513話 白紙の未来
(家を買うだけじゃ駄目なんだ……)
ジゼルとピコを招いたオクタヴィアのお茶会では、テーブルには色とりどりの菓子や軽食が並び、香りの良い紅茶が出されていた。
私室での小さなお茶会とは言え、大貴族の令嬢であるオクタヴィアのテーブルなので、お茶も食器もお菓子も全て高級品。
絵本の挿絵になりそうな素敵なお茶のテーブルだ。
しかしそのテーブルで交わされる会話は、非常に世知辛いものだった。
(ずっと稼げる仕事がないと、お金がなくなって、せっかく買った家を売らなきゃいけなくなるなんて……)
ジゼルとピコの意見を聞いて、ファウスタは愕然とした。
「家を買ったうえでメイドの仕事も続けるなら、買った家は貸家にして家賃収入を得るって方法もあるけど」
ピコが眉間に皺を寄せて言った。
「それをやるなら大人相手に交渉や契約をしなきゃいけない。信用できる大人に後見人になってもらわないと無理だと思うよ」
「そうね」
ピコの意見に、ジゼルがうんうんと頷いた。
「ファウスタは騙されやすいもの。交渉なんかしたら、悪い大人に良いように騙されて、家もお金も全部取られてしまうかもしれないわ」
「……っ!」
ファウスタはピコとジゼルの指摘に思い当たることがあった。
ファウスタは霊能者としてマグス商会と専属契約をしたが、交渉の場となったバジリスクスのお茶会にはユースティスが付き添ってくれていて、契約の場にはアルカードが付き添ってくれた。
ピコが言うように、頼りになる大人がいなければ出来ないことだ。
交渉や契約がちんぷんかんぷんなファウスタは、騙されてもきっと気付かない。
大きな買い物をするならマークウッド辺境伯夫人ヴァネッサに相談するようにと、ポラック夫人に助言されたことの意味を、ファウスタは改めて理解した。
ファウスタは魔眼で魔物の正体を見抜くことはできるが、詐欺師を見抜ける眼力は無いのだ。
(詐欺師を見抜ける方法があったら良いのだけれど。振り子占いで詐欺師が解らないかしら)
ジゼルとピコの話を聞いてファウスタが考え込んでいると、オクタヴィアもお茶のカップを置いて話し始めた。
「ファウスタはとりあえず、大人になるまでは今のまま、うちで生活していたほうが良いんじゃないかしら。うちなら使用人も大勢いるし、門番も従僕たちもいるから強盗に襲われる心配はないわ。それとも、ファウスタには、急いで家を買わなきゃいけないような理由が何かあるの?」
「……いいえ……」
ファウスタがそう答えると、オクタヴィアは朗らかに微笑んだ。
「だったら家の購入は大人になるまで待ったほうが良いわ。それに、ほら、来年になれば、ね……」
オクタヴィアはファウスタに意味深な視線を送り、給仕として立っているデボラに気付かれない角度でファウスタに片目を瞬いてみせた。
「もしかしたら、来年になったら、ファウスタに新しい仕事があるかもしれないじゃない?」
(! ……サロンかしら?)
オクタヴィアの秘密の計画を知るファウスタは、オクタヴィアの視線だけの無言のメッセージを受け取った。
オクタヴィアは来年、十五歳になったら、占いサロンを開いてお金を稼ぐことを計画していて、ファウスタはその計画に協力すると約束している。
(そうだわ。来年になったら私はお嬢様と一緒にサロンで仕事をするのだわ。それまでにお作法や会話の勉強をしなければ……)
四万ドログの収入を聞いてから、ついに夢が叶うと舞い上がっていたファウスタは、少し頭が冷えて来た。
今すぐに家を買って引っ越したら、メイドの仕事ができなくなり失業するので、新しい仕事が見つからなかったら二年くらいしか生活が続かず、お金がすっからかんになって家を売ることになる。
孤児が仕事を見つけるのは難しいと、ファウスタの大恩人のカニング元院長が言っていたので、この屋敷のメイドほど良い仕事はきっとなかなか見つからない。
それにファウスタは、家を買ってジゼルとピコと三人で住みたかったが、ジゼルとピコは失業を望んでいないので、ファウスタと一緒に引っ越して失業をするという選択はしないだろう事が二人の意見から解った。
家を買っても失業したらその先がないことをファウスタに説明してくれた賢いジゼルとピコが、愚かな選択をするわけがない。
その一方で、今のままこの屋敷でメイドとして過ごせば、失業はせず、貯金は減らず、色々な事を学べるうえに、毎日美味しい料理も食べることが出来て、ジゼルとピコも一緒だ。
(今は、このままのほうが良いのだわ。ジゼルとピコも一緒で、こうして話す事だって出来るのだもの)
ファウスタは知らなかったが、ファウスタとの関係を盤石にするためにジゼルとピコをこの屋敷の使用人見習いにしたのはオクタヴィアの計略だった。
かつてオクタヴィアが置いた駒が今、ファウスタをこの屋敷に留めていた。
それはオクタヴィアの予想外の作用で、オクタヴィア自身も自分が打った手が作用していることに気付いてはいなかったが、確かに有効な一手だった。
もしジゼルとピコが今でも孤児院にいたら、ファウスタはジゼルとピコを呼び寄せるために後先考えずに家を買っていたかもしれないし、孤児院にいた時点ではお先真っ暗だったジゼルとピコはファウスタの話に乗ったかもしれない。
ファウスタを孤児院から引き抜いたマークウッド同盟の盟主代理ティムは、ファウスタのメイドになりたいという希望に軽く応じたのと同じく、ファウスタが家を買って親友たちと住みたいと言えば軽く賛成して周囲を振り回したかもしれない。
しかしオクタヴィアがかつて打った手により、ジゼルとピコはこの屋敷の使用人見習いとなり、知らずにファウスタを引き留める役割を果たしていた。
(それにメイドを続ければお給金が入るから、貯金はこれからも増えるのだわ)
冷静さを取り戻したファウスタは金勘定をした。
「しばらくは今のままで、家を買うかどうかは、将来の見通しが立ってからにしたほうが良いんじゃないかしら?」
オクタヴィアにそう言われ、ファウスタは頷いた。
「はい、お嬢様。私は今のまま、ここでメイドを続けます。家を買うのは、もっとよく考えてからにします」
ファウスタがそう答えを出すと、オクタヴィアはほっとしたように表情を緩ませた。
ジゼルとピコは当然だとでも言うような顔で頷いた。
「もし私が四万ドログ持っていたとしても、今は使わないわね」
ジゼルが野望に瞳を輝かせてファウスタに言った。
「私が大金を賭けて勝負に出るのは、一人前の料理人になって自分の店を持つときよ。そのときまで無駄遣いせずに軍資金を貯めておくの」
ジゼルが将来の計画を語ると、ピコも生真面目な顔で頷いた。
「僕も、お金を使うとしたら大学に行くときだな。学位は取りたいから。学費が必要になるときに備えて今から貯金してる。ファウスタも将来やりたい事のためにちゃんと資金は温存しておきなよ」
(私が将来……やりたい事……)
ピコの言葉に、ファウスタははっとした。
「ジゼルもピコも目標があるのね」
オクタヴィアは感心するようにそう言うと、目を輝かせてファウスタに質問した。
「ファウスタはもう霊能者になるという目標を達成してしまったけれど。ファウスタの次の目標は、宮廷魔術師かしら?」
「え……」
オクタヴィアの問いかけにファウスタは固まった。
突然現れた巨大な疑問符がファウスタに言葉を失わせた。
(私の、目標……。何だろう……)




