502話 慰霊祭の日
慰霊祭が行われる日曜日の朝。
ファウスタは目覚めると、部屋靴を履いて窓辺へと歩いた。
(とっても良いお天気だわ)
カーテンを開けて窓の外を見ると、空は雲一つない快晴だ。
(本当に魔法で……出来るのかしら)
慰霊祭の日に魔物たちが行う演出について、ユースティスから説明を受けていたファウスタは窓から青空をぼんやりと見上げた。
「私たちも早めに出発することにしたの」
朝食の席で、オクタヴィアは慰霊祭について語った。
「楽しみだわ」
オクタヴィアは兄オズワルドと共に、聖ハウラ大聖堂の展望台から、警視庁前で行われる慰霊祭を観覧することになっていた。
聖ハウラ大聖堂の展望台にはすでに従僕が行っていて、場所取りをしているとのことだ。
「また怪奇現象が起らないかしら」
オクタヴィアは期待に満ち溢れた笑顔を浮かべた。
(起こるのだわ)
魔物たちの計画を聞いているファウスタは、こんがり焼かれた薄切りパンにバターを塗りながら、内心で頷いた。
朝食の皿には、カリッと焼かれた薄切り肉、目玉焼き、ポムダルの実のソースを絡めた豆の煮物、焼きキノコ、つぶし芋のサラダが並んでいる。
(栄養たっぷりよ)
日々の勉強で身に付けた作法に従い、ファウスタは美味しい朝食を食べた。
ファウスタは今日の慰霊祭で、偉い人たちと一緒に大勢の人々の前に出る。
しかしファウスタが慰霊祭で行うことは、花を供えてお祈りをするだけだ。
それに子供のファウスタにはマークウッド辺境伯が付き添うと聞いていたので、緊張はあるがそれほど大きな不安はなかった。
丈の長いドレスを着るので足元に気を付けなければならないが、ここ数日、丈の長いドレスでの立ち居振る舞いを練習して楚々と歩く自信もついていた。
「ロスマリネ侯爵令息もいらっしゃるんですって。みんながファウスタを見に来るんだわ。子供の参列者はファウスタだけよ。さすが私の侍女ね」
オクタヴィアは誇らしげに言った。
「ファウスタ、頑張るのよ」
「はい、お嬢様」
「お父様の天使の話はちょっとどうかと思うけれど。神のご加護を信じたくなるような良いお天気ね。きっと素晴らしい慰霊祭になるわ」
「タニス氏、その格好で何をするつもりなんです?」
警視庁本部の向かいの建物の屋根の上に、二人の魔女がいた。
男装の魔女ブリギッドと、猫妖精に扮している魔女タニスだ。
警視庁前には二人の他にも多くの魔物たちがあちこちに出張っている。
だが二人の魔女も他の魔物たちも、認識阻害の黒マントを纏っているため人間たちの目には映らない。
「暗殺者に対処するためであります」
タニスのその明るい声から、おそらく笑顔で言っているのだろうと察することができたが、タニスの顔は見えない。
タニスは頭からすっぽりとかぶる猫の仮面を付けているからだ。
猫の頭に、猫の手足と尻尾、昔の貴族のような華美な服装。
タニスのその出で立ちは、タニスが幻影術により作り上げてファウスタとバジリスクスとの記念写真に写った猫妖精そのものの姿だった。
「暗殺者が来たらマントを脱いで暗殺者に対処します。人間たちの目には、猫妖精が突然現れたように見えるはずであります。心霊現象の出来上がりなのです」
「……」
嬉々として構想を語るタニスに、ブリギッドは微妙な笑顔で眉を寄せた。
「……苦しいとは思いますが……」
「プロスペローの姑息な手段に勝つためには、暗殺者の対処で頑張るしかないのです」
タニスの声が暗い色に変わった。
「プロスペローのくせに陣頭指揮を執るなど、許せませぬ」
タニスがかぶっている猫のかぶりものの顔が、向かいの警視庁の建物の上にいる魔道士プロスぺローに向けられた。
「ゴマすりだけで指揮権を得るなど、宮廷の陰謀であります。何故みんなあやつのゴマすりに陥落するのです」
魔物たちが慰霊祭で行う演出効果は、プロスペローが陣頭指揮を執ることになっていた。
魔道士ギルド長であるバジリスクスの了承で、魔道士ギルド全体がこの作戦に協力することになっている。
そのため作戦の指揮を任されているプロスペローは、派閥を超えて魔道士たちに命令する権限を持つことになった。
「そこは仕方がないことです。プロスペローの得意分野ですから」
「だから私が心霊現象になるのです。暗殺者への対処は最優先事項ですから、心霊現象できるのです」
ファウスタおよびその場にいる要人の護衛として、タニスは慰霊の場で待機している。
作戦の指揮はプロスペローが執っているが、不測の事件が起こった場合には現場の者が独自に対処する。
とはいえ暗殺は事前に予想されていたので、それに対処するために護衛があらかじめ置かれていた。
「暗殺者が来たら、猫妖精が現れて戦うのであります。猫妖精ですから魔法も使い放題であります。すべては心霊現象なのであります」
タニスは猫のかぶりものの下でギチギチと笑ったが、ブリギッドは困ったように眉を下げて曖昧に微笑した。
「警官さん」
警視庁前で行われる慰霊祭には要人が集まるため、その周辺には大勢の警備が出ていた。
警視庁前の通りには等間隔に警官が立っている。
私服の刑事や、保安局の局員も出張っていた。
「何か用かね」
警官とともにいたバロー警部は、話しかけてきた男に振り向いて答えた。
それは中流の服装の平凡な男だった。
男は少し眉を歪めて、バロー警部に語った。
「怪しい男たちがあの建物に入っていきました。周囲を見回すみたいにキョロキョロしていました。暗殺者じゃないですかね」
「何だと?」
「長い包みを持っていました、あの包みは小銃だったりしませんかね」
「……!」
中流の服装の平凡な男から話を聞いたバロー警部は、数人の警官を引きつれて、怪しい男が入ったという建物に調査に向かった。
「ヴァーニー卿、警官に伝えて来ました」
中流の服装の平凡な男に扮している吸血鬼ハンクは、吸血鬼ギルド夜警団の団長ヴァーニーに報告をした。
先程、暗殺者とおぼしき怪しい男の存在をバロー警部に告げた中流の服装の平凡な男は、吸血鬼ハンクだった。
「警部らしき人物が指揮して調査に向かいました」
「そうか。ご苦労」
慰霊祭で暗殺が行われることを予想して、吸血鬼ギルドの夜警団が警備にあたっていた。
事前に怪しい者を見かけたら、人間の警官に報告して、なるべく人間たちに捕らえさせる方針になっている。
「上手く暗殺者が逮捕されれば良いが。ハンクは引き続き監視を頼む」
「了解しました」
「暗殺者、来い。私の手柄、暗殺者、来い」
警視庁の向かいの建物の上で、猫妖精が物騒なことをぶつぶつ呟きながらあちこちを見回していた。
猫妖精に扮している魔女タニスだ。
「もうすぐ慰霊祭が始まるんですから、暗殺するなら、そろそろ準備をしていますよね? 地上には警官が出張っていて愚民どもは近付けませんから、暗殺するなら建物の窓、あるいは上からですよね?」
タニスは虎視眈々と周囲を見回した。
吸血鬼ハンクが暗殺者の存在を警官に告げたことにより、人間のバロー警部たちが暗殺者を逮捕してしまったことを、タニスはまだ知らなかった。




