415話 一流の大物霊能者
(美味しいのだわ)
朝食の時間になり、ファウスタはオクタヴィアとともに朝食の席についた。
丸儲けの心霊探偵の仕事が終わってしまった衝撃に、ファウスタの心はどんよりと曇っていたが、朝食が美味しかったので少しだけ元気が出た。
こんがり焼かれた腸詰肉と薄切り肉。
洞窟キノコ焼きに、甘辛く煮込んだポムダルの実のソースを絡めた蒸し豆。
お日様のような目玉焼き。
新鮮な夏野菜のサラダ。
「ファウスタ、何か悩み事があるの?」
カリカリに焼かれた香ばしいパンにバターを塗っていたファウスタに、オクタヴィアが声を掛けた。
「困っていることがあるなら、私に相談しなさい」
オクタヴィアはそう言ったが、ファウスタは口ごもった。
心霊探偵の仕事を終了することは、マークウッド辺境伯が決めたことで、天罰の可能性が高い。
オクタヴィアは賢く、貴族令嬢として力を持っているが、辺境伯や神様の決定を覆すのはさすがに不可能だろうと思ったからだ。
「ファウスタ、ちゃんと私に相談しなさい。私が貴女の力になるわ」
オクタヴィアは少し勝気な微笑を浮かべて言ったが、ファウスタは言葉を濁した。
「ですが、お嬢様……難しいことなので……」
「とりあえず話してご覧なさいな」
「はい、あの……心霊探偵社が終わってしまったのです……」
ファウスタは悲愴な表情で語った。
「それで、私は、失業してしまったのです」
「……?」
ファウスタの告白に、オクタヴィアは呆けた顔をした。
給仕として控えているデボラも不思議そうな顔をしてファウスタに視線を向けた。
「……ファウスタ、貴女は私のメイドよ。失業していないわ。それに探偵社を終了するのは、まあ、解るわ」
思案気な顔をしたオクタヴィアに、ファウスタはアルカードから聞いた話を語った。
「最初に集まっていた依頼が全部終わったので、旦那様が終了をお決めになったと聞きました」
「義理は果たし終えたということね。それでお仕舞いになさったのね。まあ、解るわ。状況が随分と変わってしまったもの」
「……状況、ですか?」
「そうよ」
「探偵社が続けられない、何か悪いことがあったのですか……?」
ファウスタがそう質問すると、オクタヴィアはファウスタの目を見据えた。
「ファウスタ!」
「はい」
「今の貴女は、新聞で特集が組まれたり、大臣に指名されたりするような大物霊能者なの。もう無名の少女ではないのよ」
オクタヴィアは自信に満ち溢れた笑顔を浮かべた。
「王都一の霊能者ファウスタに、誰もが気軽に、どんな小さな事件でも依頼できるなんて、ちょっと安売りしすぎなのよ」
「安売りですか?」
「そうよ。安売りよ。多分、依頼が殺到しているんじゃないかしら。ファウスタに会うために心霊現象をでっち上げている者も探偵社に来ていると思うわ。新聞記者も変装して来ているかもしれない。だって探偵社には誰でも気軽に依頼できるんですもの」
オクタヴィアの話に、給仕として控えているデボラはうんうんと頷き口を開いた。
「畏れながら、お嬢様、私にも思い当たることがございます」
「何かしら?」
「侍女から聞いた話ですが……」
デボラは少し声を顰めて言った。
「奥様の元に、今まで交流のなかった方々から、お茶会の招待状が大量に届いているようです。どうやら皆、ファウスタが目当てのようです」
「まさかお母様は、そんな見え透いたお茶会に出席していらっしゃるの?!」
このところ外出が続いている母についてオクタヴィアが疑惑を述べると、デボラはあっさりとそれを否定した。
「いいえ。奥様は『霊などいない』という科学的根拠を添えて、すべて丁重にお断りしているとのことです。ファウスタについては、彼女は森番に保護された身元不明の子供であり、旦那様は彼女に霊能力があると夢を見ておいでなのだと、皆さんにご説明なさっておられるようです」
「……森少女の設定の部分だけは、口裏を合わせてくださっているのね」
オクタヴィアは冷めた笑顔を浮かべた。
「お母様が科学信者で良かったわ。こういうときは逆に安心よ」
少し皮肉っぽくそう呟くと、オクタヴィアは再びファウスタに視線を向けた。
「ファウスタ、貴女はマグス商会と専属契約を結んだ一流の霊能者なのよ。マグス商会は一流の霊能者としか契約しないの。マグス商会の会長バート・マグス氏はオカルト研究の第一人者だから、インチキ霊能者を見破れるのよ」
(バジリーさんは本物の魔法が使える魔道士だから、インチキを見破れるのね)
マグス商会会長バート・マグスが、魔道士ギルド長バジリスクスであることを知るファウスタは、心の中で納得した。
「一流の大物霊能者に、市井の探偵社は似合わないわ。大物霊能者は、大物だけを相手にして、年に一度か二度、大事件が起きたときだけ仕事をすれば良いのよ」
オクタヴィアは尊大に言い放ったが、ファウスタの悩みは払拭されなかった。
(仕事が年に一度か二度だけでは、ぜんぜん稼げないのだわ……)
「ねえ、ファウスタ、探偵社が終わったということは、午後の仕事はもう無いの? 午後の予定は空いたのかしら?」
「はい。探偵社のお仕事はもう無いです」
「じゃあ今度こそ、一緒にお出掛けできるわね」
オクタヴィアは楽しそうな笑顔で予定を立て始めた。
「早速、音楽会のチケットを予約するわ。サーカスにも行きましょう。そうだわ、ジゼルとピコも誘いましょうよ。お揃いの服を着た三人の写真を撮らなければね」
ファウスタへの好意から予定を立ててくれているオクタヴィアの気分を害さないように、ファウスタは作り笑いを浮かべた。
(お仕事が減ってしまうのに、本当に有名なのかしら。有名なのにどうしてお仕事が減ってしまうの?)
景気が良い者は、毎日忙しく働いているというイメージを持っているファウスタは、霊視の仕事が無くなることに不安と疑問を感じた。
ファウスタの世界において、仕事がないことは失業なのだ。
(私に出来る霊視のお仕事が他にないか、ミラーカさんに聞いてみよう。天罰の防ぎ方も……)




