519話 久しぶりの心霊探偵社
「超能力って……」
ユースティスは少し戸惑っているような、珍しくぎこちない笑顔でファウスタに語り掛けた。
「……ファウスタは、超能力の何を研究したいの?」
「解りません」
しゅんとしてファウスタは答えた。
「私はまだ超能力をよく知らないので、何からお勉強すれば良いか解らないのです。タロット占いの練習が超能力の訓練になるとお嬢様から教えていただいたので、タロット占いの練習はしていますが……。院長先生は、私の超能力は過去知だとおっしゃっていました。研究するにはどうすれば良いでしょうか」
「……」
ユースティスは半ば呆気にとられたような微妙な表情のまま沈黙していたが、やがて口を開いた。
「研究をするには、研究のテーマを決めなければならない。超能力というだけでは範囲が広すぎるから、まずは超能力の何を研究するのか的を絞る必要がある」
「超能力に何があるのかも解らないのです」
「何が超能力なのかを調べるのも研究のうちだよ。今、超能力と言われているものは、誰かが超能力と名付けて分類したものだ」
ユースティスはすらすらと解説した。
「どんな超能力があるかを調べて、分類してまとめるのも研究だ」
「どうやって調べれば良いですか?」
「……とりあえず、超能力が解説されている本を見繕っておくよ。それを読んで、超能力と言われている能力を頭に入れて、そこから自分がもっと調べたいことや疑問に思うことを追及して行けば良い」
「……!」
何をどうすれば良いか解らなかった超能力の研究が、まず本を読んで調べるという具体的な形になった。
読む本はユースティスが選んでくれるという。
ユースティスに相談したらあっという間に解決してしまった。
(ユースティスさんはやっぱり頼りになるのだわ)
「シャールラータンさんとは探偵社でお話しをするのですか?」
ファウスタを乗せた馬車は、レグルス心霊探偵社が入っている建物の近くで停まった。
レグルス心霊探偵社は営業を終了したが、事務室などはまだそのまま残っているらしい。
ファウスタは認識阻害のマントを羽織り、ユースティスと一緒に探偵社を目指して裏路地を歩いた。
ファウスタが掛けている眼鏡は厳つい保護眼鏡ではなく、普段使い用の丸眼鏡だ。
タニスが新しく作成したもので、右目でエーテルが少しだけ見えるように調整された丸眼鏡だった。
エーテルが少しだけ見えるので、ファウスタは認識阻害のマントやそれを着た魔物たちの姿を見ることができる。
「シャールラータンは、ファウスタに直接聞きたい事があるらしい。内容はファウスタ本人にしか話せないと言っていて、あらかじめ聞くことはできなかった。だから僕が姿を隠して同席して、彼の質問にどう答えるかを指示する」
ファウスタはユースティスに連れられ、三階に探偵社のある煉瓦造りの建物に裏口から入った。
珈琲の香りが鼻をくすぐる。
一階にある珈琲館から漂ってくる珈琲の香りだ。
ユースティスとともに建物に入ったファウスタは、三階へ続く階段を上った。
「ファウスタ様! お待ちしておりましたぞ!」
「ユースティス様、ファウスタ様、ごきげんうるわしゅう」
三階の廊下には、タニスとプロスペローが満面の笑顔で待ち構えていた。
「ファウスタ様、お悩みがおありでしたら、このタニスに何なりとご相談くだされ!」
まるでファウスタに悩みがあることを見抜いているかのように、唐突にタニスが言った。
タニスに負けじとプロスペローもファウスタに言った。
「ファウスタ様、お困りのことがおありでしたら私がお力になります。私めに何でもお申し付けください」
「二人とも、下がれ」
ユースティスが厳しい表情でタニスとプロスペローに言った。
「君たちの今日の仕事はファウスタの護衛だ。余計な私語は慎みたまえ」
吸血鬼エヴァンズの正体にシャールラータンが感付いていたという報告を受け、シャールラータンがただの人間ではなかった場合の万が一の事態に備えて、タニスとプロスペローはファウスタの護衛として呼ばれていた。
「ファウスタ、久しぶりですね。元気でしたか?」
ファウスタは三階の一室で焦がし砂糖色の髪の吸血鬼のメイド、コニーに霊能者としての身支度を整えてもらうと、探偵社の事務室に行った。
そこには先に事務室へ行っていたユースティスたちと、金茶色の髪の吸血鬼ヴァーニーがいた。
「ヴァーニーさん、お久しぶりです」
「今日は私が付き添い役として同席します」
ファウスタがヴァーニーと挨拶をした後、少しの雑談をしていると、事務室の扉がノックされた。
ヴァーニーがノックに答えると、扉を開けて顔を出したのはファウスタと同い年くらいの少年だった。
ファウスタは知らなかったが、屍鬼の少年カイルだ。
(子供だわ!)
探偵社に子供がいたことにファウスタは軽く驚き、興味津々でカイル少年を見た。
「シャールラータン氏が到着いたしました。お通ししてよろしいでしょうか」
カイル少年はシャツにベストというきちんとした格好で、いっぱしの使用人ぶりでそう報告した。
「通せ」
ユースティスがそう言うと、カイル少年は恭しく礼をとった。
「かしこまりました」
カイル少年が退室すると、ファウスタは好奇心を押さえきれずにヴァーニーに質問した。
「探偵社に子供がいたのですか?!」
「彼は子供の姿をしていますが、ファウスタよりずっと年上ですよ」
「吸血鬼なのですか?!」
「いいえ。彼は屍鬼です」
――珈琲館『吸血鬼の巣』。
そこではぱりっとした身なりにエプロンを付けた初老の店主が、使い走りらしき少年から報告を受けていた。
少年から報告を聞き終わると、店主は顔を上げ、口髭のある紳士に言った。
「どうぞこちらへ。ご案内いたします」
「あ、ああ……」
少し語尾を震わせながら、店主に答えた口髭のある紳士は、有名霊能者シャールラータンだ。
シャールラータンはひどく顔色を悪くしていた。
シャールラータンは命の危険に晒されながら恐ろしい地獄を歩くかのように、蒼白な顔で、店主の後について階段を上った。
「……っ!」
階段を上り三階に至り、廊下を少し進んだところで、シャールラータンは足を止めた。
驚愕なのか恐怖なのか、シャールラータンの目は見開かれている。
「どうかなさいましたか?」
穏やかな笑顔を浮かべた店主が、振り向いてシャールラータンに尋ねる。
シャールラータンは顔面蒼白で固まり、額に脂汗をにじませていたが、悪夢を追い払うかのように頭を振ると、顔をあげた。
「少し、眩暈がしただけだ。何でもない……」




