503話 観覧に集まった人々
「失礼。その箱を改めさせていただきたい」
霊能クラブの有閑紳士ロット卿は、同じクラブの会員であるロスマリネ侯爵とルース子爵とともに慰霊祭の観覧のために警視庁前へと繰り出していた。
警備は厳重で、警視庁前へ行く通りには警官が立ち、通り抜けをしようとする者たちに対して簡易身体検査を行っていた。
木箱を持っていたロット卿とロスマリネ侯爵の近侍は警官に止められ、丁寧な口調での尋問を受けた。
「これは空箱だ。観覧のときに足場に使おうと思ってね」
「ふむ。空き箱ですな。ご協力ありがとうございます。どうぞお通りください」
警官の検査に合格したロット卿たちは、人の流れに沿って警視庁の方向へと歩き出した。
警視庁前の通りは、馬車は通行止めになり、物売りたちは追い払われている。
「さすがに警備が厳重だね」
ロット卿がそう言うとロスマリネ侯爵がしかつめらしい顔で答えた。
「業者組合会館で暗殺未遂事件が起ったからな。事件が再び起こらないとも限らない。新しい警視総監の面子にも関わることだから、何としても事件の発生は阻止したいところだろう」
「たしかに、就任早々に暗殺事件が起ったら、新しい警視総監サザランド氏は面目丸つぶれになりますね」
ロット卿が考えるような顔で言うと、ルース子爵は世を嘆くかのように眉を下げた。
「いやはや、物騒な世の中になったものです。子供たちの間にまで物騒な歌が流行している始末です」
「王冠の歌のことかね?」
ロット卿が尋ねると、ルース子爵は頷いた。
「はい。私はあの歌の流行は何かの心霊現象ではないかと思っております」
「ジョニーさんのおかげでさあ」
警視庁前へと続く通りで、警察の簡易身体検査に合格したダフはほっと息を吐いた。
「いつもの服で来てたら、あっしも危なかったでやんす」
警官に追い払われた貧相な男をちらりと見やって、ダフは言った。
人間でありながら魔道士プロスペローの弟子の身分を貰ったダフは、同じくプロスペローの弟子であるジョニーとともに慰霊祭の観覧に来ていた。
ダフはジョニーから、身なりをきちんとして行ったほうが良いと助言されていた。
ファウスタの護衛としてユースティスが来る可能性が高いが、もしダフのだらしない服装がユースティスに見つかってしまったら、プロスペローが恥をかくことになると言われ、ダフはジョニーの助言に従った。
ダフは前日に風呂に入り、髭を剃り、中流の服装に身を包み、今日という日に挑んだ。
「私もまさかここまで警備が厳しいとは想像していませんでした」
育ちが良く品の良い服装が様になっているジョニーは、周囲を見回しながら言った。
「やはり暗殺を警戒しているのでしょうね」
「おっかねえ話でさあ」
ダフは、亡き親友トンプソン警部補の仕事の完成を見届けるために来ていた。
数々の事件を隠蔽していた警視総監グロスは解任され、新しい警視総監が就任した。
このまま新しい警視総監のもとで警視庁が正常な機能を取り戻せば、トンプソン警部補が手がけた事件は解決となり、彼の無念は晴らすことができる。
今日の慰霊祭は、一連の事件の一つの区切りであると言えた。
「プロスペロー様がいらっしゃいますから。大丈夫ですよ」
大魔術師プロスペローの信望者であるジョニーは、朗らかな笑顔でダフに言った。
「それに先輩方もファウスタ様の大ファンになったらしくて、最近はファウスタ様のことを救世主だって言っているんですよ」
ジョニーが言う先輩方とは、旧プロスペロー派閥である悪魔学研究会に所属する魔道士たちのことである。
「先輩たちのこの催しへの意気込みは相当なものです。何といっても、憧れのファウスタ様がお出ましになるのですから」
ジョニーはキラキラと目を輝かせた。
「きっと凄い舞台になりますよ。楽しみだなあ」
「シリル……。……僕の妹のオクタヴィアだ……」
マークウッド辺境伯令嬢オクタヴィアは、兄オズワルドとともに慰霊祭の観覧をするために聖ハウラ大聖堂の展望台へと行った。
そこでオクタヴィアは、兄オズワルドが待ち合わせの約束をしていたロスマリネ侯爵令息シリルと対面することになった。
オズワルドは何かの修行に耐えているかのような微妙な表情で、妹を親友シリルに紹介した。
「お初に御目文字いたします。マークウッド辺境伯が娘オクタヴィア・ステラ・ファンテイジです」
「え……」
オクタヴィアはシリルに優雅に挨拶をしたが、最初から挙動不審だったシリルは更に戸惑いを見せた。
その日オクタヴィアは、漆黒の装いで、ドレスも帽子も日傘も漆黒だった。
左目には眼帯をしていた。
オクタヴィアのその漆黒の姿を見るなり、シリルは説明を求めるかのようにオズワルドに何度も目線を送った。
「……お初……かな?」
かつてファウスタがロスマリネ侯爵邸を訪れたとき、心霊探偵に変装していたオクタヴィアはシリルと会ったことがあった。
「はい。初対面ですわ」
オクタヴィアはしれっと言った。
「……ロスマリネ侯爵が息子、ペンローズ伯爵シリル・フェリクス・ロスマリネです。以後お見知りおきください」
シリルは気を取り直したように笑顔で自己紹介をした。
「オクタヴィアさん……す、素敵な装いですね」
シリルがしどろもどろにオクタヴィアの装いに言及すると、オクタヴィアは堂々と答えた。
「流行のファウスタ・ドレスですの」
大貴族の子女である三人の後ろには、使用人たちが付き添っていたが、ロスマリネ侯爵家の使用人たちの問いかけるような眼差しに、マークウッド辺境伯家の使用人たちは少し申し訳なさそうに曖昧に笑って見せた。
「なんて素敵なご令嬢なのかしら」
シェリンガム伯爵の孫娘ラヴィニアは、使用人たちに付き添われ、慰霊祭を観覧するために聖ハウラ大聖堂の展望台へと来ていた。
そこでラヴィニアは、展望台でひときわ目立っている漆黒のドレスの令嬢を見つけた。
「ファウスタ・ドレスを見事に着こなしていらっしゃるわ」
魔法少女ファウスタの影響で少女たちに黒いドレスが流行していることをラヴィニアは知っていた。
ラヴィニアも流行の情報を集めて黒いドレスを仕立てたが、外へ着て行く勇気はまだなかった。
「あんなに堂々としていらっしゃって、なんて見事なご令嬢かしら」
「恐れ入ります、ご令息方、ご令嬢」
オクタヴィアたちに、卑しからぬ身なりの男が話しかけてきた。
「私はシェリンガム伯爵家の使用人でございます。我が家のお嬢様が、そちらのご令嬢とぜひお話しをなさりたいと希望しておられます。お付き合いいただければ幸いに存じます」
シェリンガム家の使用人と名乗った男の後ろでは、オクタヴィアと同い年くらいの令嬢が目をキラキラと輝かせて、オクタヴィアを見つめていた。
シェリンガム伯爵家の家名に、オクタヴィアは少し目を見開き、オズワルドとシリルは目配せをしあった。
「よろしくてよ」
オクタヴィアはシェリンガム伯爵家の使用人の申し出を快諾すると、オズワルドを振り向いた。
「ね、お兄様、良いでしょう?」
「あ、ああ。僕はかまわないけど……?」
オズワルドは釈然としないような表情を浮かべながらも了承をした。
「マークウッド辺境伯家のご令嬢だったなんて!」
オクタヴィアが自己紹介をすると、ラヴィニアは驚いたように声を上げた。
「ファウスタ・ドレスをあまりに見事に着こなしていらっしゃるので、どちらのご令嬢かと思いましたのよ」
「ファウスタのドレスは拙宅の侍女が作成したものです。私のこのドレスも同じ侍女に作らせましたの」
「とても神秘的で、本当に素敵ですわ」
オクタヴィアとラヴィニアは、ファウスタとその漆黒の衣装の話で意気投合した。
「お話し中、失礼」
高揚した調子で歓談を続ける少女たちに、オズワルドは声を掛けた。
「慰霊祭が始まるみたいだよ」




