560話 少女占い師たち
「こちらのお部屋でございます」
ファウスタたちはバジリスクスに案内されて、クラブハウスの談話室へ行った。
その部屋は広々としていてテーブルがいくつもあった。
長椅子もあり、窓際には四人くらいでお茶を飲みながら話すのに丁度良いようなテーブルの席もある。
大勢がそれぞれ好きな場所でおしゃべりできそうで、孤児院の居間を大きく豪華にしたような部屋だった。
ファウスタは喫茶店や珈琲館を見たことがなかったが、見たことがあれば似ていると思ったかもしれない。
談話室だというその部屋にも、玄関ホールや、振り子占いを行った部屋と同じように、月や星の意匠の装飾や、魔物を題材にした彫刻や、何に使うのか解らない不思議な道具のような置物があった。
庭にあったのと同じ白に近い薄紫色のロゼリアの花もあちこちに飾られている。
大きな窓からは明るい陽射しが差し込んでいたが、夜や魔法の雰囲気のある怪しい部屋だった。
(あ、あの子……!)
その部屋には、大人のメイドに付き添われて三人の少女が控えていた。
少女たちはこのクラブハウスのメイド見習いだということだったが、見習いの簡素なエプロンではなく、一人前の大人のメイドのようにフリル付きのエプロンをしていた。
ここが一階で、ファウスタたちは客人なので、おそらく見習いの少女たちは特別にフリル付きのエプロンを付けているのだろうとファウスタは思った。
見習いは地階にいるもので、もし見習いが一階へ行くなら、一階に相応の装いが必要なのだ。
(見た事がある子だわ!)
ファウスタは孤児院にいたころ、聖誕祭のお祈り会などの教会の催しに参加したことがあった。
そういった催しには教会の孤児院の子供たちも参加していた。
メイド見習いの少女たちの中に、そのときに見た事のある顔があった。
(……!)
メイド見習いの少女の一人と、ファウスタは目が合った。
あちらもファウスタに気付いたのか、はっとした顔をする。
「ご紹介いたします。彼女たちは『占術大祭』にてタロット占いをする少女たちでございます。右から、デミ、カレン、ロッタです」
バジリスクスが見習いの少女たちを紹介した。
マグスクラブの『仮面占いパーティー』は、正式には『占術大祭』という催しなのだという。
「彼女たちは当クラブハウスのメイド見習いとして働く傍ら、タロット占いを学びました。その学びの成果を『占術大祭』にてお披露目いたします」
(あの子、デミって言う名前なのね)
ファウスタは見知っていて目が合った少女の名を覚えた。
「ファウスタさんはラシニア孤児院の子だったんですね。見た事があると思ったんです。眼鏡を掛けている子供なんて会ったことがないから不思議だったんですけど。眼鏡を買ったんですね」
バジリスクスはメイド見習いの少女たちにテーブルの席につくことを許可した。
ファウスタとオクタヴィアは、テーブルの席について見習いの少女たちと話をした。
ユースティスたち使用人は、ファウスタとオクタヴィアとは別の、近くテーブルの席についた。
クラブハウスの従僕は、ファウスタたちにお茶を出し、そしてメイド見習いの少女たちにも同じようにお茶を出した。
上流階級の服装のファウスタたちと、綺麗なカップで出されたお茶を前にして、見習いの少女たちは最初は緊張している様子だった。
しかしファウスタがラシニア孤児院出身だということを話すと、緊張がやわらいだのか、ほっとしたような顔をしてしゃべり始めた。
「ファウスタさんは、魔法少女ファウスタ様と同じ名前ですね」
「魔法少女?」
一部の神秘主義者たちがファウスタを魔法少女だと言っていることを、ファウスタはまだ知らなかった。
「魔法少女のファウスタという人がいるのですか?」
「ご存知ないですか? 王都で奇跡を起こしたファウスタ様を」
「警視庁の鬼火を除霊した、霊能者ファウスタのことかしら?」
オクタヴィアが得意気な顔でそう問い返すと、少女デミはぱっと顔を輝かせた。
「そうです! 霊能者とか、聖少女とか言われている黒いドレスの女の子です!」
「霊能者ファウスタは、魔法少女って言われているの?」
「はい。魔法でドラゴンを退治したから、魔法使いの少女なのだと、マグス商会の方々が言っていました」
「たしかに彼女は魔法使いだわ。マグス商会の人たちはファウスタの能力が解るのね。さすがというべきかしら」
オクタヴィアは感心するような顔で頷いた。
「魔法少女ファウスタ様と同じ名前なんて、格好良くて羨ましいです」
少女デミが羨望の眼差しでファウスタに言った。
「は、はい……。ぐ、偶然同じ名前で……」
ファウスタは少し挙動不審になりながら、霊能者ファウスタとは別人のふりをした。
「ありきたりな名前なので……偶然同じで……」
「有名人と偶然同じ名前だなんて幸運ですね。私なんて、何でもないただのデミですよ。教会の前に捨てられてたから名前が無かったんです。司教様が名付け親ですが、どうせならもっと長くて格好良い名前が良かったです。親すらいなくて、何も持っていないんだから、名前くらいは格好良いのが欲しかったな」
デミがあっけらかんとそう言うと、オクタヴィアは少し衝撃を受けたような顔をして目を潤ませた。
「貴女も、苦労をしたのね……」
オクタヴィアはハンドバッグからハンカチを取り出すと、目元をぬぐった。
「あ、でも、私たち、格好良い名前を貰ったんです。……ね?」
少女デミは、他の二人の少女たちに目配せをして微笑み合いながら言った。
「占い師としての名前をいただいたんです。クラブの催しで占いをするときは、占い師の名前を名乗ります。私はバンビーナです」
「私はセラフィーナ」
「ピエリーナです」
少女たちは占い師としての名を名乗った。
「有名な占いの店のブリギッド様というお方に、名付けていただいたんです」
「占い師ブリギッド?!」
ハンカチをにぎりしめたままのオクタヴィアが驚きの声をあげた。
「有名な占いの店って『風の塔』かしら?!」
「そうです。そのお店です。お嬢様も知っているのですか?!」
デミが嬉しそうにそう言うと、オクタヴィアは頷いた。
「もちろん知っているわ。まだ行ったことはないのだけれど、風の塔は有名なお店よ」
有名とはいえ『風の塔』は占いの店なので、社会的な知名度はそれほどではなく、一部の神秘主義者たちの間で有名な店という程度だった。
だがオクタヴィアの世界では有名な店であり、少女デミたちは貴族令嬢のオクタヴィアが知っていたことでやはり有名な店だったのだと確信を得た。
「私たちの衣装も、ブリギッド様が考えてくださったんです」
「まあ! 衣装も着るのね!」
「はい。魔法少女ファウスタ様のような素敵な黒いドレスです」
少女たちは嬉しそうに言った。
「まだ一枚引きしか出来ませんが、よろしければ占いに来てください」
(占って貰えるの?!)
「わ、私でも、占ってもらえますか……?!」
ファウスタがすかさず質問すると、少女デミは微笑んだ。
「はい。クラブの会員様たちに占いを楽しんでもらうお祭りなので、占い師は会員様に頼まれたら誰でも占うんです」
「……クラブ会員じゃないと、駄目なのですか……?」
マグスクラブに入会した覚えのないファウスタがそう言うと、ファウスタたちと少女たちの会話の様子をずっと黙って見ていたバジリスクスが即座に答えた。
「占術大祭では、誰でも占い師に占いを頼めます」
バジリスクスはにこにこの笑顔で説明をした。
「招待カードをお持ちのお客様は、誰でも占術大祭に入場できます。招待カードをお渡しいたしますので、ぜひぜひお越しください」




