418話 霊能クラブの紳士たち
「最近、子供たちの間で流行っている王冠選びの歌を知っているかね?」
――霊能クラブのクラブハウス。
上流階級の有閑紳士たちは、まだ日が高いうちからクラブハウスの談話室に顔を出していた。
「姪っ子たちが歌っていたのだが、どうにも不気味な歌でね。終わりの塔から落ちたりする歌なのだ」
霊能クラブの会員たちは、近頃子供たちの間で流行っている遊びの歌について語り合った。
「一体どこから流行り出したのやら……」
「それは王冠ごっこではないかね? 王冠が転がるところから始まる歌だろう」
「それだ」
「ああ、あの歌か。知っている。公園で聞いたよ。子供たちが歌っていた」
「うちの子供たちもやっていた。王様ごっこだと言っていた」
「最後に後ろの子を当てるのは、後継者選びの隠喩ではないだろうか。歌の詩も最後は、王冠を飾るにふさわしい場所、すなわち王位を継承するにふさわしい者を見つけている」
一人の紳士がそう考察を述べると、他の紳士たちも思案を始めた。
「それなら後ろの子を間違えたあとの三すくみ拳は、王位争いということになるな」
「世が乱れるときには、風刺の歌が流行ると言うが……」
王太子であるタレイアン公爵エグバート王子について、市井では廃太子を望む声が高まっている。
エグバート王子が廃太子を望まれる原因のほとんどは、その妻であるタレイアン公爵夫人マルシャ妃にあった。
マルシャ妃の廃妃を望む声もあったが、エグバート王子を廃太子として一家丸ごと、マルシャ妃もその子らも排除すべきという声のほうが主流だ。
その状況で、三人の王族が王位継承権を失う展開を連想させる歌が、子供たちの間に流行している。
まるで世論と示し合わせたかのように発生した子供の流行り歌に、霊能クラブの会員たちは、霊的なものによる影響を考え始めた。
「クラレンス王配殿下は、マルシャ妃を王族に加えることに大反対していた。王配殿下の霊が子供たちの口を借りているのではないか」
「女王陛下が今でも喪服をお召しなのは、王配殿下の霊が彷徨っていることをご存知であるからとも考えられるな」
「占い師トトメスの予言は、当たっていたということだ」
「まだ解らんぞ。トトメスの予言ではタレイアン公爵は破滅するのだ。タレイアン公爵夫妻の国民人気は地に落ちているが、王太子としてご健在であるうちは破滅とは言えん」
紳士たちは白熱した議論を交わした。
しかしふいに、談話室に慌しく飛び込んで来た者により、その議論は中断された。
「諸君、大変だ!」
血相を変えて、一人の紳士が談話室に飛び込んで来た。
その紳士はもちろん霊能クラブの会員だ。
クラブハウスに足しげく通っている常連とも言うべき会員、ロット卿だった。
「大事件だ!」
ロット卿のただならぬ様子を見て、一人の紳士が即座に鋭く質問した。
「幽霊が出たのかね?!」
「そうなのだ! 出たのだ! 幽霊ではない! 妖精だ!」
戦地で急を告げる伝令のように、ロット卿は伝説の生物の名を叫んだ。
「猫妖精が出た!!」
その驚くべき報告に、霊能クラブの談話室は騒然となった。
紳士たちは椅子から腰を浮かせ、あるいは弾かれたように立ち上がりロット卿に駆け寄った。
「ほ、本当かね?!」
「一体どこに?!」
紳士たちの質問に、ロット卿は叫ぶようにして答えた。
「マグス商会中央区支店に出た!」
「先程、マグス商会中央区支店へ行ったのだ」
取るものもとりあえず、霊能クラブの紳士たちは、猫妖精が出たと言うマグス商会中央区支店を目指して馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出すと、紳士たちはロット卿に詳しい説明を求めた。
ロット卿は皆に事の経緯を語った。
「終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンの模型の予約が今日からだったのだ。それで私は予約に行った」
「あ、今日からか!」
「私も予約せねば」
「模型の見本と一緒に写真が飾られていたのだ。バハムートとリヴァイアサンの模型を監修したファウスタ様と、マグス商会会長バート・マグス氏の記念写真だ。そこに……写っていたのだ!」
「猫妖精がかね?!」
「そうだ!」
ロット卿は、暴風雨の衝撃に耐えるかのように、両手で頭を抱えた。
「マグス商会の、あの店で撮影された写真だ。あの場に猫妖精がいたのだ!」
「申し訳ありません、旦那様、道が混雑しているようでして……」
マグス商会中央区支店の近隣で、混雑のため馬車はなかなか進まなくなった。
ロット卿たち霊能クラブの面々は馬車を降りると、徒歩でマグス商会へ向かった。
いつもは閑静な通りだが、今日は人通りが倍以上あった。
皆、足早に、ロット卿たちと同じ方向を目指している。
「な、なんだ、あの人だかりは……」
マグス商会中央区支店が建つ通りに出ると、マグス商会の前に大勢の人々が集まっているのが見えた。
店先では、マグス商会のおなじみの黒い長衣を着た店員が、人々に向けて何か説明をしている。
その店員に向けて、人々は口々に問いかけていた。
普段であればゆったりとした時が流れている静かな場所だが、今日は市場のような大変な喧騒だ。
「この混雑は……ぜんぶマグス商会か!」
「皆、猫妖精を見に来たのか?!」
「私が先程来たときは、これほどの騒ぎにはなっていなかったが。猫妖精の話を聞きつけて、もうこんなに人が集まったのか?!」
ロット卿たちは歩を早め、マグス商会前の人ごみに混じった。
「現在、店は満員でございます!」
マグス商会の店員が声を張り上げて説明をしていた。
「整理券をお配りしております。あちらで整理券をとってお並びください。順番にご案内いたします!」
ロット卿たちは一瞬、顔を見合わせると、整理券を配布している店員を目指して突進した。




