑みを浮かべた。
「生意気な小僧も今日は一言も言えなかったな。痛快、痛快」
ファウスタたちに小姓として同行していた吸血鬼ギルド顧問ユースティスが無言であったことについて、バジリスクスは小気味良さそうに言った。
「使用人として来ているのだから当然かもしれんが、ご令嬢の前では生意気なことはできぬということだ。この手は使えるな。ご令嬢は儂に好意的だった。ご令嬢とともにファウスタ様をご招待して親睦を深めれば良いのだ」
バジリスクスは勝ち誇るように得意気な笑みを浮かべた。
「儂の洗練された社交術を見せてやるわ」
「あの幽霊、トトメスでした」
バジリスクスが大満足のご機嫌な笑顔で魔道士ギルドへ戻って行った後。
メイドに扮しているブリギッドは密談をするように小声でハーミアに言った。
「結界を破って侵入したようです」
「警視庁にいたという占い師ブランコ・トトメスの幽霊ですか?」
「そうです」
ブリギッドはどこか遠くを見るような目をして皮肉っぽい微笑を浮かべ、ハーミアは無表情だったが少し思案するように手で顎をさすった。
「ブリギッド、何故バジリスクス様に言わなかったのです?」
「まずはヘカテ様にご報告して判断を仰ごうと思ったからです。しかしクラブハウスの催しの実務を行うハーミアには一応知らせておいたほうが良いと思いました」




