413話 失業者ファウスタ
「わ、私は、探偵社をクビになったのですか?!」
心霊探偵の仕事の終了を言い渡され、ファウスタは血相を変えた。
「ファウスタが解雇されたわけではありません」
アルカードは穏やかな笑顔でファウスタに言った。
「レグルス心霊探偵社が営業を終了するのです」
(営業を……終了……。それって……)
「探偵社は、倒産してしまったのですかっ!」
ファウスタは孤児院で就職問題に悩んでいたころ、新聞を読んでいるピコから労働者に関わるニュースを教えて貰っていた。
ピコから聞いたニュースの中には、会社が倒産して従業員が大勢失業したという話や、倒産した会社の従業員に給料が支払われていないという話などがあった。
「私の今月のお給金はどうなりますか?! 消えてしまうのですか?!」
「レグルス心霊探偵社は倒産していません。安心してください。今月の報酬は、先月と同じようにファウスタの銀行口座に振り込みます」
アルカードは安定の笑顔で、動転しているファウスタに説明した。
「探偵社の所有者であるマークウッド辺境伯が、探偵社の終了をお決めになりました。ファウスタの元に寄せられていた依頼に答えるという、当初の設立目的はすでに果たしています。少し前から新規の依頼の受け付けは停止していました」
レグルス心霊探偵社を設立したのはマークウッド辺境伯だ。
運営はアルカードに任されているが、探偵社をどうするかはマークウッド辺境伯の意向によって決まる。
「シェリンガム伯爵家の呪いの浄化がレグルス心霊探偵社の最後の仕事となりますが、令嬢の容体は回復に向かっていますので、ファウスタにもう一度浄化してもらう必要はないだろうとのことです。後はフラメールに任せることになりました。探偵社におけるファウスタの仕事はこれで終了です」
アルカードは優しい笑顔でファウスタを労った。
「今までよく頑張りましたね。ファウスタのおかげで沢山の人が救われました。旦那様はファウスタの仕事ぶりに大変満足しておられます」
(丸儲けの心霊探偵社が、終わってしまった……)
あてにしていた収入源を失い、ファウスタは茫然とした。
(もしかして、天罰が始まってしまったの?! 私は間に合わなかったの?!)
「ファウスタにしか出来ない霊視の仕事があったときには、またお願いすることになりますが、そのときまでは元通り、この屋敷でメイドとして過ごしてください」
衝撃と失意と、天罰の恐怖の只中にいるファウスタの耳の遠くに、アルカードの声が聞こえていた。
暗黒の混沌の中にいるファウスタの頭は、ぼんやりとしていたが、探偵社の仕事がもう無いこと、メイドの仕事だけになったことは理解できた。
「ファウスタの今後についてはミラーカに任せています。私からの話は以上です」
(天罰で、失業なのだわ……)
「ファウスタ」
あまりの失意に訳が解らなくなり、茫然とした状態のまま家令室を退室したファウスタに、一緒に退室したユースティスが声を掛けた。
ユースティスは、ファウスタへの贈り物である大小の箱を手押し車に乗せて運んでいる。
ユースティスは小声でファウスタに言った。
「警視庁のことなら心配しなくて良いよ。後は僕らに任せて」
「……!」
(そうだわ! 早く真実を見つけて正直者になれば、天罰が止まるかも?!)
「ユースティスさん、私にも何かお手伝いできることはないでしょうか」
ファウスタの必死の申し出に、ユースティスはにっこり微笑んだ。
「ファウスタにはもう充分すぎるくらい働いてもらったよ。ファウスタのおかげで証拠は手に入ったから、後はその証拠をどう使うかという政治や法律の問題だ。目処は立っているから安心して待っていて」
ユースティスは笑顔でやんわりとファウスタの申し出を断った。
(政治や法律……)
ファウスタにはちんぷんかんぷんで、手伝えそうにない話だった。
(私はあの証拠の使い方が解らないから、何もできないのだわ……)
ファウスタはがっくりと肩を落とした。
「ここではあまり話せないから……」
早朝の地階には、使用人たちが忙しく動き回る生活音が満ちている。
廊下の向こうから歩いて来る従僕の姿を見て、ユースティスは話を締めくくった。
「詳しい事はミラーカさんに聞くと良い。午後になったらミラーカさんがファウスタの部屋へ行くと思う」
(ミラーカさんに……)
ファウスタは変わったことが起ったらミラーカに報告することを思い出した。
(天罰が始まってしまったことをミラーカさんに報告するのだわ……。ミラーカさんなら天罰を避ける方法を知っているかしら……)
「じゃ、またね」
ユースティスはそう言うと、手押し車を押してファウスタとは違う方向に歩き出した。
「ユースティスさん、どこへ行くのですか?」
ユースティスはファウスタへの贈り物を、三階のファウスタの部屋へ運ぶようアルカードに言われ、贈り物の箱たちを手押し車で運んでいる。
ファウスタはユースティスもこのまま一緒に三階へ行くと思っていたので、違う方向へ歩き出したことを不思議に思った。
「これを執事室に頼みに行く」
ユースティスは手押し車に乗せた箱を示して言った。
その言葉から、箱たちを三階へ運ぶのはユースティスではなく、従僕たちなのだと知れた。
箱たちをファウスタの部屋へ運ぶという家令アルカードの指示を、小姓ユースティスが執事室に伝え、執事バーグマンがその仕事を従僕たちに指示するのだろう。
「私、小さい箱なら持てます」
失業者の身で荷物を運んでもらうことを申し訳なく思い、ファウスタはユースティスに申し出た。
それに天罰を軽くしてもらうためには、なるべく善行を積まなければならない気がした。
「そう? 大丈夫?」
「はい」
ファウスタは一番小さい箱を持ち、使用人階段を目指した。




