417話 王冠ごっこ
――オルロック伯爵家の平穏な午後。
オルロック伯爵夫人とシーガー男爵夫人ダイアンは、オルロック伯爵家の王都屋敷を来訪したサラ・バッセル夫人を持て成していた。
ダイアンはオルロック伯爵夫人の長男シーガー男爵の妻、サラはオルロック伯爵夫人の末息子ケイシー・バッセルの妻だ。
「アイラとセシルは、ジュディスと遊べるのを楽しみにしていたの。ジュディスに迷惑でなければ良いけれど」
ジュディスはダイアンの子、アイラとセシルはサラの子で、三人ともオルロック伯爵夫人の孫たちだ。
サラは一緒に連れて来たアイラとセシルが、祖母オルロック伯爵夫人への挨拶も早々に、大好きな従姉ジュディスと遊ぶために席を外してしまったことについて謝罪を口にした。
「こちらこそ、ジュディスが誘ってしまって、悪かったわ。最近ジュディスは小さい子の世話をしたがって、ちょっと困っているのよ」
ジュディスの母、シーガー男爵夫人ダイアンは苦笑した。
「サラ、ダイアンはね……」
オルロック伯爵夫人は、すまし顔で言った。
「弟か妹が欲しいと、ジュディスにおねだりをされているのよ」
「あら、まあ! では、シーガー男爵にお願いしなければなりませんわね」
サラは面白そうに目を輝かせ、ダイアンの夫シーガー男爵の名を出した。
ダイアンは非難の眼差しを、優雅にお茶を口に運んでいる義母オルロック伯爵夫人に向けた。
「お義母様、家庭の秘密を洩らさないでくださいな」
三人の夫人はお茶のテーブルを囲み、他愛のない話をした。
そうして幾ばくかの時間が過ぎたころ、部屋の外から、子供たちの楽しそうな声が聞こえた。
「あの子たち戻って来たのかしら」
「きっとお腹が空いたのね」
――王冠一つ目、転がった。
――滑って、転んで、転がった。
楽しそうに歌う子供たちの声が、だんだんに部屋に近付いて来る。
――王冠二つ目、落っこちた。
――終わりの塔から、落っこちた。
「……!」
その歌の詩を聞き取るなり、オルロック伯爵夫人は顔色を変えた。
ノックされた扉を従僕が開けると、笑顔の三人の子供たち、ジュディス、アイラ、セシルがいた。
「お母様、お菓子はまだ残っている?」
「あるわよ。さあ席に戻って」
「ジュディス、ありがとう。アイラとセシルは良い子にしていられたかしら」
三人の子供たちは、母親たちに指示されてテーブルの席に付いた。
給仕が銀製のトングで、子供たちの要望を聞いて菓子を取り皿によそい、別の給仕が子供たちのために花茶を煎れ直した。
「お義母様、どうかなさいまして?」
笑顔の子供たちが加わり、賑やかになったテーブルで、一人だけ表情を無くして静止しているオルロック伯爵夫人にダイアンが問いかけた。
「……歌が……」
オルロック伯爵夫人は、軽い苦痛を感じたかのように眉を少し歪めると、子供たちに視線を向けて問いかけた。
「……先程、歌が聴こえたのだけれど。廊下で歌っていたのは、あなたたちなの?」
子供たちは口々に笑顔で答えた。
「そうよ、お婆様。アイラに教えてもらったの」
「私がジュディスに教えてあげたの」
「お婆様、私も! 私もぜんぶ歌える!」
オルロック伯爵夫人はサラに視線を向けて問いかけた。
「サラ、あの歌は貴女が教えたの?」
「いいえ、お義母様」
サラがそう否定すると、すぐに幼いアイラが得意気に言った。
「公園で教えて貰ったの」
「公園で、誰に教わったの?」
オルロック伯爵夫人がアイラに問いかけると、サラが横から事情を説明した。
「子供たちの間で流行っている遊びですわ。王様になった子の周りを、あの歌を歌いながらぐるぐる回って、最後に後ろに立っている子を当てる遊びです」
「……とても不敬な詩よ。その歌は、歌っては駄目……」
深刻な表情でオルロック伯爵夫人はそう言ったが、サラは戸惑いを浮かべた。
「でも、お義母様、子供の遊びの歌です……」
子供たちの間に流行する遊びの歌が、よくよく考察すれば凄惨な内容であることは、特に珍しいことではない。
そういう類の子供の歌は世間に溢れている。
「たとえ遊びの歌でも、その歌を子供たちに歌わせてはいけません」
女王の従妹であり、王族として生まれ育ったオルロック伯爵夫人は、子らの母親たちに釘を刺した。
「はい。お義母様がそうおっしゃるなら……」
裕福な資産家の娘とはいえ、庶民として生まれ育ったサラは、不思議そうな顔をしながらもオルロック伯爵夫人の忠告を受け入れた。
――王冠三つ目、捨てられた。
――ぜんぶ一緒に、捨てられた。
「あ、あなたたち、その歌は何なの?!」
マークウッド辺境伯家で、住み込みの家庭教師の仕事をしているポラック夫人は、久しぶりに実家に戻った。
そして幼い孫たちが歌っていた歌を聴き、驚愕に目を見開いた。
「王冠ごっこの歌よ」
「王冠ごっこ?!」
孫たちが王冠ごっこの歌だと答えた、その歌の詩を、ポラック夫人は知っていた。
ファウスタが日記に書き付けていた不吉な予言の詩だ。
かつてファウスタが日記に書き付けていた不吉な文章が、その後、三度も現実となったことから、ポラック夫人にはファウスタの書き付けが予言にしか思えなくなっていた。
(どうしてこの子たちが、ファウスタの予言の詩を歌っているの……?)
「あなたたち、その歌はどこで覚えたの?!」
「ベティに教えて貰った」
「ベティって誰?!」
「公園の子」
ポラック夫人は孫たちから、歌の出所を聞き出した。
公園へ出かけた時に、居合わせた子たちと一緒に遊び、そのときに教えられた歌だということだった。
「では、この予言の詩を、公園でみんなが歌っているというの?!」
「そうよ。歌わなきゃ遊べないもの」
「公園じゃなくても遊べるよ」
「お婆様、この歌は予言なの?」
ポラック夫人が零した『予言』という言葉を拾って、孫の一人が好奇心に目を輝かせながら質問した。
「……それが、解らないの……」
ポラック夫人は、見えない何かを見ようとしているかのように、何もない空間に視線を向けたままで答えた。
「お婆様にも解らないことがあるの?」
「……ええ、あるのよ……たくさん……」
呆然としたままポラック夫人は答えた。
「ねえ、あなたたち、ちょっと聞きたいのだけれど……」
ポラック夫人はおそるおそる孫たちに尋ねた。
「王冠ごっこの歌というのは、最後は、お部屋に王冠を飾るのかしら?」
「そうだよ!」
「お婆様、知ってたの?!」
――きれいなお部屋に、王冠飾ろ。
――あの子のお部屋に、王冠飾ろ。
幼い孫たちは嬉しそうに、歌の最後の部分を合唱した。
(ま、間違いないわ……。ファウスタの予言の詩……!)
ポラック夫人の背中に、冷たい汗が流れた。
「それでね、後ろにいる子が当たってたら、その子が次の王様になるの。当たってなかったら、王様は後ろの子と三すくみ拳するの。それで勝ったほうが次の王様」
孫たちが遊び方を説明する声を聞きながら、ポラック夫人は幽霊に出会ったかのような青ざめた顔で、絶句したまま立ちつくしていた。




