414話 届けられた怪獣の模型
「おはよう、ファウスタ」
家令室を退室した失意のファウスタは、侍女見習いの日程に戻った。
令嬢オクタヴィアの部屋へ行くと、オクタヴィアが笑顔でファウスタを迎えた。
「アルカード氏のお話は終わったの?」
「……はい」
「何を言われたのかしら?」
悲愴な表情をしているファウスタに、オクタヴィアは探るような眼差しで問いかけた。
「マグス商会から贈り物が届いていました」
「マグス商会から?!」
オクタヴィアは目を輝かせた。
「お茶と怪獣と振り子盤をいただきました」
「怪獣って、もしかして……」
オクタヴィアは期待に目を輝かせた。
「バハムートとリヴァイアサンの模型?! 届いたの?!」
「はい」
「見たいわ! 見せてもらえるかしら?!」
「まだお部屋にはお茶しかありません。大きな箱だったので、これから皆さんがお部屋に運んでくださいます」
「ファウスタの部屋に運ばれて来るのね?! ファウスタの部屋へ行きましょう!」
「まあ! お洒落な茶箱! 貝細工ね!」
ファウスタはオクタヴィアを自分の部屋へ案内した。
バジリスクスからの贈り物だという小ぶりな箱を開けると、美しい装飾で飾られた木製の茶箱が入っていた。
その木製の茶箱には、四隅や縁に、優雅な草花の絵が描かれている。
草花の絵は、乳白色だが虹色の不思議な光沢があった。
茶箱の蓋には鍵が掛けられるようになっていて、房飾りがついた小さな鍵も付いていた。
「この模様は貝なのですか?」
「多分そうよ。真珠貝じゃないかしら。真珠っぽい光だもの」
後日、この茶箱の装飾は白蝶貝の象嵌だとファウスタはデボラに教わることになる。
白蝶貝は真珠貝の一種なのでオクタヴィアの説明で大体合っていた。
箱の蓋を開けると、中には二つの箱がぴったり収まっていた。
中の箱には、取っ手つまみがついた蓋が付いている。
取っ手つまみをつまんで、蓋を開けると、茶葉が入っていた。
「この甘い香りはロゼリアかしら。こっちは香草っぽい香りね」
オクタヴィアがお茶の香りを頼りに銘柄を探った。
「こっちは蝶豆だと思います」
「聞いたことがないお茶ね」
「外国製の青いお茶です」
ファウスタがオクタヴィアとお茶について話していると、部屋の扉がノックされた。
「ファウスタへの贈り物を届けに来ました」
「エルマーさん?! ピコ!」
箱を運んできたのはエルマーとピコだった。
ファウスタはもちろん二人のことは知っていたが、二人とも見慣れない服装をしていたのでファウスタは軽く驚かされた。
ファウスタが知っているエルマーは従僕だったが、目の前にいるエルマーは執事のような黒服を着ている。
ピコは水兵服のような襟のぱりっとした服を着ていた。
「仕事が変わったのですか?!」
服装の変化を見てファウスタがそう質問すると、エルマーが答えた。
「私は副執事に、ピコは正式に家令専属使用人に決まりました」
「ピコはアルカードさんの専属なのですか?!」
目を丸くしているファウスタに、エルマーは無表情のまま淡々と説明した。
「名目上はそうなります。しかしピコの主な仕事は執事室の事務です。今までピコは従僕見習いのまま、ほとんどバーグマン氏専用の事務員として、計算の仕事を任されていました。そのためピコには、仕事内容に見合った、上級使用人見習いの身分を与えることになりました」
「ピコは昇格したのですか?!」
「見習いのままですから昇格ではありません。ですがピコの給金は引き上げることになりました」
(お給金が!)
ファウスタにはピコが着実に前に進んでいるように見えた。
心霊探偵を失業したばかりのファウスタは、ピコに追い抜かれてしまったような気がした。
「ファウスタ、箱を開けても良いかしら?!」
心はすっかり怪獣の模型にあるらしいオクタヴィアが、わくわく顔でファウスタに問いかけた。
「これが……百五十ドログ……」
オクタヴィアの指示で、エルマーとピコにより大きな箱が開封された。
終末竜バハムートと大海獣リヴァイアサンの模型を箱から出しながら、ピコが愕然とした表情で金額を呟いた。
ピコのその顔は、悪い意味で値段に驚いている顔だった。
百五十ドログは、大人の使用人の給金一カ月分くらいの値段だ。
目の前の怪獣の玩具はその値段に見合わないとピコは思ったのだろう。
「あら、この模型って百五十ドログなの?」
「はい。販売される品は一体百五十ドログになります」
エルマーが淡々とオクタヴィアに答えた。
マークウッド辺境伯がマグス商会に怪獣の模型を予約しているので、執事室で事務をする者たちは予約票を見て金額を知っていた。
「こんな素晴らしい品がたった百五十ドログだなんて。安すぎるんじゃないかしら?!」
大富豪の大貴族の令嬢であるオクタヴィアは、両手を祈りの形に組み、怪獣の模型を崇めるかのように見つめたままで歓喜を叫んだ。
「あんな玩具に三千ドログも支払うなんて……」
ファウスタの部屋から退室したピコは、使用人階段を下りながら、衝撃を独り言のように口にした。
マークウッド辺境伯はバハムートとリヴァイアサンの模型をそれぞれ十個ずつ予約しているので、一体百五十ドログなら総額三千ドログの出費だった。
「最初は六千ドログだったのです」
エルマーは淡々と言った。
「旦那様はそれぞれ二十個ずつ買うとおっしゃっていたのですが、奥様とアルカード氏に諫められて十個ずつになりました」
「四十個も買おうとしてたんですか?!」
「そうです」
「部屋中が怪獣だらけになる……」
ピコは呆然としたが、エルマーは平然と答えた。
「人気の品を買い占めるのは良くないことだと諫められ、旦那様は十個ずつでご了承なさいました」
「出費を諫められたわけじゃないんですね……」
「そうです」
エルマーは怜悧な眼差しをピコに向けて言った。
「旦那様は風変りですが、あれでなかなか出来る人です。あの程度の玩具なら、百体買ったとしてもファンテイジ家の身代は揺らぎませんから安心してください」




