516話 暗中模索(1)
(やりたいことが見つかるまで、貯金と勉強……)
一日の予定を終えたファウスタは、自室の物書き机で日記帳を前にして、ジゼルとピコと過ごしたお茶会で聞いた話を思い返していた。
心霊探偵として魔物たちと浮世離れした日々を送っていたファウスタとは違い、ジゼルとピコは地階で使用人見習いとして過ごしていた。
賢いジゼルとピコは、大人たちとの会話や仕事を通じて人間社会の知識をたっぷりと吸収していた。
そんな二人との会話は、ファウスタを大いに刺激した。
(ピコは学位を取ったら、議員になるのかしら?)
ピコは大学入学資格試験を目指して勉強している。
学位を取った後に何になるかはまだ決めていないと言っていたが、ジゼルはピコに議員になれば良いと薦めていた。
ピコはジゼルの提案に難しい顔をしていたが、ファウスタもピコなら議員になれるのではないかと思っている。
(議員になれれば準男爵なのだし……)
イングリス王国では、議員として当選した庶民は準男爵となる。
宮殿には身分を持たない者は入ることができないが、議会が開かれる議事堂はレツニム宮殿であるためだ。
宮殿である議事堂へ入るため、議員になった庶民には皆、一代限りの準男爵の身分が与えられるのだ。
(ジゼルが騎士爵になって、ピコが準男爵になったら……)
ファウスタの頭の中に、想像による未来の風景が浮かんだ。
有名料理人となったジゼルは、騎士爵になり、即位記念祭のパレードで颯爽と馬に乗り、サー・ロジャーたちと共にマントをひるがえしながら行進している。
議員になったピコは、上級階級の紳士のように絹製の高帽子をかぶり、丈の長い外套を着て、ステッキを持っている。
そしてファウスタが出会った大臣や王都知事のように、護衛や従者を引き連れて威風堂々と街を闊歩している。
そして大人になったファウスタは、肉詰めパイをもりもり食べている。
(ち、違うわ……! 私の将来は肉詰めパイを食べるだけじゃない。肉詰めパイは好きだけれど、そういうのじゃない。将来、どんな大人になるかを考えないと……!)
ランプの光で照らされている物書き机の上で、羽根ペンを持つファウスタの手はずっと止まっていた。
ファウスタの頭の中では、新しい知識と発見と、それらによる新しい未来の想像図とが、大混雑を起こしていた。
考え事に気を取られて、宿題の日記を書く作業はなかなか始まらない。
ランプのオイルがじりじりと燃えて減っていく。
(宮廷魔術師になったら……)
宮廷魔術師として天文官になれば、騎士爵になったジゼルと、準男爵になったピコと並べるような気がした。
(宮廷魔術師になれれば、天文官だから名誉だし、お役人だから一生安泰よ。でもそれは……)
ジゼルとピコは自分で考えて、それぞれが自分で目標を決めて歩いていた。
ファウスタが二人と並ぶためだけに宮廷魔術師になる道を選ぶのは、二人の背中を追いかけているだけだ。
もしジゼルとピコがずっとこの屋敷で使用人のままでいるなら、ファウスタもこの屋敷でメイドのままでいて、宮廷魔術師になろうなんて思わないのだから。
(……宮廷魔術師は、ジゼルやピコと並ぶためだわ。それはジゼルやピコみたいな自分の目標とは違う)
ファウスタは親友のジゼルとピコと一緒に、三人で幸福に暮らすために家を買うことを目標にしていた。
言い換えればファウスタの望みは、ジゼルとピコと一緒に暮らすことだった。
だが二人は自分の目標を見つけ、ファウスタを置いてどんどん先に歩いて行ってしまっている。
(大人になったら、何でも自分で考えて、自分で決めなければならないのだもの。ジゼルとピコはもう大人の道を歩いているんだわ。私も自分で考えて、自分で決めなければ……)
ファウスタは羽根ペンを置いて、日記帳のページをめくった。
(私がやりたいこと……)
自分が本当にやりたいことのヒントがあるかもしれないと、ファウスタはいつも自分の気持ちを綴っていた日記帳を最初のほうからざっと読み返してみた。
――最初のほうは、食べ物のことばかり書かれていた。
「……」
(ポラック先生に、お食事以外のことを日記に書くようにって言われたっけ……。でもお肉もお魚も美味しいから食べたい。ふわふわの焼き菓子も、固焼きパンも、全部美味しい。これは私の本当の気持ちなのだわ)
自分の本当の気持ちが、食べ物についてのことばかりで少しがっかりしながらも、ファウスタは日記のページをめくっていった。
(ロスマリネ侯爵様のように、子供の労働者を守る法律が作れたら良いけれど……)
そのページには、ロスマリネ侯爵邸で呪い掃除をした日のことが綴られていた。
まだジゼルとピコが孤児院にいたころだ。
子供の労働者を守る法律があれば、ジゼルとピコを救うことに繋がると知り、ファウスタはその法律を作ろうとしていたロスマリネ侯爵を助けたかったのだ。
ロスマリネ侯爵のように、自分にも子供のための法律を作れる力があったら良いのにとファウスタは思った。
ファウスタやジゼルやピコや、孤児院のみんなが、過酷な労働や貧民街の恐怖に怯えずに暮らせるような、平和な世の中になる法律が作れる力があったらどれだけ良いだろう。
だがそれはファウスタには不可能だ。
(女の子は議員になれないもの)
イングリス王国はもちろん諸外国でも、議員になれるのは男性だけだ。
(それに、大学入学資格試験は、私には無理だわ……)
ピコが勉強している中等教育の教科書を少し見せてもらったが、ファウスタにはさっぱり解らずちんぷんかんぷんだった。
頑張って勉強したとしても、ピコに追いつける気がしない。
そもそもピコはファウスタより一歳年下なのに、あんな難しいことを勉強しているのだ。
幼いころから賢かったピコの頭脳は、最初からファウスタとは出来が違う気がした。
(ピコみたいに頭の良い子が大学入学資格試験を受けて、議員になるんだわ。若様も難しいお話しをしていた……)
大学入学資格試験に合格したマークウッド辺境伯令息オズワルドが、オクタヴィアと即位記念祭や王位継承権の話をしていたとき、ファウスタはその場で聞いていたが、難しい歴史や法律の話でファウスタにはほとんど意味が解らなかった。
(もし女の子が議員になれたとしても私には無理ね。お嬢様くらい頭が良くないと……)
ファウスタはさらに日記のページをめくっていった。
(院長先生……!)
そのページには、ラシニア孤児院の元院長ジュード・カニングと別れた日のことが書かれていた。




