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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第2章 霊能メイド現る

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55話 物騒な夜

 夜の王都にはうっすらと霧が漂い、瓦斯(ガス)灯の明かりを煙らせていた。


「一件目で大当たりでしたなあ」

「あの店はラスコーが出演していた劇場に近いですからね。ラスコーが出演していた劇場については私の配下に探らせましょう」

「良い手土産ができましたなあ」


 大衆酒場(パブ)を後にして、男装の魔女ブリギッドとタニスはハイホー地区の夜道をゆっくりと歩いた。

 瓦斯(ガス)灯の明かりが届かない暗がりに潜む気配を察し、魔力(エーテル)による防護壁を展開しつつ、あえて人通りの少ない道を目指す。


「タニス氏の社交の課題も見えましたし有意義な暇つぶしでしたね。明日から笑顔の練習をしましょう」

「ちゃんと笑顔いたしましたぞ」

「タニス氏の笑顔に酔っ払いが恐れをなしていたではありませんか。『異能者』は子供だと予想されています。酔っ払いが怯えるような笑顔では、子供であれば泣き出してしまうでしょう」


 『異能者』とは発見された魔眼のことである。

 本物の魔眼であるか未確認のため、魔眼の可能性があるそれを『異能者』と呼ぶ事が魔道士ギルドの全魔道士に通達されていた。


「子供に好かれる善良な笑顔を目指しましょう。社交は私の得意分野です。出来る限りのお手伝いをいたしますから頑張りましょう」

「ブリギッド氏、恩に着ますぞ!」

「奴隷紋を刻まれても良いというタニス氏の覚悟を聞かされては、協力せざるを得ません。しかし本当に良いのですか?」


 タニスの覚悟。

 それは魔眼の近くに(はべ)る事ができるなら、魔眼の安全を保障するために、魔術契約により魔眼の奴隷になっても良いという覚悟であった。


 もちろんタニスもブリギッドも『異能者』は魔眼で確定だと思っている。


 魔術契約により奴隷となった者には、主人となった者に服従する強制力が働く。

 服従の強制力の度合いは、主人や奴隷の能力によって振り幅があるが、少なくとも奴隷は絶対に主人を害することが出来なくなる。


 『奴隷魔法』の呼び名で中世では非常によく使われていた便利魔術だが、人間社会で奴隷禁止法が成立している現代においては、風聞に気遣い『使役魔法』の呼称が用いられている。

 現在『使役魔法』の使用にはギルド長の許可が必要とされているが、無許可で秘密裏に使用している者は多く、魔道士ギルドも問題が起こらない限りは積極的な調査はしていない。


「奴隷になるくらいの覚悟がなければ、ハーミアには勝てませぬゆえ」

「それはまあ……たしかに……」


 エーテル防護眼鏡の整備に関する連絡員の名目で、魔眼の近くに魔道士を派遣する考えをギルド長のバジリスクスは一部の古参に漏らしていた。

 バジリスクスが考えるその連絡員の最有力候補は、ヘカテ派の六つ星魔女ハーミアである。


 ギルド会談にて『血の議会』の正体が明らかになり、さらにセプティマスが漏らした情報により彼が魔眼の警備担当であることが判明した。

 ツェペシュを敵視するバジリスクスのライフワークとも言うべきツェペシュ監視網により、現在マークウッド辺境伯の王都屋敷(タウンハウス)にいる吸血鬼の小姓と、警備担当である『血の議会』の特徴が一致している事が解った。

 それらから魔眼の子はマークウッド辺境伯の王都屋敷(タウンハウス)に居ると推測された。


 さすれば魔眼の近くに侍るには、人間の使用人として潜伏できる能力が必要となる。


 これの適任者は現在ギルド会館の管理を任されているハーミアである。

 ハーミアは家事能力が非常に高く、作法にも不安がない。

 下働きだろうが家政婦長だろうがハーミアであれば見事に勤め上げるだろう。

 魔道士としても六つ星の上級魔道士であり実力は申し分無い。


 エーテル防護眼鏡の開発者であるタニスの名が、整備員および連絡員の候補として全くあがらないのは、タニスの能力と日頃の行いに原因があった。

 タニスには家事能力が無く、作法に大きな不安がある事はもちろん、対人関係にも問題が多かった。


 更にタニスには戦争時代に最前線で暴れまくった過去がある。

 殺人兵器である魔力光線砲(エーテルレイガン)の開発者としての悪名も高く、魔物社会では悪い魔女としてその名を轟かせていた。


 一方ハーミアは戦争時代にはその高い管理能力を買われ後方で兵站を任されており、戦闘には一切参加していない。

 そのためマークウッド同盟軍には心象がさほど悪くなく、セプティマス・ファンテイジに気安く声を掛けられる数少ない魔道士の一人だった。

 戦争について理解が深いツェペシュはハーミアを警戒するだろうが、トップであるセプティマス・ファンテイジの心象が良いので有利に事を運べる可能性がある。


「ハーミアには大きな優位性(アドバンテージ)があります。今までの風評もありますし……タニス氏にとってかなり不利な戦いになるでしょう」


「家事も社交もこれから修行いたしますが、にわか仕込みでハーミアに敵わないことは重々承知しておりまする。さすれば勝ちをもぎとるためには、必殺の最強の一手が必要でございましょう。それが奴隷の覚悟なのでございます」


「たしかにそのくらいの事をしないと、ハーミアには敵わないでしょうね」


 足音を忍ばせて、遠巻きにいくつかの気配がずっと二人の後を付いて来ていることなど全く意に介していないかのように、ブリギッドは思案気な顔で夜空を見上げた。


 うすく流れる霧に、月がぼんやりと霞んでいる。


「力の強い者が上に立つという時代は終わりました。今は選挙により代表が選ばれる時代。人気というものは非常に重要です」


 ブリギッドの言葉に、タニスは頷いた。


「推薦を勝ち取るためには、ハーミアには出来ない事を派手にやってみせねばならぬのです。戦力の不利を覆すには、奇策が必要なのです」

「タニス氏が支持を得るために政治的画策をするとは、時代の流れを痛感します」


 ブリギッドは諦めにも似た空虚な笑みを浮かべた。


「魔道士を警戒している吸血鬼ギルドは、異能者の近くに魔道士を置くことに難色を示しましょう。ハーミアであってもツェペシュは拒否する事が予測されるのであります。ですが奴隷の覚悟があるならば、異能者の絶対の安全を保障できますから、許可を得られる可能性は高まりましょうぞ」


「しかしタニス氏、志願して奴隷となる行為は、歓迎されやすくなると同時に自分の身を危険に晒す諸刃の剣です。主人となる異能者が悪い子であった場合、奴隷となってしまっては取り返しがつきません。危険ではありませんか?」

「悪い子の奴隷となり悪事に加担するのであれば、それはそれで愉快な日々が過ごせそうではありませぬか」


 タニスの呑気とも言える発言に、ブリギッドは苦笑した。


「悪い子は奴隷に酷い事をするかもしれませんよ?」

「ヤルダバウト教徒の魔女裁判より酷いことが起こり得るのでありましょうか?」


 タニスとブリギッドはまだ人間であった頃、魔女裁判を経験している。


「たしかに魔女裁判に比べたら大抵の事は大したことがありません。ですが異能者の後ろには吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドがいるので油断はできないでしょう」

「逆に絶対安心なのであります」


 タニスはいかにも楽しそうに軽いステップで歩き、ブリギッドを振り返った。


「吸血鬼ギルドは絶対に反ヤルダバウト教だから安心なのです。ミカヤやプロスペローのような汚らわしい輩は絶対におらぬという安心感がありまする」


 戦争時代の後、魔道士ギルドに加入した魔道士のほとんどがヤルダバウト教徒である。

 魔道士は知識を探求する性質があるが、人間社会では諸国で国教となったヤルダバウト教が近代まで知識を独占していた事に原因があった。

 人として生まれ学問を求めるならば、聖職者を目指さねばならなかったのだ。


 学問のため聖職者を目指したが、しかし司教となれば数々の特権を得られたためその地位に溺れ権威をふるいはじめた、という輩は珍しくない。


 それゆえ魔女裁判を経験した魔女たちは、生前にヤルダバウト教の地位に就いていた魔道士たちを毛嫌いしていた。


「ヤルダバウト教徒がいない部分は吸血鬼(ヴァンパイア)ギルドの美点ですね。徹底した背教主義には羨望を禁じ得ません」


 『吸血鬼(ヴァンパイア)』という呼称は元々はヤルダバウト教が創作した造語であり、東のオルゴス帝国が創作した『串刺し公(ツェペシュ)』という呼称と同じく、かつてのヴァラヒア公ドラキュリアを貶めるための蔑称であった。


 後の世に、ツェペシュと同じくエーテルを吸収する能力を備えた不死者(アンデット)たちを吸血鬼と総称するようになったが、元々はヤルダバウト教が作り上げた架空の背教の悪魔である。

 そのため吸血鬼はヤルダバウト教の光の印に弱いだの、教会には入れないだの、聖典の言葉で撃退されるだのという、ヤルダバウト教が吸血鬼に無双するためのおかしな架空の弱点が人間たちの間には広まっている。


 ツェペシュは自ら組織したギルドを、不死者ギルドでも傭兵ギルドでもなく、吸血鬼ギルドと名付けた。

 それがツェペシュの背教者としての拘りであろう事は、古参の魔道士たちの知るところである。


「背教者ツェペシュがトップに居る限り吸血鬼ギルドに汚らわしきヤルダバウト教徒が入り込むことは無いでしょう。敵ながら清々しい組織であります。しかし御恩のあるヘカテ様を裏切ることはできませぬゆえ、吸血鬼ギルドに(おもね)ることは不可能でした。ですが眼鏡技師としての派遣となれば大手を振って堂々と協力できまする。それに……」


 タニスは三日月型に目を細め、禍々しい笑みを浮かべた。


「異能者の近くに侍れば、ミカヤやプロスペローを火祭りにするチャンスが巡って来るやもしれませぬ」

「おお!」


 ブリギッドは目を見開き、喜色を浮かべた。


「それは大変魅力的ですね! 私もちょっと異能者の奴隷になりたくなってしまいました!」

「な、なんとっ?! まさかブリギッド氏も立候補なさるおつもりか?!」


 はしゃぎはじめたブリギッドに、タニスは慌てふためいた。


「ブリギッド氏を敵に回しては私は完全に不利になってしまいます! 社交を教えて貰えないではありませんか!」

「いえいえ立候補はいたしません。ご心配なく」


 ブリギッドはいかにも楽しそうに、浮かれ顔でタニスに笑いかけた。


「タニス氏には開発者としての優位と奴隷の覚悟が、ハーミアには家事能力の優位と人気があります。私が奴隷の覚悟だけを持って立候補したところで二人には勝てないでしょう。単身で負け戦に乗り出すよりは、タニス氏の後援に回り、勝ち馬に乗る可能性に賭けたいと思います」

「おお! ありがたき幸せ!」

「タニス氏が当選した暁にはぜひ私を優遇していただきたく存じます」

「おまかせあれ!」


 男装の二人の魔女が和気藹々と政治的密約で盛り上がりながら歩く周囲に、敵意を持った不穏な気配が近付いて来る。


「そろそろでありましょうか」

「もう少し明るい場所の方が良いかもしれません。人間は夜目が利きませんから、多少の灯りがある場所で仕掛けてくるでしょう」


 瓦斯(ガス)灯はあれど、人通りのない道を二人は目指す。


 すると歩を進める二人の前方に、人影が飛び出して進行を妨げた。


 それは娼館や舞台酒場(キャバレット)の用心棒としてよくいる類の男たち、荒事を専門に行う雰囲気をまとった大柄な三人の男だった。

 背後にも同じような荒事師たちが三人。

 彼らは今まで忍ばせていた足音をもはや隠そうともせず、ブーツで石畳を踏み鳴らしながら駆け付け、ブリギッドとタニスの退路を断った。


「ブリギッド氏、私にまかせていただけないでしょうか。新作を持って来ているので人間で試してみたいのです」


 タニスがにいっと笑う。


「絶対に殺さないように気を付けてくださいよ。後々面倒な事になります」

「重々承知しております」

「物陰にいる二人は私がやります」

「了解であります」


 ブリギッドとタニスは役割分担のコソコソ話を終えると、男たちに笑顔を向けた。

 すでに周囲をぐるりと囲まれている。


 荒事師たちのリーダー格らしい男が口を開いた。


「お坊ちゃんたち、ちょいと俺たちと一緒に来て貰おうか」


 男は低い声で脅すように言った。


「痛い目見たくなけれりゃ黙って付いて来ることだ」


 タニスがニヤリと邪悪に笑う。


「やれやれ、新世紀派というのは噂に違わぬ不作法者どもですなあ」

「なにっ?!」


 男が少し面食らったような顔をする。

 ブリギッドは平然としているままでタニスに言った。


「この方々は雇われ荒事師です。雇い主が新世紀派であることは知らないかと」

「では話しても無駄という事でありましょうか」

「そういう事になりますね」

「では!」


 タニスは瞬時に風魔法を展開し跳躍した。

 タニスより一瞬遅れてブリギッドも風魔法で跳躍する。


「っ?!」


 男たちの目には、二人が突然消えたように見えただろう。


 跳躍したタニスは空中で体勢を素早く整え、懐から取り出した拳銃型の何かで地上の男たちを狙い撃った。


 ――シュシュシュッ!


 銃声とは違う、くぐもった破裂音が連続して鳴った。

 男たちは雷に撃たれたかのように静止し、その場に崩れ落ちる。


 タニスの高速の射撃に、人間の目にはほぼ全員同時であるかのごとき速さで、荒事師たちは倒れた。


 たんっ、と軽やかに地上に降り立ち、タニスは圧倒的勝者の笑みを浮かべた。


 そして倒れている男たちの生死を確認する。


「生きてる、生きてる……良きかな、良きかな」


「大丈夫ですか?」


 少し離れた建物の影からブリギッドが不安そうな顔でタニスに声を掛けた。


「瞬殺したように見えましたが……殺してませんか?」

「全員生きておりますよ! 瞬殺などしておりませぬ!」

「これは失礼いたしました」


 タニスは風魔法でブリギッドの所へ一歩で駆け寄ると、建物の影で彼女が倒した二人の男を見物した。


「あー、こやつ居ましたなあ、あの店に」


 ブリギッドが倒した男のうち、貧相な身なりの男の顔を見てタニスは言った。

 先ほどの大衆酒場(パブ)で見た顔だった。


「そっちはただの鼠で、雇い主はこちらでしょう。拳銃を持っています」


 もう一人のそこそこ身なりの良い男の上着の中からブリギッドは拳銃を取り出し、指先でくるくる回した。


「さっそく連れ帰り、ギリギリ拷問して吐かせましょうぞ」


 タニスが邪悪な笑みを零す。


「それには及びません。こういった仕事を任されるのは下っ端ですから、大した情報は持っていないでしょう。呪印を付けて泳がせておけば充分かと」


 ブリギッドはすっと人差し指を出すと、拳銃を持っていた男の額に押し付けた。


 魔道士は魔術に長けているが、ブリギッドは魔道士としては珍しく呪術を駆使できる魔女だった。

 ブリギッドとその弟子たちには、施した呪術の印を感知する能力がある。

 印付けは尾行に便利な呪術であった。


 もしファウスタがこの場にいたら、小さな呪印が男の額に貼り付けられる様を視ることが出来ただろう。


「ところでタニス氏、先程の武器が新作と言うやつですか?」

「おお、よくぞ聞いてくれました! そうなのです、新作なのです」


 タニスはぱあっと悪い笑顔を輝かせると、手にした拳銃型の魔道具をブリギッドに見せた。


「名付けて魔力衝撃銃(エーテルショックガン)であります」

「衝撃波が発射されるのですか?」

「人体を傷つけない程度の濃度の低いエーテルを発射します。雷撃魔術を込めればこのとおり衝撃で倒すことができるのであります」

「魔術を装填するのですか? 魔法陣の埋め込みで自動(オート)で発動させるのではなく?」

「はい。安定した破壊力のある凡庸性が高い魔道具は安全保障委員会の認可が得られませんので、術者の魔術に依存した使い勝手の悪い仕様となっております」


「たしかに殺傷能力の高い武器は認可して貰えないでしょうね」

「エーテル武器は全て禁止でありますよ!」


 吸血鬼および魔物たちによる暗がりの森(マークウッド)同盟軍と魔道士ギルドとの間で、エーテル兵器開発禁止の合意がなされている。


「ですから護身用防具として申請しました」

「……防具?」


 ブリギッドはタニスが手にしている武器にしか見えないそれに疑惑の眼差しを向け、首を傾げた。


「……防具と言うにはかなり苦しいのではないでしょうか」


「雷系の魔術を込めると相手をビリビリさせて一瞬怯ませ、逃げる隙を作る護身用防具として申請しました。ちゃんと認可していただきましたよ」

「……よく認可が下りましたね」

「上級魔道士で尚且つ雷系の衝撃魔術が使えねばあの威力にはなりません。連射するには素早く魔術を発動する腕前も必要です」


「ほぼタニス氏専用武器じゃないですか。というか、それなら普通に人間たちが作った拳銃を買ったほうが良くありませんか?」


「拳銃では相手を簡単に殺してしまいますゆえ、殺さぬようにするには腕前が必要となります。銃声も大きく騒ぎになります。魔力衝撃銃(エーテルショックガン)は絶対に殺さぬようにコッソリちゃちゃっと人間を仕留めるには便利な道具なのです。うっかりエーテルを込めすぎて相手を殺してしまう心配もありません」


「なるほど。拳銃型の安全装置のようなものですか。それは便利かもしれません」

「そうなのです。販売を視野に入れて……」


 タニスははっとして言葉を切ると、その場から飛び退った。

 ほぼ同時にブリギッドも飛び、その場から距離をとる。


 二人は上空からの大量のエーテルを察知したのだ。


 ――カッ。


 今までタニスとブリギッドが居た場所のすぐ近くに、巨大な蝙蝠のような黒い影が降り立ち、石畳に軽い靴音を鳴らした。


「魔道士ブリギッド殿、それと……そちらの方も魔道士ですね」


 マント型の外套を翼のようにはためかせ、夜空から滑るように降り立ったのは若い紳士だった。

 マントは古風だが、マントの下は流行の洒落た装いだ。

 少しくせのある薄い金茶色の髪の、整った顔立ちの優男だった。


「ヴァーニー卿、貴方は何か誤解していらっしゃる」


 ブリギッドは攻撃を警戒するように少し身をかがめ、マントの紳士ヴァーニー卿に向かって言った。


「ひとまずその危険なエーテルを収めていただけませんか?」

「この状況で誤解があると?」


 ヴァーニー卿は、軽く両手を広げ、八人の人間が石畳に倒れている状況を示した。

 そして淡々と語った。


「破壊的なエーテルの波動を感知しました。そちらの魔道士の方がお持ちの武器は安全保障条約違反であるとお見受けいたします」


 ヴァーニー卿はタニスの手にしている魔力衝撃銃(エーテルショックガン)を指摘した。


「ご、誤解です!」


 ブリギッドは血相を変えて否定したが、タニスは不快を露わにした。


「はあ? 条約違反などしておりませぬ」


 憮然とした顔でタニスは言った。

 不本意ながら条約を順守し不自由を強いられているタニスにとって、ヴァーニー卿の発言は非常に癇に障るものだった。


魔力光線砲(エーテルレイガン)の使用は重大な条約違反です」

「はっ! 何を戯けた事を! これだから無知は!」


 開発者であるタニスにとって、魔力光線砲(エーテルレイガン)魔力衝撃銃(エーテルショックガン)を混同されることは非常に不愉快な事であった。


魔力光線砲(エーテルレイガン)魔力衝撃銃(エーテルショックガン)の違いが判らぬとはお粗末な感知能力ですなぁ。全然違うというのに、この違いが判りませぬか。摘発だなどと偉そうな事を言っても、間違っておりますから。バカの自己紹介にしかなっておりませぬぞ」

「タ、タニス氏!」


 ブリギッドは慌ててタニスの傍に身を寄せ、小声で忠告した。


「彼はヴァーニー卿です!」

「はあ? 誰ですかそれは」


 憤慨しているタニスは、はばかることなく堂々と声をあげた。

 ブリギッドは表情を強張らせ、小声で更に忠告した。


「彼は吸血鬼ギルド王都(タレイアン)支部の副長です!」

「このチャラチャラした頭の悪い小童(こわっぱ)が? 副長ですと?」


 タニスは見下すような半目でヴァーニーを不躾に指差し、ブリギッドに問った。

 ブリギッドは表情を凍り付かせ、無言で何度もタニスに頷き肯定する。


「はん! そういえば聞いたことがありますな、吸血鬼ギルド王都(タレイアン)支部には事務処理ができない頭の悪い副長がいると!」


 失礼な発言を繰り返し、指差ししているタニスに、ヴァーニーは呆れ返ったような半笑いを浮かべじっとりした視線を向けた。


「ああ、タニス氏……」


 ブリギッドは社交的な大惨事に、両手で顔を覆った。

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