562話 マグスクラブからの帰り道
「恐れ入ります、お嬢様、そろそろご帰宅のお時間でございます」
ファウスタたちが歓談していると、侍女ヘンリエタがオクタヴィアに言った。
ファウスタたちは夕方までには帰宅しなければならないのだ。
「マグス氏、今日は急なお願いに応じていただいて感謝しております」
オクタヴィアが好意に溢れる笑顔でバジリスクスに別れの挨拶をした。
振り子占いの実験と、少女占い師たちとの歓談という、二つの目的は果たし終えた。
そのうえ、振り子占いで「大占い師が来る」と予言されたマグスクラブが主催する占術大祭の招待カードも得た。
オクタヴィアは大満足しているようだった。
「ファウスタさんも占術大祭にきっと来てくださいね」
「私たちは占術大祭では仮面をつけますが、他に子供はいないから解ると思います」
占術大祭に占い師として参加する予定のクラブハウスのメイド見習いの少女たちが、丁寧な口調ではあったが親しみのある笑顔でファウスタに言った。
「はい。お嬢様にお願いしてみます」
「あらファウスタ、貴女は私の侍女なんだから当然一緒に行くのよ」
オクタヴィアがわくわく顔でファウスタに言った。
「どんな衣装にしようかしら。ファウスタのクラブ専用名も考えなくちゃね!」
マグスクラブでは、会員たちがしがらみなく付き合えるように、基本的には身分や名を隠して変装し、クラブで使う専用の名を名乗るのだという。
クラブハウスのメイド見習いの少女たちが、催しでは占い師としての名を名乗るように、招待客たちも本名ではなくクラブ内で使う専用の名前をあらかじめ用意するらしい。
クラブで名乗る名前は、ただの偽名でも、魔物や過去の偉人の名でも良いのだという。
ただ過去の偉人や有名な魔物の名前は、みんなが思いつくことなので、会員同士で名前がかぶる可能性があるため、あらかじめ使いたい名前をマグスクラブに申請するのだ。
同じ名前がなければそのまま使えるが、誰かと同じ名前だった場合は早い者勝ちで、後から申請した者は先に申請した者に名を譲らなければならないとのことだった。
「マダム・ルリアンを名乗れないのは残念だけれど。仕方ないわね。マダム・ルリアンは有名だもの」
オクタヴィアは、かつてロンセル共和国が帝国だったころに皇帝に仕えていた有名な女占い師の名を名乗りたかったようだが、すでに申請している者がいるらしく、別の名前を考えなければならなかった。
「申し訳ございません、お嬢様。クラブの規則でして、こればかりは……」
バジリスクスは眉を下げてオクタヴィアに謝罪をした。
「マグス氏が謝ることではありませんわ。マグスクラブからの招待状を受け取ったうちの父が、占術大祭のことを私に知らせてくれなかったのがいけないんです。父のせいですっかり出遅れてしまいました」
オクタヴィアは少し悪い笑顔を浮かべた。
「帰ったら、父を問い詰めてやります」
「トトメスだったの?!」
帰りの馬車の中で、ファウスタはトトメスの幽霊が来ていたことをオクタヴィアに知らせた。
「はい。トトメスさんの幽霊が来て、お嬢様の振り子占いに答えていました」
「じゃあ、あの、応答板が勝手に動いた騒霊現象も?」
「トトメスさんが動かしていました」
二十年前に亡くなった占い師ブランコ・トトメスの著作を何冊か持っているオクタヴィアは、トトメスの幽霊が来ていたと知って大興奮した。
「大占い師が来るという予言は、トトメスが占術大祭に来るという意味かしら?! 大占い師といえるほどの占い師って他にいないもの!」
「いないのですか?」
「ええ、いないわ」
「ブリギッドさんは大占い師ではないのですか?」
クラブハウスの少女たちがブリギッドのことを有名占い師として尊敬しているようだったので、もしかしたらブリギッドが大占い師かもしれないとファウスタは思い、オクタヴィアに尋ねた。
「占い師ブリギッドはたしかに有名だけれど、ブランコ・トトメスのような国民的な占い師ではないの。ブリギッドは新聞社の依頼は全く受けないから、占いに興味がない人たちは名前すら知らないと思うわ。社会現象まで起こした国民的な占い師はトトメスだけよ。トトメス以来、凄い占い師は現れていないのよ」
「シャールラータンさんは?」
過日、霊能者シャールラータンに会い、何でも当ててしまった彼の凄さに驚いたファウスタは質問したが、オクタヴィアは少し冷めた表情を浮かべた。
「シャールラータンは霊能者としてたしかに国民的な有名人だけれど、大占い師というのとは少し違うのよ。予言はしていないもの。それに……」
シャールラータンにあまり良い印象を持っていないのか、オクタヴィアは少し眉を歪めた。
「結構、商売っ気がある人で、魅力的になれる草花香とか、インチキ臭い変な商品も売っているの。それほど高い値段ではないし効果を確約しているものでもないから、悪徳霊能者というほどではないけれど。霊能力を見世物のように披露するサロンも開いていて、ちょっと胡散臭いのよね」
ファウスタとオクタヴィアが会話をしている中、馬車に同乗している侍女ヘンリエタは、騒霊現象を見た衝撃がまだ残っているのかぼんやりとしていた。
小姓に化けているユースティスは表情が無い顔で、使用人らしく無言だ。
ファウスタは知らなかったが、ユースティスはマグスクラブからの招待状をマークウッド辺境伯に渡したが、女性や子供は参加できないクラブであると暗示をかけていた。
マークウッド辺境伯がマグスクラブの催しのことをオクタヴィアに言わなかったのは、そのためだ。
もともとクラブとは大人の紳士の遊び場だ。
女性が参加できるクラブは存在するがごく稀でかなり珍しいもので、ましてや子供が参加できるクラブなど存在しない。
それが当たり前であったので、マグスクラブに女性や子供は参加できないとマークウッド辺境伯に思い込ませることは造作もないことだった。
当たり前のことを、当たり前だと信じ込ませただけだ。
だがマグスクラブで、バジリスクスが直接オクタヴィアにマグスクラブの宣伝をしたため、マークウッド辺境伯への暗示は意味のないものとなった。
(ユースティスさんも占術大祭に行くのかしら?)
ファウスタはちらりとユースティスの様子を伺った。
ユースティスはファウスタの視線に気付き、口の端だけで微笑んだ。
(何だか……機嫌が悪そうだわ……)
ファウスタはユースティスの様子に不穏なものを感じ、そろりと視線を外した。
(プロスペローさんとタニスさんも占術大祭に行くのだもの。ユースティスさんはタニスさんのお行儀を見張るためにきっと一緒に行くのよね。お仕事が増えてしまって不機嫌なのかしら……?)




