561話 タロット占い初心者
「マグスクラブはまだ本格的な活動を開始しておりませんので、今はまだ、このクラブハウスに出入りしているのはマグス商会の者のみです」
バジリスクスは笑顔でマグスクラブの説明をした。
「占術大祭がマグスクラブのお披露目会となります。占術大祭にて、マグスクラブの正式な会員証をお配りする予定にございます」
「占術大祭に行けば、私でもマグスクラブに入会できるのかしら?」
オクタヴィアが期待に目を輝かせてそう質問すると、バジリスクスは一層の笑顔で答えた。
「もちろんでございます。マークウッド辺境伯にはいつもご贔屓にしていただいておりますので、マークウッド辺境伯家の皆様は誰でも大歓迎でございます」
「誰でも?」
オクタヴィアはファウスタを振り返り、少し含みがあるような笑顔を浮かべると、バジリスクスに問い返した。
「この子も入会できるかしら?」
(私も?! クラブに?!)
オクタヴィアがファウスタを示して言うと、バジリスクスは祈りを捧げるように両手を胸のあたりで組み合わせ、喜びの表情を浮かべた。
「もちろんでございます! ファウスタさんがマークウッド辺境伯家の『特別な侍女』であることは承知しております」
バジリスクスは無言のメッセージを送るかのように、オクタヴィアに向けて片目をパチンと瞬いてみせた。
「大歓迎でございます!」
「では、私とこの子と、二人ともマグスクラブに入会できるのかしら? 子供でも?」
「はい。マグスクラブは女性でもお子様でも入会できます。その代わり、完全な招待制のクラブでございます。マグス商会のお得意様方のみをご招待しております」
「私たちの他にも、女性や子供が招待されているのかしら?」
「女性の方はおります。しかし残念ながらお子様はまだおりませぬ……」
バジリスクスは少し寂しそうに眉を下げた。
「神秘学を趣味としていらっしゃる方々の多くは学のある大人です。お子様には少しばかり難しい分野でございますゆえ……」
そこまで言うとバジリスクスは、ぱっと笑顔になりオクタヴィアに熱い視線を向けた。
「それゆえ、お嬢様からいただいた……例のお話……には、大変期待しております。初心者が手に取りやすいタロット・カードが出来上がれば、お子様でも占いを趣味とすることができるでしょう」
「私はこの子にタロット占いを教えているの。それで思いついたのよ」
オクタヴィアは得意気な顔でファウスタを示して言った。
(私?!)
「タロット占いを始めようとした初心者を、脱落させてしまう最初の壁は、カードの意味を覚えることですもの。七十八枚のカードの意味を全部覚えるのはとても大変なこと。逆位置もあるから百五十六の意味を覚えなくてはならない」
(そのとおりなのだわ)
オクタヴィアの言葉に、ファウスタは内心でうんうんと頷いた。
七十八枚のタロット・カードの意味を逆位置まで全部覚えるのは大変なことだ。
ファウスタは二十二枚の大アルカナの絵札はようやく覚えて、大アルカナだけで占うことはできるようになった。
だが五十六枚の小アルカナの意味はまだ覚えきれていないので、七十八枚のカードを全部使う正式なタロット占いはできない。
(貧乏のカードはとても怖いカードだったから、すぐ覚えたけれど)
小アルカナの金貨の五のカードの、貧民と怪我人がボロ着で雪降る夜を歩く絶望的な絵柄を思い出しながらファウスタは心の中で相槌を打った。
「お嬢様のおっしゃるとおりでございます」
バジリスクスが感心するように頷きながらオクタヴィアに言った。
「それゆえ風の塔の占い師ブリギッドは、初心者には、最初は大アルカナ二十二枚だけで占うことを推奨しているのです。七十八枚のカードの意味を覚えきれずにタロット占いを諦めてしまう者は多いのです。しかし二十二枚で気軽に占えたら、初心者でもタロット占いを楽しむことができます。この少女たちも……」
そう言いバジリスクスは、メイド見習いである少女たちを示して言った。
「最近タロット占いを始めたばかりの初心者ではありますが、大アルカナ二十二枚での占いがすぐに出来るようになりました。タロット・カードを広く普及させるために、初心者でもタロット占いができることを、この少女たちが占術大祭で宣伝いたします。ぜひご覧にいらしてください」
「まあ! 素晴らしいお考えだわ!」
「素晴らしいのはお嬢様のお考えです」
バジリスクスは調子良くオクタヴィアを褒めた。
「お嬢様のお考えはその上を行くものでございます」
「私にはタロット占いを教えた経験があったから、それで思いついたのよ。大したことじゃないわ」
オクタヴィアは得意気に微笑んだ。
「この子にタロット占いを教えるために占い師ブリギッドの提案も採用したのよ。この子が練習に使っているタロット・カードは占い師ブリギッドが考案した初心者用のカードなの。この子も今、大アルカナ二十二枚だけで占いを練習しているの」
「おお! なんと!」
バジリスクスは吃驚したような顔をしてオクタヴィアに言った。
「ではでは、こちらの少女たちと同じカードで練習なさっているのかもしれませんな。この少女たちもブリギッドが考案した初心者用のカードを使っておるのです」
「うさぎが人間のように服を着ているカードです」
「同じだわ!」
「私は猫のカードよ」
ファウスタとオクタヴィアは、クラブハウスのメイド見習いの少女デミ、カレン、ロッタの三人と使っているタロット・カードの話をした。
「近々、私が、貴女たちに新しいタロット・カードをプレゼントするわ」
オクタヴィアが勝利を確信しているような笑顔を浮かべた。
「楽しみに待っていなさい」
オクタヴィアは少女たちにそう言うと、バジリスクスに質問をした。
「クラブ会員になれば、このクラブハウスにいつでも来て良いのかしら?」
「もちろんでございます。このクラブハウスは、クラブ会員の皆様に楽しんでいただくために設立したものです。いつでもお気軽に遊びにいらしてください。お嬢様なら大歓迎でございます!」
(クラブ会員になったら、いつでも来て良いの?!)
「あの、すみません、バジ……あ、ええと、バート・マグスさん」
「はい!」
ファウスタが危うく間違えそうになりながらも呼びかけると、バジリスクスは凄まじい笑顔で即座にくるりと振り向いた。
「クラブハウスに遊びに来たら、この子たちとお話しできますか?」
ファウスタが、クラブハウスの見習いの少女たちとまた話せるかと質問すると、バジリスクスは花盛りの春のような満面の笑顔で答えた。
「はい、もちろん! 彼女たちはこのクラブハウスで住み込みで働いておりますゆえ、いつでもお呼びいただけます!」
(いつでも会える……!)
親友のジゼルとピコ以外で、同い年くらいの子供としゃべるのがとても久しぶりだったファウスタは、クラブハウスの見習いの少女たちとの会話が楽しかった。
もっと彼女たちと話がしてみたいと思ったので、クラブ会員になればまた会えると聞いて心が浮き立った。
ファウスタは気付かなかったが、隣のテーブルの席にいるユースティスの顔からは表情が抜け落ちていた。




