49話 科学と悪戯
「さあ、ファウスタ、貴女もやってごらんなさい。バネ式のお勉強よ」
オクタヴィアは楽しそうに、ナスティ人形を箱に押し込めて蓋を閉めて留め金を掛けると、ファウスタにその留め金を外すよう促した。
「……はい、お嬢様」
留め金を外した途端に、怖いナスティ人形が飛び出す事が解っているので、ファウスタは大いに戸惑いながらも返事をした。
ファウスタは心の準備をしてから、恐る恐る留め金に手を掛け、それを外した。
――ぱん!
「……っ!」
次に何が起こるか解っていても、人形が飛び出した瞬間の爆発するような恐怖にファウスタは身を縮め、反射的に目を閉じた。
(奥様がおっしゃっていたようにバネ式は凄い威力なのだわ。騒霊現象なんかよりずっとずっと凄い力があって怖いのだわ)
「このバネ式の力は色々な物に利用されています」
ファウスタの大きな反応に気を良くしているのか、バーグマンは得意気に胸を逸らして説明を始めた。
「あの時計だって、バネ式で動いているんですよ」
バーグマンは暖炉の上の置時計を指した。
「時計も?!」
ファウスタはもちろん時計がどういう物か知っている。
だが普段何気なく見ていた時計が、どうして動いているのかなんて考えた事もなかった。
言われて見れば、時計の針は誰かが触らなくても、いつもずっと勝手に動いているのだ。
たまに物を動かす幽霊より、一日中ずっと時計を動かしているバネ式の方が凄いのではないだろうか。
「ええ、そうです。バネが元に戻ろうとする力を利用して、時計を動かしているんです。強力なバネを使えば、もっと大きな物や重い物も動かせるんですよ」
「飛空艇もバネの力で飛んでいるのですか?」
「飛空艇を飛ばしているのはガスと蒸気です。空気より軽いガスの力で浮かせ、蒸気機関で推進させています」
バーグマンの話がさっぱり解らなくなり、ファウスタはぽかんとした。
ただ何か凄い科学なのだろうという、バネや歯車がたくさんあるイメージが頭の中に浮かんだ。
(ピコなら解るのかしら。ピコならバネ式の事も知っていたかもしれないわ)
孤児院にいた頃、動かなくなった時計をピコは分解して中を調べていた。
ファウスタはまったく興味がなかったのだが、もしかしたらピコはバネ式に気付いていたのかもしれないと、ふと思った。
(ピコにこの凄いバネ式を見せてあげたいな。……あっ! そうだ!)
「あの、すみません、このバネ式の人形をメイドの方々に見せたいのですが、いいでしょうか」
今朝、身支度を手伝ってくれたメイドたちが、ナスティにそっくりな人形を見たいと言っていた事をファウスタは思い出した。
孤児院にいるピコに見せるのは難しいが、メイドたちには見せられるのではないかと思った。
「面白そうね! きっとみんな驚くわ! 私も一緒に行く!」
オクタヴィアが嬉々として賛同した。
そして悪戯っぽく笑った。
「お兄様にも見せてあげましょう。きっと驚くわ。お兄様もナスティが大嫌いなんですもの」
「お嬢様、それはいけません!」
オクタヴィアの提案を、バーグマンが慌てて制した。
「若様は驚きすぎて、失神なさるかもしれません。ナスティのせいで衝撃を受けられ、体調を崩されたばかりです。今は刺激してはなりません。夏に大切な試験を控えていらっしゃいます。どうか試験が終わるまでは、お勉強に専念させてあげてください」
「もう……つまらないわね」
オクタヴィアは少し不服そうな顔をしたが、不承不承納得したようだった。
「じゃあお父様でもいいわ。お父様に見せる」
「旦那様はこういった物はお好きでしょうから、良い気晴らしになるかもしれません。しかし本日は議会のご予定がありますので、お見せするなら明日がよろしいかと」
「お父様はまだお出かけになっていないわよね?」
「はい。しかしお昼前にお出かけになられますので……」
「今はまだ居るのよね?」
オクタヴィアはわくわくを隠し切れない笑顔で、ファウスタを振り向いた。
「行きましょう、ファウスタ!」
「同じ形の魔法陣は見つからなかったのだよ。だがこの、鳥の足をひっくり返したような文字だがね、これは白という意味で魔除けの効果があるとされていたのだ」
書斎の机には何冊もの本が広げられていた。
マークウッド辺境伯は難しい顔をして、良き相談相手である家令のアルカードに、昨日から調べていた魔法陣についての考察を語っていた。
「閣下、そろそろお時間ですので、お出かけのご用意を」
マークウッド辺境伯の予定を管理する近侍のルパートが促す。
「ああ、解っている」
少し残念そうにマークウッド辺境伯がルパートに返事をしたそのとき、扉がノックされた。
「お父様!」
来訪者は娘のオクタヴィアだった。
「おお、オクタヴィア、おはよう! 朝から会いに来てくれるとは嬉しいのだよ」
難しい顔をしていたマークウッド辺境伯は、愛娘の顔を見るとぱっと笑顔になった。
昨日まで部屋に閉じこもっていたオクタヴィアが、朝から気軽に顔を見せに来てくれたのだ。
嬉しくないわけがない。
家族みんなが仲良く暮らす楽しい日々が少し戻ったような気がした。
「おお、ファウスタも、おはよう!」
オクタヴィアの後ろで、箱を抱えて付き従っている小さなメイドの少女にも、マークウッド辺境伯は笑顔を向けた。
「おはようございます、閣下」
「すっかりメイドらしくなったね。オクタヴィアをよろしく頼むのだよ」
「はい、閣下。微力を尽くします」
小さな少女のメイドぶりに、マークウッド辺境伯は目を細めた。
ファウスタの霊視の才能は、神秘主義者であるマークウッド辺境伯にとって大変な驚きであった。
そしてその驚き以上に、ファウスタをきっかけに家族の団欒が戻りつつあることに大きな喜びと感謝の念を抱いていた。
ファウスタが幸せを運んで来たようにすら思えている。
「お父様にぜひ見ていただきたいものがあるの」
「ほう、何だね」
マークウッド辺境伯は良き父親として、満面の笑顔でオクタヴィアに応対した。
激しく荒れ狂う政治経済の渦中にいるマークウッド辺境伯にとって、愛娘の他愛のない我儘に付き合う家時間は、砂漠のオアシスなのだ。
「このファウスタの箱を見ていただきたいの」
オクタヴィアはファウスタが携えている箱を示した。
「ファウスタの箱だと?!」
マークウッド辺境伯はかっと目を見開いた。
「それは何か、心霊的な箱なのかね?!」
「それはご覧になってからのお楽しみよ」
オクタヴィアは勿体付けて回答を避け、意味深に微笑んだ。
「ファウスタ、箱をそこのテーブルに置いて」
「はい、お嬢様」
ファウスタはオクタヴィアが示した、書斎の中央にあるソファに囲まれた低いテーブルに持っていた箱を置いた。
「お父様、その箱の留め金を外してくださいな」
「ふむ、これかね?」
溢れる期待と好奇心に目を輝かせ、マークウッド辺境伯はオクタヴィアの指示に従った。
そして箱の留め金を外した。
――ぱん!
「うひゃああっ!」
マークウッド辺境伯は絶叫して、後ろのソファにぼふんと倒れ込んだ。
「閣下!」
傍に控えていた家令アルカードと近侍ルパートが慌てて駆け寄り、ソファの上で吃驚顔のまま腰を抜かしているマークウッド辺境伯を助け起こした。
「な、な、何なのだよ、これはっ!」
テーブルの上では、箱から飛び出したナスティ人形がビヨンビヨン揺れていた。
「吃驚したのだよ!」




