420話 魔法少女ファウスタ
「すみません、ダフさん、まさかこんなに混んでいるとは思わなかったので……」
マグス商会中央区支店の前で、長蛇の列に並んでいるジョニーは、共に並んでいるダフに謝罪した。
ジョニーことジョナサン・ノックスは、かつてはプロスペローの末裔を僭称していたが、現在は本物の魔道士プロスペローの弟子となっており、心霊探偵ファウスタの大ファンでもある。
小金を持っているジョニーは、ファウスタが監修した怪獣の模型を予約するためにマグス商会を訪れていた。
「あっしは猫妖精の写真が見たいんで、お互い様でさあ」
何でも屋のダフは、亡きトンプソン警部補からの預かり物をファウスタに託した後、魔道士プロスペローの弟子という仮の身分を貰い、魔物たちによる警視庁の捜査に参加していた。
ダフは仮身分ではあるが、ジョニーとは同じ魔道士プロスペローの弟子同士だ。
また二人は、魔物の秘密を知る人間同士でもあるので、すぐに打ち解けた。
「天使様を負かした猫妖精が、どれほどのもんか、ちょいと興味があるんでさあ」
エーテルによる幻影術の心霊写真勝負で、タニスが作り出した猫妖精にプロスペローの天使が負けたことを、プロスペローは弟子たちに度々愚痴っていた。
そのため弟子であるダフとジョニーは猫妖精の心霊写真について聞き知っていた。
今日がバハムートとリヴァイアサンの模型の予約開始日であることも、プロスペローの話から知ったことだった。
「写真を見るだけなら、混雑する予約開始日に来なくても良かったことです。私の個人的な都合に付き合わせてしまって、本当にすみません」
「あっしは夕方にヴァーニー様とのお約束があるんで、どのみち時間が空いちまってたんでさあ。丁度良い暇つぶしでやんす」
「私はファウスタ様の人気を計り違えていたようです。入店するのにこんなに待つことになるとは予想していませんでした。本当に申し訳ないです」
「ジョニーさんにはさんざんお世話になりやしたから、ちょいと待つくらい何でもねえことでさあ」
「無事に予約が出来たら、どこかで何か美味しいものでも食べて休憩しましょう。お詫びに奢らせてください」
「まいどありい!」
ダフが景気の良い声を上げると、すぐ近くにいた紳士が振り向いた。
「……その声は、もしや、ダフ氏?!」
「へ?!」
名前を呼ばれてダフが振り向くと、そこには見知った顔があった。
「ロットの旦那!」
それはダフが、マークウッド辺境伯に連れて行かれた霊能クラブで知り合った紳士、ロット卿であった。
怪火現象事件で警視庁が大騒ぎだったとき、ダフは怪奇現象の情報を売って荒稼ぎしたが、ロット卿はその当時ダフから連日情報を買ってくれた一番のお得意様だった。
「やはりダフ氏か。見違えたよ」
「お久しぶりでやんす!」
「随分とさっぱりしたじゃないか。全然気付かなかった」
かつて貧相な格好をしていたダフは、現在、散髪をして小ざっぱりし、中流で通用する衣服を身に付けている。
魔物たちによる捜査活動に参加する条件の一つとして、ユースティスに身なりを清潔にするようにと言われたためだ。
ダフの後見を引き受けた魔道士プロスペローは、ダフに身なりを整えるための支度金を与え、ユースティスを不快にさせることがいかに罪深い事かを滔々と説いた。
ダフはユースティスには恩があるので、ユースティスを不快にさせるようなことはしたくなかったが、しかし支度金だけを渡されても、どう身だしなみを整えれば良いか解らず途方に暮れた。
そんなダフに救いの手を差し伸べ、身だしなみの指導をしたのは、上流の暮らしの経験があるジョニーだった。
「あっしは今、身だしなみに厳しい仕事をしておりやして、こちらのジョニーさんに色々教えてもらったんでさあ」
「そちらの御仁はダフ氏の友人かい?」
「大先輩でさあ」
ダフはロット卿に、ジョニーを紹介した。
ダフたちが話していると、ロット卿の連れである霊能クラブの紳士たちもダフに気付いて声を掛けて来た。
「あのダフ氏か?!」
「身だしなみを整えたら若返ったじゃないか」
「こんなところで会うとは奇遇だね」
「ダフ氏とジョニー氏は、やはり猫妖精が目当てで来たのかい?」
ロット卿がダフとジョニーに問いかけた。
「あっしはそうでやんすが、ジョニーさんは違えます」
「ほう?」
ロット卿と連れの紳士たちはジョニーに視線を向けた。
「ジョニー氏はどんな目的でここへ?」
「私は終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンの模型の予約に来ました。もちろん魔法少女ファウスタ様のお写真も見たいです」
ジョニーの答えに、ロット卿を始めとする紳士たちは好奇の色を浮かべた。
「魔法少女?!」
「ファウスタ様は聖少女ではないのかね?」
紳士たちが口々に疑問を呈すると、ジョニーは落ち着き払った態度で、まるで賢者が世界の理を説くかのように、静かに、しかしよく通る声で答えた。
「ファウスタ様は魔法使いの少女です。だから魔法少女なのです」
「……!」
俳優だった経歴を持つジョニーの身振りと言い回しに、ロット卿を始めとする霊能クラブの紳士たちは引きつけられた。
紳士たちの視線を浴びながら、ジョニーはさらに調子良く語った。
「あの警視庁の浄化の日、ファウスタ様は魔法の杖を振るい、精霊を召喚し、霊魂を導きました。鉱石と杖を使うのは魔法使い。教会の聖人ではありません。ファウスタ様は魔法使いです」
身振り手振りをしながらファウスタについて解説するジョニーは、霊能クラブの紳士たちは元より、他の人々の注目をも集め始めた。
怪獣の模型の予約開始日に集った者たちは皆、ファウスタを知り、ファウスタに興味を持つ者であるということもあり、やけに良く響く声でファウスタについて語るジョニーは人々の気を引いた。
「かつて国を守護した大魔法使いプロスペロー様のごとく、ファウスタ様は大魔法により終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンを従属させたのです」
ジョニーは諸手を広げ、俳優時代に鍛えた発声と表現力、そしてイカサマ霊能者時代に慣らした威風堂々たる態度で言い放った。
「ファウスタ様は魔法使いの少女、魔法少女なのです!」
マグス商会中央区支店の前に集まった人々の、その大混雑の喧騒の中に、ジョニーの声が響き渡った。
ロット卿も連れの霊能クラブの紳士たちも、周囲の人々も、皆が熱に浮かされるようにジョニーの言葉に魅了された。
「ま、魔法少女!」
「魔法少女!」




