501話 慰霊祭に向けて
(大人のドレスだわ)
裁縫室でファウスタは、侍女たちに手伝われて、新しく仕立ててもらったドレスの試着をしていた。
警視庁で行われる予定の慰霊祭に出席するための装いだ。
そのドレスは漆黒だったが、立ち襟のかっちりしたデザインのドレスで、修道女のようにすとんとしたスカート部分は踝まで隠れる長い丈だった。
少女服しか着た事がなかったファウスタは、大人のような丈の長いドレスを着るのは初めてだった。
(上手く歩けるかしら……)
つばのない帽子の上からは、頭をすっぽり覆う、肩までの長さがある黒紗がかぶせられていた。
「良い出来栄えね。これなら恥ずかしくないわ」
マークウッド辺境伯夫人ヴァネッサは、ファウスタの装いを検分してそう感想を述べると、残念そうに小さく溜息を吐いた。
「……その奇天烈な眼鏡さえなければ申し分ないのだけれど。顔を隠すためには仕方ないわね」
ファウスタの顔には、顔の上半分を隠す保護眼鏡が装着されていた。
目をエーテルから保護するための眼鏡で、右目で少しだけエーテルが視えるように調整されているものだ。
ヴァネッサを始めとする人間たちは、厳つい仮面のような保護眼鏡はファウスタの正体を隠すためのものと理解している。
「……ヴェールがあるから、遠目に見れば眼鏡は解らないでしょう」
ヴァネッサは自分を納得させるかのようにそう言い、心の中で自問自答しているがごとく無言で何度か頷いた。
「このドレス、これで完成しているの?」
ファウスタの新しいドレスを見学に来ていた令嬢オクタヴィアは、不服そうに少し眉を歪めて言った。
「飾りが何もなくて寂しいわ。襟元と袖口にはレースを付けたらどう? スカートにももっとひだを寄せたほうが良いんじゃないかしら」
「ファウスタは慰霊祭に参列するのです。慰霊の場では派手な装飾は控えるものよ」
ヴァネッサがオクタヴィアを諭した。
「ファウスタ、着心地はどうです? どこか気になるところはあって?」
「あの……」
ヴァネッサに問いかけられ、ファウスタはおずおずと不安を口にした。
「……このドレスは、どうやって歩けば良いですか……?」
「普通に歩けば良いのよ」
令嬢教育の一環であるダンスのレッスンで、いつも丈の長いドレスを着用しているオクタヴィアは事もなげにそう言った。
しかしヴァネッサは、ファウスタが孤児院出身であることを思い出したのか、思案気な顔になった。
「そうね。当日に慌てないように、丈の長いドレスでの立ち居振る舞いに慣れておいたほうが良いかもしれないわね。……ファウスタ、丈の長いドレスを用意するから、今日から立ち居振る舞いを練習なさい。ポラック夫人に指導をお願いしておくわ」
「はい、奥様」
(頑張るのだわ)
天罰の危機から脱出したファウスタは、やる気に満ち溢れていた。
――内務大臣シェリンガム伯爵の屋敷。
「どうして行ってはいけないの?」
悲愴な顔でそう抗議した孫娘ラヴィニアに、シェリンガム伯爵は困ったように眉を下げた。
「慰霊祭は厳戒態勢が敷かれることになったのだ」
ラヴィニアが霊能者ファウスタにすっかり心酔していることを、シェリンガム伯爵は承知している。
霊能者ファウスタが登場する王都主催の慰霊祭を、ラヴィニアが心待ちにしていることも。
だが王都知事暗殺未遂事件が起こったばかりの平穏とは言えない情勢だ。
再び事件が起こる可能性がある場所で、孫娘が群衆に混じることを許可するわけにはいかなかった。
「万が一のことがあるかもしれないから見学は許可できない。安全のためだ」
「お爺様の言うとおりよ。ラヴィニア、今回は我慢なさい」
シェリンガム伯爵の後ろに控えていたラヴィニアの母、クレイトン子爵夫人もシェリンガム伯爵に加勢した。
「状況が普通ではないのよ。それに貴女はまだ体が本当ではないでしょう」
ラヴィニアが病み上がりであることを指してクレイトン子爵夫人は言ったが、ラヴィニアは元気良くそれを否定した。
「体はもうすっかり大丈夫よ。ファウスタ様が作ってくださった結界と、いただいた浄化のお香と魔除けの水晶のおかげですっかり良くなったわ」
「平穏であればいくらでも許可するが、今は状況が状況だ」
シェリンガム伯爵は優しい口調でラヴィニアに政治的情勢を説明した。
「解ってくれるね? ラヴィニア」
ラヴィニアはシェリンガム伯爵の説明に思案気に目を伏せ、しばらく無言で考えるような表情をしていたが、やがて顔を上げた。
「では、ファウスタ様を家に招待してくださいな。お会いできるなら慰霊祭の見学は我慢するわ」
「マークウッド辺境伯は、今後はファウスタ様をあまり表に出したくないと考えているようだ。ファウスタ様はまだ子供であるのだから、成長するまでは世間の騒がしさから遠ざける方針らしい。ファウスタ様のために設立した心霊探偵社も閉鎖したとのことだ」
「心霊探偵社が?! 閉鎖?!」
「ファウスタ様が奇跡を起こしたことで、騒ぎが大きくなりすぎ、落ち着いて仕事を受けられなくなったらしい」
シェリンガム伯爵がそう説明すると、ラヴィニアは即座に次の提案を口にした。
「お爺様のお力で、ファウスタ様を個人的に我が家にご招待できませんの?」
「さすがにそれは……厚かましい願いというものだ。マークウッド辺境伯とは何度か話をしたが、そこまで厚かましい頼みができるほどの仲ではない」
「大臣の威光を使って何とかならないんですの?」
「こらこら、政治を私的に利用しようとするんじゃない。大臣の権限は国益のために行うものだ」
シェリンガム伯爵は、政治とは何か、政治家はどうあるべきかをラヴィニアに滾々と諭した。
「……では、遠くから観覧するだけなら、許可していただける?」
ラヴィニアは再び思案気になると、また別の案を提示してきた。
「危険があるとしたら警視庁前だけでしょう。離れた場所から観覧するなら、問題はないのではないかしら」
「ふむ……」
ラヴィニアが提示した妥協案に、シェリンガム伯爵は悩むように低く唸った。
「そうだな。離れた場所からなら……」




