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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第6章 大占い師と予言の詩

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518話 散りゆく宮廷魔術師

「宮廷魔術師が今でもいるのか知りたいのです」


 ユースティスの作り物めいた笑顔に慄きつつも、ファウスタはプロスペローと話したい理由を説明した。


「プロスペローさんは宮廷魔術師だった人なので、宮廷魔術師についてご存知ではないかと思うのです」

「宮廷魔術師に興味があるの?」

「はい」


 ファウスタはユースティスに、オクタヴィアから聞いた宮廷魔術師の話をした。

 現代の宮廷魔術師は、天文官であるらしいことも。


「王立天文台の秘密の部署って、過去の文献が保管されている蔵書室のことじゃないかな。古い時代に宮廷魔術師たちが行っていた占星術の文献もそこに保管されているから、オカルト専門誌でたまに取り上げられている。宮廷魔術師はとっくに廃止されたから、今はいないよ」


 ユースティスはさらりと、宮廷魔術師がいないことをファウスタに告げた。


「……っ!」


 ファウスタは衝撃を受けた。

 宮廷魔術師が存在する前提で人生設計をしたファウスタは、宮廷魔術師がいるような気がしていたからだ。

 存在しない可能性に気付いていながらも、心では存在すると思っていたのだ。


「……宮廷魔術師は、い、いないのですか……?」

「うん、いないよ」

「表向きは天文官ではないのですか?」

「天文官はみんな科学者だよ。国防のための魔術儀式は伝統行事として引き継がれているけれど、儀式を行っているのは天文官じゃなくて式部官」

「しきぶかん……」

「伝統行事は式部卿の管轄なんだ」

「……」


(終わったのだわ……)


 宮廷魔術師が存在しなければ、ファウスタは天文官になれない。


 ファウスタが考えに考え抜いた、霊視で官職に就く人生設計は、根本の大前提が破壊され、木っ端微塵に砕け散った。


 ファウスタはがっくりと肩を落とした。


「随分とがっかりしているようだけれど、どうかしたの?」


 ユースティスが少し不思議そうな顔をしてファウスタに問いかけてきた。


「宮廷魔術師がいないと、困る事でもあるの?」

「はい……。私の人生が……困るのです……」 


 すっかり気が抜けて、しぼんだ風船のようになったファウスタは、ユースティスに問われるがままに、用済みの瓦礫の山となった人生設計について何もかもを語った。


「ファウスタは安定した収入が欲しいだけで、宮廷魔術師になりたいわけじゃないんだろう?」


 ファウスタが考えた人生設計の話を少し面白そうに聞いていたユースティスが、ファウスタの悩みの核心の近くを突いた。


「宮廷魔術師が官職じゃなければ興味はなかったんじゃないの?」


「はい……。お役人になれば一生安泰だから、仕事にしようと思ったのです」


「世の中には、やりたいことと仕事が別の人も大勢いるけれど。ファウスタは、まずは、自分がやりたいことを探すべきなんじゃないかな」


 ユースティスは優しい笑顔を浮かべた。


「ファウスタはもうお金は充分稼いだんだから、純粋にやりたいかどうかで考えたほうが良いよ」

「で、でも、四万ドログじゃ足りないのです。ピコが計算してくれて、四万ドログでは家を買っても二年しか生活ができないと解りました。税金もかかるのだと。だからまだ今は家は買わないことにしましたが、将来のために、私は安定した収入がある仕事を探さないといけないのです……」

「……うん?」


 ユースティスは少し首を傾げた。


「ファウスタは『霊能者ファウスタ』の名前の使用をマグス商会に許可して、収入を得ているよ。働いている実感がないのかもしれないけれど」

「……?」

「アルカードさんがファウスタに伝えたはずだけれど……。それも聞いていなかったのか」


 ユースティスは困ったような顔で笑った。


「……え?」


(アルカードさんに会ったのは……家令室……)


 ファウスタは思い出した。

 最近アルカードに会ったのは、呼ばれて家令室へ行ったときだ。

 そのとき四万ドログの収入を聞いて、ファウスタは舞い上がっていた。


(……私……アルカードさんのお話を、よく聞いていなかったのだわ……。やっぱり私、ジゼルが言うとおり、ぼんやりしているのかしら……?)


 自分では気づいていなかった自分の残念な一面を知り、茫然としているファウスタに、ユースティスはファウスタが聞き逃していた話を語った。


「マグス商会から、ファウスタの名前を使って新しい商品を出すという知らせがあった。ファウスタにはその商品の権利料が入る」

「新しい商品……」

猫妖精(ケットシー)の模型を作るらしいよ」


(タニスさんが着ていた、あれかしら……)


 慰霊祭の日に、動物のかぶりものをして、屋根の上でぴょんぴょん跳ねていたタニスの姿をファウスタは思い出した。

 タニスのその仮装は、二足歩行する猫に見えなくもなかった。


(あのタニスさんの姿の模型を作るのかしら。……売れるのかしら……?)


「それにファウスタは、これから、お嬢様とピクシー先生と一緒にタロット・カードを作ってマグス商会で売るんだろう? 近々話し合いがあると思うけれど、おそらく販売されることになるから、その収入もあるよ」


 ユースティスはにっこりと微笑んだ。


「ファウスタは収入はあるんだから、自分がやりたいことをゆっくり考えて選ぶだけの時間と余裕はある。焦る必要はない」


「でも……、ジゼルとピコは自分に合った目標をもう見つけていて、計画を進めているのです。私も、早く目標を探さないと……」


 親友たちに置いていかれたような、このままではいられないような焦る気持ちを、ファウスタはどうにか説明しようとした。

 そんなファウスタに、ユースティスはゆったりとした態度で言った。


「ファウスタは一番身近な同年代がジゼルとピコだったから、気付かないんだろうけれど……」


 ユースティスは少しだけ困っているように苦笑した。


「あの二人は、他の同年代の子たちよりずっと大人びている。ファウスタくらいの年齢だと、なりたいものがある子はいるだろうけれど、あの二人みたいに現実的かつ実行可能な具体的計画を立てている子供は滅多にいないよ」


 ユースティスは感心するようにして言った。


「ジゼルは人脈作りに重点を置いている。目の付け所が良い。『黄金の鹿』には料理人として将来有望な若者が集まるし、サー・ロジャーは上流階級との付き合いがあるから、あそこで修行すれば良い出会いを得られる。騎士爵はどうかと思うけれど、成功するための確率の上げ方としては間違っていない。ピコは何になるか決めていないとは言っても、幾通りかは考えているはずだ。学位を取れば官職も目指せるし、そのまま勉強を続ければ学者にもなれる。大学には貴族の子弟や、将来上級職に就く者たちが集まるから、良い出会いがあって後援者を得られれば議員も目指せる」


「……」


 ユースティスの口ぶりから、ジゼルとピコが将来に向けて着実に歩んでいることが知れて、ファウスタは絶句した。


「あの二人は他の子供たちより早熟で珍しいタイプだ。特にピコは稀に見る賢い子だよ。彼らが先を行きすぎているだけで、ファウスタが遅れているわけではないから、焦る必要はないんだよ」


(や、やっぱり、二人はもう大人の道を歩いているんだわ……! 私はすっかり置いて行かれてしまっている……!)


 ユースティスの言葉は、ファウスタを余計に焦らせた。


「な、何か、私の霊視を生かせる仕事は、宮廷魔術師の他にないでしょうか?!」


 悲愴な顔でファウスタが問いかけると、ユースティスは思案気な顔をして、しばし沈黙した。


「……」


 ファウスタはまだ知らなかったが、魔道士ギルドには、ギルド長であるバジリスクスを筆頭に、魔術の才を生かして時の国王に仕えていた者がプロスペロー以外にも何人もいた。

 魔道士ギルドの表の顔であるマグス商会は、魔道士の得意分野を生かした商売をしているため、ファウスタの霊視の才を生かす仕事を提供できる商会だった。


 ファウスタのこの相談事は、魔道士たちの得意分野なのだ。


 もしファウスタがこの相談を魔道士に持ち掛ければ、魔道士たちは嬉々として飛びつき、ファウスタに助力しつつ魔道士側に誘導するだろうことが予想された。


 ユースティスはファウスタの護衛担当として、ファウスタが魔道士に近付かないよう働きかける必要があった。

 人間に強制することは魔物たちの条約で基本的には禁止となっているので、ファウスタが自らの意思で魔道士に協調した場合、それを阻止することは難しくなる。

 盟主代理であるティムの命令があれば条約に融通を効かせることはできるが、ティムは都合よく動くとは限らず、そればかりか最低限の常識的行動すら望めない。

 過日、ティムは魔道士の口車に乗り、ファウスタを魔道士ギルドに入会させようと言い出したほどの非常識だ。

 ゆえにユースティスは、不確定要素であるティムをいつも戦力からは除外して考えを組み立てていた。


「……ファウスタは、やりたいことはまだ見つけていないんだろう?」

「……はい」


 ファウスタの淀んだ返事に、ユースティスはにっこり微笑むとファウスタを諭した。


「冷静に考えてごらん。ファウスタは今のままで充分に稼いでいる。仕事を得る必要があるのは、収入を得るためだから、すでに収入を得ているファウスタは慌てて別の仕事を探す必要はない。それとも、今の生活に何か不満があるの?」

「いいえ。でも……」


 ファウスタは今すぐにでも霊視を生かせる仕事を探したかった。

 だがユースティスは落ち着いた穏やかな声で、焦っているファウスタの核心を的確に突いて言った。


「ジゼルやピコに後れをとりたくないのかもしれないけれど。ジゼルもピコも、あと四年は使用人としてお屋敷から動かない。四年の間は同じ使用人のままだから、ファウスタがジゼルやピコに後れをとることはない」


「四年……ですか?!」


 四年という具体的な数字に面食らっているファウスタに、ユースティスはすらすらと説明した。


「大学に入学できるのは十五歳からだから、いくらピコが優秀でも十五歳にならないと大学には行かれない。それに学費の問題もある。援助がなければピコが十五歳で大学に入学することは不可能だ。ジゼルが見習いから厨房女中(キッチンメイド)に昇格するには二年ほど必要だ。ハミル夫人の推薦で『黄金の鹿』に修行に行けるのは、厨房女中として一通りのことを学んでからだから、最低でも二、三年は厨房女中として働くことになる。だからジゼルもピコも、よほどの幸運があったとしても、あと四年は確実にお屋敷の使用人として働き続けるよ」


 ユースティスは朗らかな微笑をファウスタに向けた。


「ファウスタがやりたいことを探す時間はたっぷりある。僕も協力するから、何でも相談して」


「何でも……相談して良いのですか……?」


 おずおずとそう言ったファウスタに、ユースティスは少女人形のような花の(かんばせ)で頷いた。


「うん。何でも相談して良いよ。そういえば、心霊探偵の仕事が終わってから、話す時間が取りにくくなったね。新しい連絡手段を考えておこうか?」

「あ、あの……」


 ファウスタはユースティスの顔色を伺うようにして、思い切って相談を切り出した。


「超能力の研究って、どうやれば良いでしょうか」


「……え?」


 ユースティスが笑顔のままで一瞬固まった。

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