416話 安泰のメイド
「ファウスタの今後についてなのだけれど……」
――その日の午後。
ファウスタの部屋に、白金髪の美貌の侍女ミラーカが来た。
ミラーカは侍女としてではなく、吸血鬼として、ファウスタに話し始めた。
仕事や天罰について、ファウスタはミラーカに聞きたいことが沢山あったが、まずはミラーカの話を聞いた。
「探偵社が終了したことは聞いているわね?」
「はい」
「しばらくは元通り、ファウスタには侍女見習いとして過ごして貰うことになるわ」
(しばらく……?)
「しばらくしたら、また探偵社のお仕事が出来るのですか?」
ファウスタが少し期待をこめて質問すると、ミラーカは少し困ったような顔で微笑を浮かべた。
「レグルス心霊探偵社は終了よ。もう無いわ。この先、ファウスタが心霊探偵としての仕事をするかどうかは、ティム次第ね。ファウスタを雇ったのはティムだから、ファウスタにどんな仕事を任せるかはティムが決めることなの。もちろんファウスタはティムの依頼を断ることもできるわ。ファウスタは人間だから、ティムの命令に従う必要はないもの」
「……!」
ファウスタは自分がこの屋敷へ来た経緯を思い出した。
(そうだわ……。私はティムさんに雇われて、このお屋敷のメイドになった……)
ティムに最初に出会ったときのファウスタは、工場の働き手になるか、貧民街で野垂れ死ぬかの未来しか見えず、お先真っ暗だった。
――じゃ、メイドとして雇うよ。
ティムのその一言で、ファウスタの人生は一変した。
二日後には、ファウスタはマークウッド辺境伯の屋敷のメイドになり、上等の職場で働き始めた。
そしてメイドをしながら、心霊探偵の仕事をすることになった。
心霊探偵の仕事の報酬がとんでもなく高額だったので、ファウスタの金銭感覚は狂ってしまったが、初心を思い出したことにより平衡感覚が戻って来た。
そもそもこの屋敷のメイドの仕事は、ラシニア孤児院元院長カニングが言っていた通り、とても上等の仕事だ。
貴族令嬢も働いている上等の職場だ。
給金も良く、食事も美味しく、仕事着も支給され、休日もある。
あまり羽振りの良くない家のメイドは、仕事着は自前で用意しなければならず、待遇の悪い家では食事はパンとチーズだけという事もあるのだと、ファウスタはアメリアから聞いて知った。
孤児院を出てから、世間で色々な事を見聞きした今のファウスタは、上位貴族の屋敷のメイドの仕事は上等だということをしっかり理解できた。
庶民の女性ができる仕事としては高級職の部類だ。
(このお屋敷でメイドとして働いているのだもの。私の人生はちゃんと安泰よ。お嬢様は私にメイドの仕事を一生保証すると約束してくださったのだから、心霊探偵を失業しても大丈夫よ。メイドの仕事があれば、貧民街で野垂れ死んだりしない。ちゃんと生きていけるのだわ)
高額の収入を失った衝撃で、失意の底にいたファウスタだったが、よくよく周りを見回してみれば悲観するような状況ではないことに気付いた。
少なくとも、貧民街で野垂れ死ぬことはないのだ。
(私はまだ破滅していないのだわ。……あら? じゃあ天罰はまだ始まっていないのかしら?)
「ティムは今、警視庁の問題に熱中しているから、当分はファウスタに何か言ってくることは無いと思うわ。それで私たちは、ティムの命令で警視庁問題に取り組むことになったから、ユースティスもヴァーニーも探偵社の仕事と両立するのは難しくなったの」
(そっか。ユースティスさんとヴァーニーさんは警視庁の捜査をしているんだ)
ユースティスやヴァーニーたちが、警視庁に隠された真実を見つけてくれることをファウスタは心から祈った。
(まだ天罰は始まっていない。まだ間に合う。ユースティスさんは目処が立っているって言っていたもの。ユースティスさんたちのお仕事が上手く行くように、毎日お祈りするのだわ)
「探偵社はもともと八月に閉める予定だったけれど、それで終了の時期を少し早めることになったのよ」
「え?」
ファウスタは軽く驚いて声をあげた。
「探偵社は八月で終わる予定だったのですか?!」
「ええ、そうよ。だって社交期が終わったら皆様はご領地のマークウッドへ戻るでしょう。ファウスタも旦那様たちと一緒にマークウッドへ行くことになるから、王都で心霊探偵を続けることはできないわ」
「私もマークウッドへ行くのですか?!」
「そうよ。ファウスタはお嬢様の専属メイドですもの。お嬢様と一緒にマークウッドの領地館へ行くのよ」
「……ジゼルとピコはどうなりますか?」
「あの二人はこの屋敷の下働きだから、ずっとこの屋敷よ」
(ジゼルやピコと離れ離れになってしまう……)
家族同然の親友たちとは、今のところ休日以外に会える機会がなかったが、同じ屋敷にいるのだからいつでも会えるという安心感があった。
だがファウスタだけが領地へ行くとなれば、ジゼルやピコと物理的に離れてしまうことになる。
それに王都はファウスタが育った地で、ファウスタは他の土地を知らない。
遠くの知らない土地に行かねばならないことに、少し不安になった。
「心配しなくても、またすぐに会えるわ。十二月にはまた王都へ戻ると思うから、四カ月くらいよ」
動揺を露わにしたファウスタを落ち着かせようとしてか、ミラーカは泰然とした態度でそう言うと優しく微笑んだ。
「ファウスタは今まで心霊探偵の仕事で忙しかったのだから、八月までは普通のメイドとしてのんびり過ごして良いのよ……」
ミラーカはそう言うと、少し眉を寄せて苦笑した。
「明後日は、ファウスタにまた霊視して貰うことになるけれど……」
「霊視のお仕事が、まだあるのですか?!」
「明後日は女王陛下の即位記念祭よ」
(女王陛下の即位記念祭!)
ずっと前から言われていた、王族の霊視のことをファウスタは思い出した。
オクタヴィアの頭の上に見える王冠のようなものが、王族の頭の上にもあるかどうか、即位記念祭の日にファウスタが霊視して確かめることになっていた。
「王族の方々がバルコニーにお出ましになるから、それをファウスタに霊視して貰うことになるわ。お嬢様もご一緒だから、表向きはアルカード氏と私が同行します。ユースティスたちは姿を隠して行くわ」
ミラーカは紫の瞳を少し翳らせ、とらえどころのない微笑を浮かべた。
「ファウスタは魔道士ヘカテを知っているわね?」
「はい」
呪術の第一人者だという赤毛の魔女ヘカテと、ファウスタはシェリンガム伯爵邸で一緒に仕事をして、話もした。
「ヘカテも姿を隠して同行することになっているわ。何かおかしなことがあったらすぐに知らせて欲しいの」
「はい、解りました」
魔物社会において、ミラーカが特等吸血鬼『死の天使』であることは吸血鬼ギルドやマークウッド同盟の上層部のみが知る処で、公にはされていない。
だがアルカードこと吸血鬼ギルド長竜公に、『血の議会』ユースティス、七つ星魔道士ヘカテは高名な魔物で存在を広く知られていた。
彼ら彼女らが何故か勢揃いしていたら、並みの魔物であれば戦慄して、取る物も取り敢えず裸足で逃げ出しただろう。
だが魔物たちの力関係に疎いファウスタは知る由もなかった。
(アルカードさんとミラーカさんとヘカテさん。それにユースティスさんもいるのだし……)
ファウスタにとって彼ら彼女らは、とても頼りになる存在だった。
タレイアン公爵家は恐ろしく、真っ黒な大蛇を首に巻き付けたタレイアン公爵夫人の本物を霊視することに、ファウスタは恐怖にも似た忌避感を持っていた。
しかし頼りになる魔物たちが一緒に来ることが解り、恐ろしさは和らいだ。
(皆さんが一緒なら安心なのだわ)




