43話 運命の輪
「お嬢様から特に指示がない場合は、マクレイ夫人が茶葉や軽食を選んで用意して下さるわ」
三階の使用人階段の脇で、ファウスタは家女中のデボラから午後のお茶を用意の説明を受けていた。
「陶器は高価な品だから見習いのうちは触ってはいけないの。貴女が見習いのうちは上階でお茶を煎れる事はないわ。でもお茶の煎れ方は練習することになると思うから手順は見ておいてね」
「はい」
ファウスタの目の前に置かれている二台のお茶用手押し車に、家女中たちが地階から運んできた茶器や菓子の皿を並べて行く。
メイドたちは仕事をしながら、何か言いたそうな、ワクワクしたような視線をファウスタに向けたが、デボラが窘めるような視線を向けると、目を伏せて仕事に集中した。
「やあデボラ、お疲れ様。ファウスタは早速デボラのお手伝いかい?」
地階からポットを運んで来た従僕のダミアンは、お茶用手押し車の上にそれを置くと笑顔でそう言った。
「そうよ」
ダミアンの問いにデボラが答えた。
そしてお茶用手押し車の取っ手に手を掛けたダミアンにデボラは問い返した。
「今日は貴方が若様の給仕なの?」
「うん。ユースティスがアルカードさんと外出中だからね」
(ユースティスさんも業者さんのところへ行ったのね)
悪魔人形の鑑定のため、アルカードが古物商へ行った事を知っているファウスタは内心で頷いた。
「ファウスタが悪魔を捕まえたんだってね。いやあ、驚いたよ。まだ小さいのに、俺より強いんじゃないか?」
ダミアンは感心したようにファウスタに言った。
ファウスタは何かとても誤解されている気がしたのでそれを訂正した。
「私は見つけただけです。人形を捕まえたのは多分ユースティスさんです」
「悪魔は人形だったの?!」
ファウスタの話にデボラは興味津々な顔で、少し砕けた口調で問いかけて来た。
「はい。人形部屋に呪いの人形があったんです」
「じゃあ叩音現象の犯人は呪いの人形だったのね」
「叩音現象は……」
ファウスタは少し迷ったが、アルカードがありのままを説明していたことを思い出し、ありのまま言ってみようと思った。
「黒いモヤが魔法陣で弾けるときの音でした」
「魔法陣……?」
デボラは不思議そうに首を傾げる。
ダミアンは吸血鬼なのでファウスタの話をすんなり受け入れられるのか、感心するように唸るとファウスタに問いかけてきた。
「魔法陣があったのかい? 一体どこに?」
「お嬢様のお部屋です」
「ほほう」
「お嬢様のお部屋にそのようなものが?!」
デボラは少し驚いたように目を見開いた。
「お嬢様のお部屋には毎日何回も行っていて、お掃除も私がしているのだけれど、魔法陣があったなんて全然気付かなかったわ」
「幽霊と同じで、他の人には見えないようです。黒いモヤが魔法陣にぶつかったときにパチンって音が鳴ってました」
「ああ、あの音ね!」
デボラは非常に思い当たる事がある様子で頷いた。
「あの音、一ヵ月前くらいから鳴り出したのよね。何の音か解らなかったから最初は怖かったわ。もうすっかり慣れてしまったけれど」
「音が鳴らなくなれば、原因は人形だったことが証明されるとお嬢様がおっしゃっていました。しばらく観察すれば解るだろうと」
ファウスタの話に、デボラは興味深そうに目を輝かせた。
「じゃあ私も、あの音がもう鳴らないかどうか注意しておくわね」
(デボラさんは流石なのだわ)
オクタヴィアの部屋で、流れるような優雅な仕草で高価な茶器を扱い、安定感のある落ちついた動作でお茶を煎れるデボラの様子にファウスタは感心した。
「ファウスタ、お母様に何か言われなかったかしら?」
お茶の席についたオクタヴィアがそう質問して来たので、ファウスタは不思議なバネ式の話を思い出し、一瞬戸惑った。
「えと……科学のお話を聞きました」
ファウスタの戸惑いに、オクタヴィアは探るような鋭い視線を向けた。
「霊視を疑われたの? お母様に何か言われたなら私に相談しなさい。一人で悩んでいては駄目よ」
「いいえ、悩んでいるわけでは……」
ファウスタの頭の中に、再び沢山のバネが飛び交った。
ファウスタは生まれつき幽霊が視えていたので、そこに幽霊がいれば、物が動くのは幽霊の仕業だと疑問すら抱かずに受け入れていた。
そんなファウスタにとってヴァネッサの科学の話は、目が覚めるような衝撃があった。
誰も手を触れていないのに物が動く原因は、幽霊やエーテルだけではなく、科学の力でも出来ることだったのだ。
考えてみれば蒸気機関車や飛空艇だって、幽霊やエーテルではなく、科学の力で動いているのだ。
知っていたはずなのに、気付いていなかった事に気付かされた。
今まで幽霊の仕業だと思っていたことも、ファウスタが仕組みを理解できなかっただけで、実は科学の力で動いていた可能性もあるのだと価値観をひっくり返された。
世界を覆っていたヴェールが突然切り落とされ、今まで見えていなかった広い世界が急に見えたような気がしたのだ。
「何を言われたのか私に話してごらんなさい。私が力になるわ」
オクタヴィアが頼もしい笑顔でそう言うので、ファウスタはバネの話をした。
「バネ式で人形を飛ばせる事を教えていただきました」
「あの悪魔人形が暴れた事を、お母様はバネ式で動いていたとおっしゃっていたの?」
「はい。ですが私にはバネでどうやって人形が飛ぶのか解らないのです」
ファウスタがそう言うと、オクタヴィアは眉間に皺を寄せ難しい顔をした。
「まあ……何となく解るわ。でもバネであんな飛び方はしない。あの人形が飛んだのは間違いなく霊現象よ」
「お嬢様はバネ式をご存知なのですか?!」
オクタヴィアがバネ式を理解した上で反論しているようだったので、ファウスタは熱い尊敬の眼差しをオクタヴィアに向けた。
「お嬢様は科学の知識もおありなのですか?!」
「ええ、まあ、大体解るわよ。バネでしょ?」
「バネでどうやって飛ぶのでしょうか」
「それは、まあ……そうね、解るわよ。説明は難しいけれど、大体解るわよ?」
ファウスタの真っ直ぐな崇拝の眼差しをオクタヴィアは受け止め、何か知っている風な様子で、非常に真面目な顔で何度か頷いた。
ファウスタは気付かなかったが、デボラはオクタヴィアの挙動不審を目の前にしても見て見ぬふりで、すまし顔を維持していた。
「ユースティスに説明させましょう。あの子、講師の資格も持ってるんですもの。きっと説明できるわ」
「ユースティスさんは講師なんですか?!」
ユースティスに更なるスキルがあったことにファウスタは驚かされた。
「大学入学資格に合格すると講師の資格も貰えるの。ユースティスは試験に合格してるから講師の資格も持ってるのよ」
オクタヴィアは何でもない事のように言うと、デボラを振り向いた。
「デボラ、ユースティスを呼んでちょうだい」
「恐れながら、お嬢様、ユースティスは只今アルカード氏と外出中にございます」
「ああ、そうだったわね。じゃあ、どうしようかしら……」
オクタヴィアが思案するように首を傾げると、デボラが再び進言した。
「バーグマン氏に尋ねてみては如何でしょう。バーグマン氏は機械工作に明るい方ですから、そういった仕組みもお解りになるのではないでしょうか」
「そうね、そうしましょう!」
デボラの提案をオクタヴィアは即座に採用した。
「じゃあバーグマン氏を呼んでもらえる?」
「かしこまりました」
「バネ式ですか。ええ、解りますとも」
オクタヴィアの部屋に呼ばれ、執事のバーグマンは自信満々に答えた。
「ファウスタに解るように、説明してあげて欲しいの」
「かしこまりました」
バーグマンは楽しそうな笑顔で快く承諾すると、ファウスタに説明した。
「人形の中にバネを仕込んでですね、それで飛ばすんです」
「どうしてバネで飛ぶのでしょう」
「コイル状のバネの反発力で飛ばします。バシュッと」
「こいる……?」
ファウスタがさっぱり理解していない様子を見て、バーグマンは少し考え込むような顔をして自分の顎を撫でた。
「これは……説明するより見せた方が早そうですね」
バーグマンはオクタヴィアを振り向いた。
「よろしければ私がバネ式を仕込んだ人形をお作りしてご覧に入れますが、如何いたしましょう」
「じゃあお願いするわ」
「かしこまりました」
バーグマンは楽しい遊びを見つけたようなウキウキとした表情になった。
「作れるんですか?!」
謎のバネ式を作ると聞いてファウスタは目を丸くした。
ファウスタには仕組みすら理解できないのに、バーグマンはそれを作れるのだ。
「ええ、材料さえあればすぐ作れますよ。作るだけなら半時もかかりません。この私にかかればバネ式など朝飯前です」
バーグマンは得意気に胸を張った。
何故かオクタヴィアも少し得意気になり、バーグマンに悠々と指示した。
「できるだけ急いで、早くファウスタにバネ式を見せてあげてちょうだい」
「かしこまりました。大至急、材料を手配いたします」
――運命の輪が、星を目指して動き始めた。




